集中力を欠くと・・
俺は、今日は絶不調だった。
週末の楽しいはずの演奏会も、その後の余韻を楽しむ余裕もなかった。
トラブルにふりまわされ、練習時間もさかれた。
ちょうど昼時に、学食にいる同期の辻岡の前に陣取り、いろいろと愚痴った。
自分でいうのもなんだが、人に愚痴をこぼすなんて、俺にしては珍しい。
「なんだか、慌ただしい週末と月曜日で、3日間、ちゃんと練習が出来なかった。
今日の森岡先生のレッスン、ボロクソ言われそうだ」
俺は午後から、辻岡はさっきレッスンが終わって、昼食中だった。
「大丈夫だ。3日間、まったく楽器を吹かなかったわけじゃないだろ?
基礎練を丁寧にやればなんとかなるさ。
カイトが、面倒事に巻き込まれるのは、頼りにされてる証拠だよ。
お前、面倒見がいいし、最後まで見捨てないから人望があるんだ。」
人望とかはともかく、所属してきた吹奏楽団、学生オケ、金管アンサンブル、などで、面倒事や想定外のハプニングへの対処とか、よく収拾に奔走した。面倒事が集まりやすい体質なのだろうか。
「俺もいろいろやってきたけれど、さすがにピアノ科生徒が相談事は、無理無理無理」
辻岡は、笑顔で簡単に言う。お前も面倒事(練習でアマオケバックにソロの代役)を押し付けたんだっけ。
レッスンまで、30分、そろそろウォーミングアップをしておこうか。
と立ち上がる。そう、丁寧に基礎練習しよう。
「ところで、辻岡、前歯のほうの感じはどう?上手くフィットした?」
「それなんだよ。カイト。俺も絶不調。午前中のレッスンで、森岡先生に、ため息をつかれたよ。でさ、ボソっと、”海外のコンクール狙いでいくか”とか、つぶやかれた。今回は、”はい、残念”って事かな・・・」
おっとしまった。
「わりぃ、地雷踏んだな。でもそれこそ、基礎練で新しい前歯に慣れるしか、ないんじゃないの?それとも歯医者で、調整しなおしてもらうとか」
「いや、かかりつけで、腕はいい先生なんだ。普段の生活には違和感はないのだから、俺の気のせいかもしれないんだけどな。」
辻岡は、午後からは、個人練習。コンクールまでは、俺も辻岡も、研究テーマを持たず、ひたすら課題曲の練習だ。
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俺もレッスンは、さんざんだった。
”音階のキレがわるい”
”一番、高い音の音程が悪い”
”ここと、ここでは音色かえて”
”ここは、前には出来てたリズムだろう。”
ダメダシの連発だった。
「どうしたんだい?カイト君。何か、音もはずんでないけど。セリナちゃんとなんかあったとか?」
森岡先生が、不審そうな顔で聞いてくる。当然だった。自分でも、今日はどうかしてるって演奏だった。
週末でのいろいろな出来事が、頭の中に情景として再現されるんだ。悪い意味でね。そんな時は、気が抜けた一瞬・集中力が切れた状態なのだろうと、思う。
俺の吹いたジョリベは、いつもより暗かったかもしれない。
ジョリベの曲は、暗い音色だと、リズムの魅力がなくなるな。
「実は3日間、練習時間が足りなかったです。ちょっといろいろあって」
決して、セリナちゃんとケンカしたわけでも、フラレたわけでもありません。ベルを下に向け、楽器に息を通した。もう一度、トライしよう。もう一度行きますと声をかけたが、先生は、まだこだわってた。
「そっか練習時間の不足ね。三角関係のモツレってやつじゃないんだ・・まあ、不足した分を取り戻そうと、無理に長時間、練習しない事。後で、しわ寄せが体にくるからね。」
残念そうに”そっか三角関係じゃないんだ”なんて、ってつぶやいて。
三角関係って、俺の事?思いもよらない事で、聞き逃すとこだった。
「先生、なんの三角関係ですか?俺、今は、トランペットが恋人ってやつ野郎なんですけど」
「君と、セリナちゃんと2年のピアノ科の女子。見たよ~。事務室の前で、告られてたね。」
「・・・・・・」
驚きのあまり、楽器を落としそうになった。事務室の前って、昨日のあれか?
「先生、大外れです。あの2年の子は、俺の演奏の伴奏をしたいって、頼みにきただけです。それが訳のわからん理由なんで、即、断りました。」その後、なぜか康子先生と話しをすることになった。あれは康子先生の打ち明け話を聞いたようなものか。
「そうそう、君のセリナちゃん、かなりレベルアップしてるそうじゃないか。なにせ、カイトの前の伴奏者は小百合ちゃんは、ショパンコンクールにエントリーで、いよいよ1次予選だしね。快挙だよ。
”カイトの伴奏をすると上手くなる”って、ピアノ科で噂されてるそうだ。栄浦先生から聞いたよ」
ピアノ科で噂・・又、誰かが”伴奏させてください”ってくるのか?
これってモテ期?・・いや、福男扱いだろうな。
もう勘弁してほしい、