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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
プロへの遠い道ー修行は続く
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学校に生徒として入るのはこれが最後。@東京

 リンさんが高熱で倒れて10日たった。少しづつ回復しているようだ。で、俺は彼に了解をとり、一泊二日で東京へ行く事にした。本当なら、オケの東京公演で上京した時、学校に行くつもりだったのだけど。


 ところで、つくづく携帯がないと不便だと実感。今までは、音楽事務所から借りたスマホがあったけど、札幌公演・セミナー終了と同時に、榊さんに返却した。今は、不便でしょうがない。で、プリペイド携帯を購入。家に連絡するにしても、公衆電話がなかなかないって、気がつかなかった。


 東京では、健人の処に泊めてもらう。まず、大学の事務長のところに行き、森岡先生に挨拶をして。



 正直なところ、俺はすこし期待してたかもしれない。


 東京までの1時間半弱の飛行時間、その間、空にいるからハイにでもなったのか、俺は事務長に呼び出された理由を、妄想するのが、とまらなかった。ソリストとしての演奏依頼があるとか、リサイタルを計画してくれる事務所があるとかだ・・


 ”そんなのありえねえから!”と、自分に言い聞かせても、”もしや?”とか思うんだよな。


 結局、俺は”究極のアホ”だっただけで、妄想した自分がハズくなっただけだったが。


*** **** *** *** *** ***

 

 事務長からの用件は、メールでも事足りる用件だった気もする。


 俺のドイツでのコンクールや勉強の様子をレポートにしてほしいとの事。学校の公式HPに、載せるのだとか。もちろん、学校の宣伝のためもあるだろう。後、写真を撮られた。セーターにシャツ、カジュアルなパンツ姿で、学内の応接室で。



 肝心の森岡先生は、アポはとっってあったけど、急用で今日は不在だった。


「すまんね。新藤君。森岡先生、ご母堂が体調を崩されたとかで、午後から休みなんだ。明日は出てこられると、さっき連絡があったから。明日は何時の便で?」


「午後3時半です。今日は友達の処に泊まります。リンさんの退院が退院しだいドイツに帰ります。」


 事務長が、”はぁ?”って顔で、俺は慌てて、札幌での経緯を説明した。


 ”そりゃ大変だったね”と言ってくれたけど、興味なしオーラで、言われてもな。



 事務室の出るのにドアを開けた時、「新藤君、これからの事なんだけど・・」と事務長が控えめに声が聞こえた。その”これから”の事を言いたくなくて、聞こえなかったふりで部屋を出た。もしかして事務長の本題は、こっちだったか。


 俺は院生1年の1月から休学してる形だ。4月からの新年度が始まるけど、俺がそのまま在籍するかどうか、聞きたかったのだろう。多分、学校としては、生徒を失いたくない(収入も減るし)。でも俺は退学すると決めてる(ってかそうならざる得ないし)。ただ3月末までは、学費も払いこみ済みだし、在籍のままでいたい。自分が、桜丘音大を退学して”この大学の学生”じゃなくなるのが、少しだけ寂しい。学校に来てその事に気が付いた。


 セリナちゃんと打ち合わせした自販機のある休憩コーナー。練習室やオケの発表で使わせてもらった講堂。学校内をグルっとまわった。1年いなかっただけなのに、懐かしい。苦しかった事もあったはずなのに、楽しい事しか思い出せない。学校とはそんな所。誰もがここを出ていくんだ。そう自分に言い聞かせたけど、せつない気持ちはなくならなかった。

**** *** *** *** *** ******


 健人とは玄関で待ち合わせ。なんでも広い部屋に引っ越したのだとか。生意気だ。


「先輩、ひさしぶりっす。待たせてしまってすみません。いろいろ片付けてたので」


 1年ぶりだけど、あまり変わりがない。少し太ったかな?今年の日コンに出るって話だったけど、今はそれほど練習にコンをつめてないんだろう。


「すまない。引っ越したばかりだろうに、おしかけて。泊めてもらえてありがたいよ。なにせ俺、貧乏だから」


「いいっすよ。まだ今は彼女も来てないし。ソファがあるんで、寝る所、そこでいいですか?」

 

 もちろんどこでも と笑って返した。で、今、健人のやつ、彼女とか言ってなかったか?


 もしかして俺は、すごいお邪魔虫なのか?うむむと考えつつも、健太の新居まで歩く。東京の冬は寒いけど、雪がないのが、助かる(少し物足りない気持ちだけど)


「健人、さっき”彼女”って言ったど、・・恋人?」

「そうなんっすよ、先輩。1年下のバイオリン科の子で、めちゃ可愛いんです。あのミス桜が丘・小百合先輩の妹って雰囲気で。で、なんていうか、何をしても、可愛いっていうか、守ってあげたいっていうか・・」


 話題をふらなきゃよかった。・・・それから家まで、初デートがどうの、伴奏した時、云々と、のろけ話をきかされた。俺もセリナちゃんとの事で、のろけ話しが出来るくらい、一緒にいたいんだけどな。


 やっと着いた健人の新しい部屋は、俺の住んでたアパートより学校から少し遠い。でも、通えない距離じゃあないな。一般向けのアパートもあるけれど、確か、音大生専門の高級アパートもあったはず・・。健人、こんな処に引っ越したのか?


 健人の新居は、向いには公園、西は交差点で、東は林。いくら音大生専門といっても、さすがに家賃が高いんじゃないかな。


「じゃじゃ~ん、1階の3号室が俺の部屋です。ささ、どぞどぞ。防音室もあります。中古だけどグランドピアノ、買っちゃいました。」


 そりゃ、健人はピアノ科だから、グランドピアノは当然ほしいだろうけど、どうしたんだ?年末ジャンボ宝くじでも当たったのか?


「ずいぶんバージョンアップしてるけど、家賃、高いだろう?」

”生活していけるのか?”と言いそうになって、慌ててひっこめた。


「やっぱりグランドじゃないとタッチが微妙にちがうし。去年の日コンで、俺、ファイナルには残らなかったけど、いい線いったでしょ?で、奨学金を借りたんです。ピアノは親父がへそくりをはたいてくれました。」


 ウチも含めて、一般家庭なら音大に入れるのは、大きな負担になる。それだけ両親の期待も大きいのだろうけど。


「ピアノは、俺は副科でやったぐらいでよくわからないけどな。とりあえず、荷物、ここでいいかな?」


「ウィっす。今、コーヒーいれます。」


 健人に、お土産としてビールを買ってきたけど、北海道と違い、室内はうすら寒く感じる。ちょっと失敗した。


 コーヒーを飲みながら、体が温まりかけた所で、健人のピアノを聴いてみたいなとリクエストした。


”もちろんっすよ”と、くるかと思ったら、健人は少し苦笑いしてる。


「実は俺、この間、康子先生に”あなた、当分、来なくていいわ”って、言われちゃって。これって、俺って謹慎?まさか破門とかですか?先輩。」


 家まで話しながらの道中では、健人は去年と変わりなく、いや、恋人が出来た分、2倍増しで明るくて元気だった。ちょっとうらやましかったんだけど。なんだ悩みがあったんだ。


「まあとにかく、落ち着け。康子先生は口は悪いし誤解されやすい。ただ、破門なら、”当分”とは言わないな。健人、何やらかしたんだ?」


「何って、普通っす。ショパンの練習曲を弾いたら、そう言われたです。」


 そんな子犬のような目で、俺にすがるな。体をよせてくるなっつうの。


「落ち着け。とりあえず、康子先生の前で弾いたその練習曲を聴いてみたいな。一応、楽譜を見せてくれる?もちろん俺は弾けないけど、楽譜は読めるし。健人は暗譜してるんだろう?」



 リビング隣のピアノ室は、ピアノしか置けないくらいの広さだけど、防音工事がしてあるようで、こりゃ、本格的!


「ショパンの練習曲op10-4 です。俺なりに仕上げたと思ってそういったんです。したら康子先生に・・」


 あーあ、健人はだいぶ落ち込んでる。康子先生に言われた見放されたと思い、悩んでるんだ。


 俺は、楽譜を見たけど、当然、これがどんな曲かは知らない。ただ、練習曲だからか、やたら細かいパッセージが左と右、交互に出て来る。


 聴いてみると、途中、あれれ?ってなった。健人の顔には迷いがない。どうしよう。途中で止め念のため訊いた。


「健人、指は温まってるんだろう?」

「もちろんすよ。指は命ですから」

「じゃあ、左手だけ弾いてみてくれるかな」


 で、又、最初から。


 ああやっぱりだ。16分音符のパッセージ、微妙にリズムが狂う時がある。音色もバラバラだ。


 中間部の前まで弾き、唐突にとまった。健人も自分のアラに気が付いたみたいだ。真っ青になってる。


「先輩、俺、この曲はマスターしたと思ったけど、違ったんすね・・さらい直さないと・・」


「う~ん、プレストの部分は音のツブが揃ってなかったというか、少しリズムが乱れたというか。もしかして、練習不足かな?」


「引っ越しで忙しかったけど、ちゃんと、してました。」


 そんなムクレ顔するな。自分でも不思議なんだろう。そうか、練習はしてたのか。



 康子先生も我慢強い所があるんだと、妙に感心した。俺が師匠なら、こういう生徒は面倒見切れないかも。これは健人の弾いた曲の、このザマは、集中力を欠いた練習が多かったせいだ。小さなミスやズレを聞き落とした。


 常に自分の音を注意深く聞き、補正しながら練習しないと。森岡先生にさんざん言われてきた事だ。


 ところで、ドイツで自分はキチっと集中して練習してたかと、今更ながら振り返って考えてみた。大丈夫、練習中は神経はってた。


「健人は、破門されたわけじゃない。明日、康子先生の処に行って、頭下げろ。”上の空で練習してました。すみません”って」


 




 







 

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