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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
音大生 院生時代
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,吹奏楽部の指導へ行く (改)

5月に高校の吹奏楽の指導に入るのは、珍しいかもしれない。

吹奏楽部の指導の経験は、中学校、高校、主に、何度もあるけれど。

ただ、大抵は夏休みの時だ。

札幌の母校の部活の合宿で指導した時もあった。

ちょうど帰省時にあわせて顧問がよんでくれた。

楽しかった。やりがいもあった。

指導をするのは、キライじゃないし、苦手でもない。指導も自信はある。

ただ、智春先輩によばれたって処が、若干、不安だ。

どんな吹奏楽部なんだろう・・。


明日の指導は、初めて行く高校だ。

高校の1年上の智春先輩に指導を頼まれた。先輩も桜丘音大だった。

先輩の楽器はサックス。音大吹奏楽部で

何かと戸惑う事の多かった1年の時は、よく先輩が俺の面倒をみてくれた。

ただ、時々、頓珍漢なアドバイスをくれたりもしたけど。


今日は、予定では、部員は9時に集合、練習は9時半からということで、

俺が指導する時間は午前中の金管のセクション練習。午後からの合奏練習は、

見学しながら、求められたら助言する くらいかな。


日曜日の一日で1万円、交通費2000円。呼んでもらえて、ありがたい。


指導するのは、私立南里高校吹奏楽部。総勢45人。コンクールはA編成で出場希望。

先輩からの事前情報は、金管の初心者の指導が上手くいってない事と、

部のまとまりが悪いとの2点のみ。

うん、じゃあ俺は、午前中は、まず金管の初歩を教えればいいかな。


学校は、4階建ての建物で、半円の教室?が1階の左隅に突きでてる。

そこが音楽室らしい。

約束の8時45分に智春先輩は、玄関で待っていてくれた。

受付にいた事務員のおやじ・・中年男性が うろんな目でジロっと見てる。

まあ確かに。俺の服装は、綿パンにシャツ姿だけど、背広だと演奏会用の黒

しか持ってないんだ・・。


「やあ、新藤君、突然頼んで悪かった。

いや、ちょっと問題があってね。僕もつきっきりでは

指導出来ない日が多くて・・ははは。」

何か、先輩の微妙な笑いだ。

セクション練習はともかく、全体練習は先輩のほうが、”先輩”だ。

そこの所、わかってくれてるよな。



智春先輩が俺に協力を求めた理由が、すぐわかった。


まず、のっけから、9時の集合時間に3分の2しか生徒が集まってない。

俺が高校時代の時には、考えられない事だった。

それでも、30分遅れでも来るやつはいい。

結局、45人の部員の中で10人欠席だ。


「あの先輩、10人も欠席してるけど・・・」

「ああ、高校生ともなれば、いろいろ忙しいよね、塾とか他の習い事とか。

今日は特別指導という事で事前にパートリーダーに説明したんだけど。申し訳ない。」

俺に恐縮してさかんに頭を下げる先輩。


もともと優しい、というか気弱な人だから、強く指導出来ないんだ。

この高校には、今年、1月から就任したばかりで、部の運営も大変なんだろう。

本来の業務の教師業のほうも、忙しいだろうし。


若干の不満・不安は残るけど、指導が俺の仕事だ。

この人数で精一杯するしかない。


9時半には練習は始まらなかった。


なんとなく部員がだれてお喋りをしだす。

パートによって、遅刻者への対応が違う。金管セクションは、最悪だった。

何か覇気が感じられないというか、遅刻は当たり前みたいな雰囲気で。

最初、今日の日程説明と俺の紹介を智春先輩はした。

真面目な生徒が半分ちょっとか。残りはボヤっとした顔をしてる。

部員で下を向いてスマホをいじってる男子がいた。しかもトランペットだ。あちゃ。

普通、部活中はスマホ厳禁だろう。


難しいか、この部の指導。今まで指導に行った学校の吹奏楽部は、

みな礼儀正しく、なにより熱心だった。

部活中のスマホ、あれはないな。うちの高校の顧問だったら、即・退場させられるな。

大喝して、帰りたい所、智春先輩の、チワワのような眼が”お願い”のアイサイン。

それに、貴重なバイト先。


”海人のやつ、高校の吹奏楽部の指導をトンズラしたんだとさ。なさけな~”

なんて噂話が業界で広まったら、やばいし。


予定は大幅にずれ、10時から12時までのパート、セクション練習になった。


まず、金管の部員を集め、楽器を外し、マウスピースだけで、練習をさせた。

初心者は特に気をつかって、唇の形を教えていく。そして音出し。パートごとで

やらせてみた。うむむ。

見事にバラッバラ。ここで合わないと、音程も音色も合わないのは当たり前。



低音部(チューバ、ユーフォニュウム、弦バス)トロンボーン、ホルン、トランペット

の順で、指導していった。

自分の専門のトランペットパートを最後にしたのは、一番、時間がかかりそうなので、

(あのスマホ男子の指導をどうするか。)


やはり、この時期ではそれほど深くは指導できなかった。

楽器を持つ姿勢、タンギング、音階練習、リズム練習。それぞれ見て、基本的な

注意。後、6月の定期演奏会の曲から1曲演奏させ、弱点部分を指摘・繰り返し練習。

課題曲も、基礎的な所は見た。ホルンのあと打ちがそろってないとか、ペットが

音色が暗めとか。低音が走るとか・・・指導点、いっぱいありすぎだっつうの。

智春先輩の前任者の責任も大きいかも。


あと、気になる事があった。

生徒の楽器でメンテナンスが十分でないのが多い。セクション練習の後に、

自分で出来るメンテナンスの講義が必要かな。


さて問題のトランペットパート。基本を教えた後、定期演奏会で

演奏する曲を1曲、やらせてみた。

確か、この曲、ディズニーのアニメの曲だったかな。高校で吹いた覚えがある。


5人いるトランペットパートが全員で旋律を吹く箇所があった。

そこが一番の聞かせどころなのに。それじゃ、他のパートがやる気なくす

って音だった。あーあ。どうしようか。


俺は何度もそのフレーズを繰り返して、演奏させたが、本人たちは一生懸命でも

なかなかあわない。

パートリーダーの鈴井さん、頑張ってるけど若干リズムが遅れてる。

例のスマホ男子、塚田という名前の2年生らしいが、彼のリズムは

バッチリだ。このフレーズにあう、鋭いタンギング、軽快な音運び。

でも、時々、音を若干外す。そのたびに、塚田君、”やってらんねー”って顔

で、しかめっ面をする。

俺は、塚田君の音だけに注目してわかった。ああそういうことか。


「塚田君、ちょっと来て。マウスピースだけ持って」

俺だけさらし者かよって不機嫌極まりない顔で出て来たけど、違うんだ。

「これ、俺の愛器、こっちで今のフレーズ、演奏してみて」


4人の前でしぶしぶ演奏しだした。途端、彼の顔が、パアっと明るくなった。

さっきまでのふてぶてしさがきえ、細い目が星でキラキラ輝き

楽しそうに演奏を繰り返してる。


「はい、わかったろ。ここのフレーズ 塚田君のリズムが正解。

これに合わせるように吹く事」

鈴井さんが、悔しそうな顔で塚田君を見てる。おっと、パートリーダーには

もっと重要な役目をしてもらわないと。


「次、鈴井さん、来て。うん、楽器持って。

ここのフレーズをちょっと吹いてみてくれる?」

鈴井さんの音は、柔らかい、例えるなら夕焼け色のような音色だ。

この郷愁をさそうメロディに、この音はぴったりだ。


吹き終わり、鈴井さんは、恐る恐る俺の顔を見てる。

「はい、ここのメロディは、トップの鈴井さんの音色をまねて下さい。

ここのメロディを吹く時は、この音色で」

鈴井さんは、嬉しそうな恥ずかしそうな顔だ。これでいいか。

塚田君も鈴井さんも上手い、高校生としては、だ。


パート練習が終わったあと、塚田君が俺の所にとんできた。

「残念だけど、あのトランペットは、やらんぞ。貧乏な俺がやっと買ったペットだ。


鈴井さん。他にトランペットの予備はありますか?塚田君の使ってる楽器は、

大幅メンテナンスが必要です。」


塚田君は、リズム感がよく、耳もいいんだ。だから音を外れると、自分で許せない。

だから、ふてくされた態度だったんだ。

その塚田君が、宣言した。


「俺、トランペット奏者になります」


ニコニコ顔の塚田君、それは苦難の道なんだよ。











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