気まずくて騒がしい食卓
台所で、全員揃ってのランチタイム。メインはアツアツのビーフシチュー。でも俺の頭の中は、セリナちゃんの事で一杯だった。
マエストロと息子さんのケビンの2人は、論争が続いている。奥さんは、まだ言葉が不自由なリョウマに、料理をテーマに、英語を交えながら。ドイツ語初心者講座をしてた。
俺はというと、不真面目だろうけど、セリナちゃんの事を思ってた。彼女が日本に帰る前に、音楽の事を忘れて、デートしたい。頭の中でシュミレーションしてた。ドイツの城めぐり、フランスのルーブル美術館。妄想は楽しい。(デートに誘うまで、何も行動を起こしてない自分だけど)
「だから、野菜を煮込んでスープの元を作るより、野菜ジュースを使うと便利なの」
「え?野菜を煮込む?ラーメンのタレのように?」
ああ、リョウマ。ラーメンは日本独特のもので、その比喩は通用しないよ。
リョウマには、奥さんの言葉を、しっかり教え、奥さんには、ラーメンの説明をしたのだけど、これが難しかった。”細いパスタをスープに入れた料理”と、説明すると、「食べてみたいわ、日本のパスタ。今度、作って下さな」と頼まれ、うなってしまった。俺は袋麺ならお手の物なんだけどな、それでいいなら。
「だからさ、親父、引退、早すぎだっつうの。コルネットとか、極めてないじゃないか。なあ、カイト君?」
へ?こっちにお鉢が回ってきた。しまったな~。料理会話に気を取られて、ケビンとマエストロの話しを、聴きとってなかったよ。
とにかく褒めて無難にスルーしよう。
「俺も、マエストロは、公式に引退を発表したのは、少し早かったんじゃないかと、思いますよ」
管楽器は、体力が命。特に金管は肺活量の問題もあり、マエストロも身体的に限界がみえたのかもしれない。俺には推測するしかないけど。
「カイト君は若いから、まだわからないかもしれない。”去年、軽々と出来た事が、次の年は注意しないとミスる。”そんな衰えを感じる。それが音に現れるのは、つらいんだ。」
「でも、親父、俺の作った曲、演奏してたじゃないか」
「ああ、あのイタズラ書きの寄せ集め曲か。作曲の至らなさを私ならカバーできると、思ってたんだけど、実際、支離滅裂な曲でどうにもならん。なあ、カイト君」
いや~~ ”そうですね”とも”違います”とも言えない。
確かに支離滅裂であったけど、なんだろう・・よくわからないけど、わざとそう作曲した気がするけど。どっちにしても”沈黙は金”。
それもいい方法じゃなかったようだ。
「日本人特有のスマイルだな。是でも否でもない曖昧な笑い。君も音楽家のはしくれなら、意見があるだろうに」
「お前の曲に、あきれて言葉を失ってるとか、ははは」
俺。無意識に0円スマイルだった?論争に油を注いだ?話題を変えよう!!
「あのケビンさんは、アフリカに行ってらしたんですよね?」
「いや、とりあえずトルコにいたんだけど、結局、アフリカは、今、政情不安定すぎであきらめた。代わりにインドへ行った。そこで、シタールの名手に弟子入り。インドの楽器ってすごいよ。音階も違うし。」
そこにリョウマが話しかけてきた。聞き取れるセンテンスがあったからなのか。
「カイトさん、ケビンさんってアフリカに行ってたんじゃないんですか?」
「ああ、インドで、シタールの勉強をしてたそうだ」
「すごいですね。世界を回って、曲が閃いたら書き留めて後でまとめるのかな。いろんな民族楽器の音とか録音してるのかな」
日本語での会話だったので、あわてて、マエストロ親子にドイツ語で説明。まあ、大した内容じゃないけど。
「さて、おやつタイムね。ケーキを焼いてあるから、コーヒーと一緒に持ってくるわ、リョウマ、手伝ってくれる?」
リョウマは、尻尾を振るワンコのごとく、奥さんについて行った。俺もこれ幸いに、手伝いに行こうとしたら、ケビンさんに呼び止められた。
「で、カイト君。俺の曲は支離滅裂だったかい?君も演奏したんだし、感想をききたいね。」
あーあ、捕まっちゃったよ。
「俺は、ピッコロトランペットの旋律だけを、楽譜をみて、一度、吹いただけです。足をすり合わせたり、リズムを刻んだりするのは、リョウマがやってくれたし。」
「で??」
金髪・碧眼のケビンが俺につめよってくる。
「もっと練習しないと、なんとも・・・」
ケビンは柔らかそうな髪をかきあげながら、俺にスコアのコピーをくれた。
「カイト君は、少なくとも、この曲が”唾棄すべき”とは、感じてないんだ。」
ケビンは、まだプロすらなってない俺の意見ですら、参考にするつもり?
**************************
さんざんだったような、有意義だったような昼食会だった。午後からは、ケビンの作曲したバイオリン独奏曲”無題NO9”というのを、リョウマが必死に練習。
その曲について、マエストロが批判をし、ケビンが反論する。俺は聞いてその論争を、リョウマに伝える。
リョウマは出会った時より、少し強くなった。マエストロ親子の話しを受け、フレーズを弾きなおしたり、それを二人に聞いてみたり(俺が通訳)と、大活躍。もちろん俺も曲の旋律を演奏してみたりした。ただ、”無題NO9”は、バッハばりの 和声と、現代的なフレーズ&リズムの複合で、さすがに和声はトランペットには無理。
帰り際に ”まだ少し実家にいるから、又、二人で来てくれ”と、ケビンから、強めに念を押され、固く握手された。そのケビンの言葉に奥さんは、すごく嬉しそうだ。マエストロは笑顔をうかべながら、ちょっと困ったようにも見えた。
家に戻り、クラウスに事の次第を説明。マエストロに酷評された曲のスコアを見せた。
「ケビンは、こうきたか・・・」
と、スコアを指ではじき、クラウスはソファにどっかり座る。
「こうきたかって、ケビンさんの他の曲とか、ご存じですか?」
「私は専門外だったけど、前に作ったバイオリンの曲は、イザイのものまねだった。彼は、楽器は一通り音は出せるけど、バイオリンはプロ級だから。イザイは好きな作曲家だと言ってたし、影響を受けてしまったんだろうな。」
イザイは、バイオリン奏者で作曲家。作曲したのは、バイオリンの曲ばかりの人。リョウマがスラっと弾いてたけど、あれは難しい曲だったんじゃないかな、バイオリニストにとって。
「ケビンは、自分の曲をそう批評され、悩んで悩んで、スランプからウツウツとしてた。ある時、急に元気になったと思ったら、世界中を旅行したいと、家を出て行ったったそうだが。この曲の調子じゃ、まだ模索中か、それともこういう方向性と決めたかだ。」
俺のはケビンの事は知らない。ただ昼間にリョウマに助けられ演奏した曲は、少しもどかしかった。彼の表現したい音は、別にあるような・・・。
クラウスが説明してくれた。
「ケビンのこの曲、意図はわかるだろう?なんていうかな、彼は混沌と多様性を表現したいだと、感じる。でもな・・独奏曲じゃな。限界かも。」
”調和”でなく”混沌”ね。じゃあ、バッハを思わせたイザイまねっこの曲から、正反対に舵をきったのか。
メールの着信音が鳴った。セリナちゃんからだ。
”カイト、返事がないのは、忙しいせいかな?それとも考え中?私、もう一度、ジュヌビエーヌ先生に頼んでみるつもり。”
俺は、あわてて返信した。
”一度、冷静になって、康子先生に相談したほうがいい”
俺は、ジュヌビエーヌ先生の事は知らない。ただ俺がクラウスのところで、内弟子のようにになれたのは、担当の森岡先生の紹介があったからだ。
もし、先生の紹介がなければ、コンクールのためだけに、こっちに来てたかもしれない。日本にいた時の俺の実力を思えば、それは無謀だと、今ならわかるけど。どっちにしても、”留学で師事する先生は、ちゃんと選ばないといけない” と大学で仲間内では常識だった。
ああ、内弟子になると聞いた時、俺がちゃんとアドバイスしておけば。
セリナちゃんからの返信どころか、こちらから何度かメールしても連絡ナシ。
俺、地雷を踏んだのか?




