彼女に振られたら・・
「あのコンクールって、特定の大学の生徒に入賞者が偏ってるって」
「そそ、私もそれは聞いた。ま、日コンに出ないから関係ないけどさ、私」
夕食時に、コンクールの話題になった。
”コンクールが、特定の大学の生徒云々”・・の話しは、多少なりともコンクールを知ってる音大生なら、知ってるんじゃないかな。
でも、俺は、大学の名前だけで入賞する とは思ってない。演奏する個人が、どれほどパーフェクトに近い演奏をするかだ。
コンクールであるから、”いかに間違わないで、作曲者の意図をくんで演奏するか”が審査の対象になる。減点方式だ。例えば”ここリズムが若干甘いからマイナス1”と採点される。もちろん、音楽的解釈は加味されるけれど、"異色の演奏"は、コンクールむきじゃない。
但しだ、日コン程のグレードの高いコンクールでは、2次予選まで勝ち抜いたら、実力の差は紙一重か、同じって事もあるんじゃないか?
そこで、”ああ、この大学出身なら”って、基準でみられてしまうとアウトだ。
夕食後に出された茹でトウモロコシで、お腹を満腹にさせ、俺は、アンサンブルでグループを組む相手を確認。楽譜も持ち込んで、事前に打ち合わせを始めた。他の人もそれで、動き出した。結果、夕食後の団欒は、賑やかだけど、”○○さん、いますか~?””ごめん、ちょい待って”という声が飛び交い、賑やかだ。アンサンブル以外の話もして、多いに交流を深めたって処だ。楽譜に玉蜀黍のクズがついてしまったのは、失敗だったけど。
明日は、午前中はアンサンブルの講義。事前に楽譜は渡され、グループも編成されている。
明日の個人レッスンの課題曲はプログのポストカード。最初のメロディがいまいち、作曲者の意図と正反対の雰囲気のような気がするんだけどな。
まあいい。そこのところは、明日のレッスンでなんとか解決しよう。とりあえず、今日は寝る前にどっかで、軽くさらっておきたいけどな。
そう考えながら、部屋に撤収すしようとすると、
「新藤さんって、公開レッスンにでるんですね。私は辞退しました。曲はプログのポストカード。コンクールに出るから練習はしてるけど。正直、今日1日でグッタリだったし。これが3日目の午後となると、体力的に自信もない」
え?あれって辞退出来るものなんだ?まあ、俺は、辞退はしないけどな。せっかく、課題曲の個人レッスンをしてくれる、っていうんだから、ありがたいじゃないか。
”体力的に自信がないから辞退した”という女子は、確かに細くて華奢だ。でも、デザートでだされたトウモロコシを、バリバリ食べてる様は、逞しそうなんだけどな。
「えっと、鈴井さんだっけ?いけそうじゃないですか?今日はバテたけど、ちゃんと食べて、睡眠とれば、大丈夫っしょ。ウチら若いし。」
「甘いわね。プログの曲のレッスン担当の、笹本先生って、女性だし優しく教えてくれたけれど、容赦はなかったのよ。ニッコリ笑って”基本的にリズム感が悪いのかしら”とか、言われてさ。どん底までおちこんだわよ。おかげで食欲も、いまいちだしさ」
”それで いまいち なんだ”と、周りの全員がツッコミをいれてるだろう。
食欲といえば、隣に座らせた冴木君は、本当に小食だ。ポツラポツラとおかずをつまんでは、ため息ついてる。なんとか、食欲だけでも回復できないかな。
「冴木君、もっと食べなきゃだめだよ。僕なんかもう3杯目。北海道のお米って、おいしんだね。野菜も魚もおいしいっていうから、僕は、セミナーに来るの、楽しみにしてたんだ」
もう一人の相部屋の男子の、福井君が、食べながら話してる。
福井君は、芸大生で、他のセミナー生が夕食を終えた中、一人で居残って食べてる。他の人が手をつけないオカズを、もらったりして。
「福井君は食べ過ぎ!セミナー終わって、肥え太って帰ったら、師匠に怒られるんじゃなか?”お前、何をやってたんだ”とか言われたりして・・」
福井君は、明るく人懐こい性格で、俺とも、部屋についてすぐ、友達になった。
「あ、そうだよね。さすがに、太るのはまずいな。コンクール前だし、ズボンが入らなくなっても困る。」
「いや、そういう事じゃなくて・・・・」ちょっと脱力した。
金管楽器は、唇が楽器の一部のようなものだから、急激に太る(特に顔)のは、さすがに演奏に影響がでるんじゃないか。辻岡は前歯を差し歯にしただけで、スランプだ。あいつ抜けだせたかな
”ごちそうさま~”と蚊の鳴くような声で、冴木君が夕食を終え、出て行こうとした。
俺は、彼のシャツをつかみ、強制的に座らせた。
「冴木君、ご飯、お茶碗に半分残ってる。嫌いなものなら、しょうがないけれど、ごはんは、最後まで食べる事。なんなら、お茶漬けにしようか?」
余計なおせっかいかもしれない。ただ、俺は、冴木君のジョリベの曲を聴いて、彼の音色だけは、好きになった。若干、細いけれど高音がとてもいい。体力のもどった状態で、もう一度、彼の演奏を聞きたい。
「ダメダメなんです。僕は。さっきいったじゃないですか。食欲がないって」
む!生意気にも抵抗するのだな。じゃあ、ダメっぷりと、彼女にふられた次第をしっかり説明してもらおうじゃないか。
ということで、それから俺と福井は、冴木君の愚痴と身の上話をナガナガと聞かされる事になる。時々、福井の天然パワー炸裂し、まいったけど。
ながながとした話しを、短くまとめると、”彼女にふられ、自分に自信がなくなった”ってことだ。なんでも、冴木君の彼女は、バイオリン科の生徒。その彼女が、友達とJAZZグループを作り、冴木君を誘った。ところが、冴木君は、JAZZは無理 と断った。で振られたと。
例えば、俺がそう言われたとしたも、JAZZはさすがに、苦手っていうか出来ないだろう。JAZZは、いろんな形があるらしいけど、俺の知ってるのは、数名のバンドで、ある一つのテーマを演奏した後、それぞれ一人ずつ、テーマを編曲したものを(その場で)、演奏。編曲といっても、ある程度のルールはあるそうだけど、前に智春先輩がキレた時の、あの即興演奏は、俺にはマネ出来ないな。
「つまり、彼女さんは、新しく作るJAZZグループに、冴木君が入らなかった。自分の思い通りにならない腹いせに、”才能ない”って言いすてて、勝手に怒り、君は、ポイッされたんですね。で、なんで落ち込むんです?それで?」
福井の緊張感のない、それでいて適格な指摘に、冴木君は、へ?って顔してる。
「・・・そういえば、彼女は、”あなたには才能がない”って言ったのは、その場の勢いだったのかも。だいたい、俺はクラッシック志向だしさ。あ、もしかして、完全に振られたわけじゃないかも」
「いや、話しを聞く限り、冴木君、完全に振られてるから。ってか、目の前のセミナーと9月のコンクールに全力で集中しよう」
俺の声が大きかったのか、食堂に残っていたコンクール参加組の数名が、オー!っと気勢をあげていた。
「そうだね。僕はコンクール、頑張るよ。ファイナルに残ったら、彼女、見直してくれるかも。
うん、頑張ろう!」
冴木君、やっと前向きになってくれたけど、君を振った彼女の事は、もう忘れたほうがいいんじゃないかな。
寝る前に、セリナちゃんにメールした。俺の今日の夕食の写真付き。彼女からの返信は、
”こっちも地獄の特訓だった。疲れました。ごめん、もう寝ます” だけだった。それでも、俺は嬉しかった。
確かにセミナー前に、セリナちゃんとの俺の環境の格差は感じたけど、セミナーでは、しごかれるのは、誰でも同じなんだ。例え、楽器が違っても、セリナちゃんも同じだ。
ははは、俺って単純野郎なんだな。それだけの事で、舞い上がった。
ところで、セリナちゃんに、”あなたには才能がない”って、面と向かって言わって仮定してみた。まあ、彼女はそんな事は言わないだろうけど。
「そっかバレバレだったか」とか言って、やりすごそうか。
いろいろ考えてみた。やっぱり、俺も冴木君のように、俺も落ち込むだろうな。