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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
プロへの遠い道ー修行は続く
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マエストロの家に行く

 次の日、香澄さんとフェリックスは、朝早くに帰って行った。


 香澄さんは”せっかくのお休み、息子との二人だけの時間が欲しい”のだそうだ。クラウスが落ち込んでる。フェリックスを巡っての口喧嘩は惨敗したようだ。


 

もう離婚してしまった両親で、子どもを育てる。難しいのかもしれない。だいたい、一緒にいたくない、顔も見たくないっていう夫婦だから、離婚したのだし。



 今日のミュンヘンは、最低気温氷点下9度。札幌の冬を経験してる俺には、”まあ、このくらいか”で驚きはしないけど。朝方には少し雪が降ったようだ。


「今日は、マエストロ・アドルフの処に行ってほしい。先生が、何か不便をされてるようなら、手伝ってほしい。で、ピッコロ・トランペットのレッスンもお願いしてある。テレマンの協奏曲をみてもらうといい。」


 マエストロ・アドルフは、ピッコロトランペットのマエストロ=巨匠だ。引退して郊外に奥さんと二人で住んでる。


 俺にとっては今日の積雪の10cmは、たいした事ない。でも郊外では、どうなってるだろう。まあ、もう雪は止んでるし、交通機関は動いてるだろうけど。


 楽器やら楽譜やら用意してると、メモを渡された。


「はい、マエストロの奥さんから頼まれた買い物。本当は私も行きたい所だが、午後からはフロイデの練習がある。4日後、オケの本番だ。日本での演奏旅行の間は、やっぱり練習量もたりなかった。基礎練習と楽曲の最終チェックをするつもりだ。」


 ”本当は半日でもフェリックスといたかったな”とクラウスはボソっとつけくわえた。



 準備がおわり出ようと思ってると、ちょうど玄関の呼び鈴がなった。ドアをの外には、大きなリュックとバイオリンケースを、背にしょった亮真が立っていた。


「おはようございます。海人先輩。で、辻綾子さんの写真とか、ないですか?」


 いきなり本題だ。亮真、通称リョウはミュンヘン大のバイオリン科の留学生。今回、オケの日本公演でのソロバイオリニスト・辻綾子さんの大ファン。


 で、バイオリンはともかく、その他の大きな荷物はなんだ?


「あの~。今日、ここの音楽室、空いてたら借りたいと」

「空いてないんだ。で、今日は俺と一緒に、ピッコロトランペットの先生の処へ行こう。亮真君」


 リョウは生意気にも車で来てたので、有無もいわさずに運転手になってもらった。手数料は、直筆のサインつきCDと演奏会での辻綾子さんの話。



 車中では、日本公演、といっても俺が知ってるのは札幌公演のみなんだけど。その話しで二人で盛り上がった。


「本番で衣装が合わなくなるくらい、リハで熱血練習だったんですか。すごくいい事を聞きました。僕なんかと違って、なんていうか音楽に対しての熱量がすごいです、綾子さん。」


「そりゃ、ソリストってそんなもんじゃないのか?リョウは将来は?」


 音大生で楽器専攻の学生が、オーケストラに入りたいなら、弦楽器奏者が断然有利だ。なにせ、必要人数が違う。ロマン派中期くらいでも、管楽器は各楽器は2人か3人,ホルンだけ4人だけど。対し弦楽器は、例えばモーツァルトの曲でも、12人位は必要。


 オケもしくはプロのウインドブラスに、管楽器奏者としてもぐりこむのは至難の業。てかほぼ不可能。かといって、ソロとなると、ピアノやバイオリンと違い、楽器で生計を立てるのに苦労しそうだ。そこは工夫しだいなのかもしれないけど。



 やっぱり雪の日の朝は、除雪から始まるんだな。アドルフ先生の家の門から玄関まで、人の足跡は残ってるものの、車が入れられない。吹き溜まりになってた。


 リョウと二人で、除雪作業。マエストロ夫妻は家の中。腰の悪いお二人に、とても任せられないし。


「リョウ、悪いな、手伝わせて」

「僕、雪かきは初めての経験です。”何事も経験”と最近、思ってます。もし、プロオケに入団する事が出来て、そこで指揮者の先生から、”そこは、腰痛を我慢して雪かきしてるイメージで”なんて言われても、すぐわかるし」


 いやいやいや・・・そんなわかりにくい例えで、演奏を説明する指揮者はいないと思うが・・・


***** **** **** **** ****

 除雪はすぐ終わった。マエストロの奥さん・アンナ夫人に、亮真を紹介した。大歓迎してくれた。


「本当にどうもありがとう。助かったわ。いつもは、除雪は主人の仕事なんだけど、なんだか今日は、調子が悪いみたいで。カイトと亮真、主人の話し相手してね。その間、ランチを作るから、一緒に食べましょう。」


 前よりか、若干、フックラした感じのアンナ夫人。彼女は、今は引退してるけど、伴奏ピアニストとして活躍してたそうだ。


 それより、マエストロが調子が悪いっって、じゃあ、今日はレッスンは無理か。もしかして、クラウスが無理に頼んだとか?


「先生、体調はどうですか?腰がお悪いとは、きいてたんですが、今日は痛みがひどくなったとかでしょうか?関節の痛みって、悪天候だとひどくなると、祖母がよく言ってましたが」


 先生はソファに座り、ちょっとだるそうにしてる。やっぱり今日のレッスンは無理っぽい。


 なんだか気まずい。先生は無言だし。


「アンナが、余計な気な事を・・腰はそれほど痛くない。今日はテレマンの協奏曲だな。よしっと」


 って、先生はソファから立つのも、億劫そうだ。何か病気とか?医者に診てもらったほうが、いいんじゃないかな。


 台所から、アンナ夫人が顔を出した。


「カイト、大丈夫よ。体はどこも悪くないの。ただ、ここ数か月、息子のケビンからメールがないのよ。心配してるんだけど、アドルフは、”放っておけ”って。でもほら、やっぱり心配なのか、ふさぎ込んでるのよ。本人は否定してるけどね。で、クラウスに相談したら、”ラッパ吹きはラッパを吹くのが一番”っていうから。この人、ここ2日くらい、楽器ケースに触ってないし」


 息子のケビンの事は、初耳だ。音大の作曲家コースを卒業、”世界の民族楽器を見て回りたい”と、2年前に家を出たままだそうだ。


「もともと、ドイツにいる時も、旅に出てばかりだったけど、ちゃんと帰っては来たのよ。でも、2年前に”アフリカへ行く”と出てからは、時々、メールかハガキが来るぐらいで。さすがに3か月以上も音信不通なのは、初めて。」


「それは、本気で探したほうがいいんじゃないんでしょうか。アフリカは、政情不安定な国も多いですし」


 不安そうなアンナ夫人を、さらに不安にさせてどうする、と思ったけど、居場所だけでも、確認したほうがいい。


「いい、ほうっておけ。ケビンももう来年で40歳。とっくに独立してる。親が口出しする事もない」


 不機嫌な口調で、会話をとめたアドルフ先生。少しイラついてる。息子が心配なのは当たり。


「ほら、カイト。テレマンの協奏曲、やるぞ。」

*** *** *** **** *** ***


 3人で、音楽室に移動。って、リョウは練習見てるのか?あの大きなリュックとバイオリンをかついでる。


 ついでに、自分も練習する気満々だ。


「ちょっと待ってね。今、カメラとかセッティングするから」


 リュックの中身は、撮影機材だったか。もしかして、自分の練習の様子と音を後で、チェックするため用かな?


「さっきの話し。息子が音信不通だとやっぱ心配でしょ?だから、アドルフ先生のレッスンの様子を、動画でアップすれば、ケビンさんを探しやすいでしょ」


 と、日本語で説明。リョウは、俺よりまだドイツ語が不自由だ。それにしてもなるほどだ。本人かその所在を知る人物が動画を見れば、連絡をくれるようにすればいいんだ。


 どちらかというと、俺はこういう方面に明るくない。でも、ついでに俺自身のPRのため、動画をHPにリンクさせてもらおう。



 リョウの”ケビン探し”のアイディアは、よかった。まあ、結果的に、動画が活躍する事には、ならなかったんだけどな。

 






 


 






 


 

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