息子は新進作曲家
マエストロ・アドルフの処で、彼の息子に遭遇
今、マエストロ宅の音楽室で 特訓中。
課題曲は、テレマンのトランペット協奏曲。”僕はバイオリン専攻だけど、マエストロ奏者の音を、そばで聞くチャンス”と、亮真も参加。レッスンの様子を動画にとってる。それにしても、彼の顔は金魚みたいで笑える。目が限界までまん丸にして、眼鏡も円形。某魔法学校にあこがれてるとか。
基礎練習は軽くながしただけで、先生からは特に注意はなかった。ホっとしたのがよくなかったのかな。テレマンの1楽章に入ってすぐ、怒涛のダメダシ。
「違う!そこは、この音から引き継いでこういう流れで」
「音色が、単調だ。ここはこういうふうに・・」
「休符時に、オケの音のここに注意してから、こう入る」
で、そのつど、自分で模範演奏をしてくれる。有り難い。勉強になる。ただ、ちょっと演奏が長い気がする。ダメダシした数小節のフレーズ一つのため、1楽章を最後まで演奏しなくても・・・ありがたい事、有り難い事だけど、俺にも吹かせてほしい。言われた通り演奏してみたい。
ただ、途中、マエストロの演奏で、俺ならこう演奏したいって感じた箇所もあった。
俺なら、ここはもっと控えめに吹きたい と思う箇所があり、すぐマエストロに質問した。即却下されたけど。ヘンと鼻で笑われた。
「まあ、しょうがないな。カイトは、オケ入りでのこの曲の演奏回数は、数えるほどだしな。ここは、ファーストヴァイオリンのこのメロを受け、それを強調するように演奏したほうが、いいんだ。家内を呼ぼう。ピアノでオケの部分を弾いてもらう」
俺が、”それでも,やりすぎっぽくは?”と、迷ってるうち、マエストロは、奥さんに台所直通の電話で、話し出した。
途端、マエストロの機嫌が悪くなった。ピアノ伴奏を頼んで、夫婦喧嘩にでも?
「もう、アイツの事は知らん。独立したんだ。ホっとけ」
と、ガシャっと電話を打ち切った。
「ワシの息子が、戻ってきた。いつまでも甘えてばかりで、独立した自覚がない。」
さあレッスン再開、で、マエストロは一人で俺の知らない曲を、演奏しだした。(そういうのを、聞けるのもサプライズのうれしさ)
ただ。のっけから、演奏してる曲の難解さに、俺とリョウマは、首をかしげるしかなかった。
前にミュンヘン音楽祭コンクールの時に演奏した、新曲っぽい。いや、あれより情緒不安定の曲って雰囲気だ。
バリバリの現代曲。変拍子でリズムもコロコロ変わっていき、突然の超ロングトーン、しかもピアニシモ。これって難しいだろうな。
次は、メランコリックな旋律が出てきた。で、旋律が完結する事もなく、マエストロが、ペットのベルの部分を、手のひらで打った。これって、演奏後の楽器の手入れ??まあ”曲が終わった”と、リョウマと、顔を見合わせたんだ。
違った。
すぐに、ジャズぽいメロになって、最初の現代曲が出てきて、今度は、完全に演奏は終わった。
「やっぱりわからんな・・」と、マエストロがつぶやいた。
イスに深々と座って、考え中。
もちろん、俺も多分リョウマにとっても、謎の曲。曲名をつけるなら、「未完成・迷走」だ
一つの曲なのか、それとも数曲の冒頭だけとか。
*** *** *** *** *** ***
「なんだ、まだ仕上がってないんだ。親父、引退して、感覚、鈍ったんじゃない?」
長身でヒゲモジャの男性が、そこにいた。気づかなかったけど、マエストロの演奏中に入ってきたみたいだ。これが、例の息子?
「ケビン、この曲はなんだ!まとまりもなければ、意味もない。ただのいたずら書きだ」
「ハン!親父の頭が固いせい。だいたい、指示通りやってないじゃないか」
「この部分で、演奏しながら、リズムで足を踏み鳴らす。しかも曲のリズムとすれ違ってる。床を足をこする だなんて、何考えてんだお前!」
足での演奏って、パーカッションの部類にはいるのか?
*** *** *** *** *** *** ***
親子喧嘩で、人の家庭の事情を知るのも、きまずかった。出て行こうとすると、奥さんに”なんとか仲裁して”と頼まれたが無理。早口で聞き取れない。”居場所がない感満載”でそのまま音楽室に残る事に。
言い合いの続く中、喧嘩の発端になった曲を、リョウマとみてみた。
げ!足で床をこするって、すり足するんだ。リョウマが試しにやってみる事に。多分、作曲者は、ステージ上で靴裏で床をこすった時の音が、欲しいんだろう。ただ大抵は無伴奏独奏をする時は、奏者は立っている。無理じゃねぇ?
しかもその箇所は、あの難しいそうな高音のロングトーンの場所だ。
「僕さ、スリッパをこすり合わせて音をだすよ。靴を踏み鳴らすところは、ペンでこう叩くのはどう?」
リョウマの出す変拍子のペンのパーカッションは、俺が思ってたよりはるかに、キレッキレだった。
二人であわせてみると、俺が”難しい”と思った高音ピアニシモの超ロングトーンは、別の難しさがあった。
スリッパをこすり合わせる所は、難しいロングトーン部分。リョウマの演奏(?)する姿がユーモラスで(彼は真剣にとりくんでる)俺はツボにはまったのか、なんどか吹き出しそうになるのをこらえた。
手のひらでベルを打つところは、音といえば音だったが・・
二人で一回ながしたけど、途中から親子の喧嘩が止んだ。で、その後、怒涛のダメダシ・パート2だ。もちろん二人からだ。
「カイト、あのロングトーンはなんだ!音が不安定だったぞ」
いや、それはと言い訳しようとしたけど、又、親子喧嘩が始まりそうで辞めた。
「それより、あのリズム打ちは、いただけない。イメージおしては、超絶技巧のタップダンスの音なんだけどな」
それなら、作曲時にペットのリズムに合わせてほしかった。
それから、親子で曲についての論争が始まった。
二人とも、マジメすぎで顔が怖い。西欧人ってホリが深い顔立ちだから、迫力あるんだよな、こういう時。
論争には俺もリョウマも、残念ながらついていけなかった。俺はピッコロトランペット旋律以外の、パーカッション(もどき)については、ちっともわからない。全体に楽器じゃない音を、どう、組み合わせたらいいものか。いや、飛び出した音?だから意味があるのか・・・
論争は突然終わりをむかえた。奥さんがお昼の時間ですよと、声をかけたから。
「すみませんね、なんだか巻き込んでしまったようで。息子のケビンはあの子なりに、アドルフを心配してるんです。ほら、ウチは引退が早かったから、”親父、音楽的刺激がないと、ボケるんじゃないか”って、あの曲を作ったようです」
よくみると楽譜には、”マエストロ・アドルフに献呈”と書いてあった。控えめに書いてあるところが、謙遜なのか素直じゃないのかだ。
”やれやれだわ”なんて、奥さんの声がひびく。
音楽室を出る時、メール着信の音。セリナちゃんからだった。
”カイト 私、内弟子の試験も落ちたわ”
うわ・・・これは想定外。俺は、セリナちゃんがパリで内弟子生活をする事ばかりを、考え、いろいろ考えてたのに。
なんだかショックだ。言葉もない。




