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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
プロへの遠い道ー修行は続く
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トラブルトラブル

演奏会の翌日のセミナーも、トラブルではじまりました。


 後、30分で、セミナー受け付け開始だ。


 セミナーの準備は、ギリでなんとか間に合いそう。受付の机の上にネームを並べ、榊さんポツっと、


「で。セミナー受講者に渡す要綱は、どこですか?」

「はい??」


 俺のイヤな予感があたりそう。


 要綱といっても、内容はセミナー生に渡す日程など、スケジュール表のようなものなのだけど。オケの事務局で作ったものを、俺が日本語訳。それを、去年の暮には、日本の事務局で人数分を揃えてもらうよう、メールで要綱を添付で送った。


「去年、そちらで人数分を用意してもらうよう、要綱を、メールしたんですが」




「え?・・・それは知らなかった。」


 絶句した。”榊さん、知らなかったじゃねーよ!後、30分で受付だぞ” 



 ゼルダさん以下、こっちの事務方の人達がジっと榊さんを見つめてる。彼が、ハっと我に返って連絡。電話のやり

取りを聞いてて、俺はめまいがしてきた。


 彼の釈明によると、事務所のほうで、去年の12月にPCトラブルがあったそうだ。メールとかPC本体に保存してたものが、消えてしまったらしい。(自動バックアップしてなかったんだ・・)



「申し訳ありません。こちらの手違いで、メールと添付書類をなくしてしまいました。もう一度、送ってもらえませんでしょうか?」


 通訳をしてくれる丸岡さんが、まだ来てなかったので、俺が、つたないドイツ語(英語交じり)で榊さんの謝罪を説明。


「どうするんだ!で、そっちにまかせてた部屋割りのほうのプリントは用意出来てる?まさか練習用の部屋は予約して忘れたとかはないだろうね。」

ゼルダさんとオケスタッフの強い口調に、俺が怒られてる気分だ。


 


 俺は、自分の分の要綱(日本語)は、持ってきてる。それで何とかできる。ただ管・打楽器と弦楽器で、休憩の時間とか、少し違ってたはず。とりあえず皆に落ち着いてもらわないと。


「管・打楽器のほうは、俺、持ってるんで、それをダッシュでコピーできます。」


「よかった。じゃ、弦楽器のほうの要綱は、指導担当者は持って来てると思うので、カイト、日本語にして」


 うぃっす。俺はコンマスから要綱を奪うように、受け取った。


 

 榊さん、真っ青な顔をしてたけど、やっとメドついて少し顔色がよくなった。部屋割りや案内図は、事務所のUSBに保存してあったので、昨日、打ち出しておいたそうだ。予約も、もちろんとってあった。俺は一瞬、ドキドキしたけど。



*** *** *** *** ***


 午前中の基礎トレーニングは、セクションごとで、俺はもちろんトランペットの練習室にいる。ここ数日、楽器に触る事も出来なかった。ケースを開けると、これまでのゴタゴタが消し飛んだように、心が軽くなった。


 トランペット欠乏症状?譜面台とか用意しようとしても、あせって倒したり、机に躓いたり、俺もセミナー生のようになった(しかも初心者の)


 一緒に基礎練習を始めようとした時、ゼルダさんが部屋に入って来た。クラウスは日本語は少し話せるので、俺に他の管楽器セクションに回って、ヘルプして欲しいとのこと。クラウスが軽く舌打ちした。俺もすごく残念。残念すぎて、楽器かかえたまま他のセクションに渋々向かった。


*** *** *** *** *** *** ***


 まず、金管楽器から。ホルンの練習部屋へ行ってみた。

8人の受講生のうち、5人は高校生。


「ああ、カイト君。助かったよ。言葉が通じないってもどかしいもんだ」


 とはいっても、音や口真似、身振り手振りでなんとかなっていたようだけど。


「うん、もうちょっとね背筋を伸ばして。そう、前を向いて。あ、肩に力入れない、リラックスね」


 ホルンの指導者はフランクで、金管アンサンブル・フロイデのメンバーの一人だ。彼は基本のBの音をセミナー生に吹かせながら、姿勢をチェックして回ってる。実際に姿勢が正されると、音がガラっと変わった。セミナー生はそれに驚いてるけど、姿勢は基本中の基本、初心者には、へんなクセがつかないようにするのがコツ。ペットでも同じだからわかる。


「皆さん、退屈に思われるかもしれませんが、ちゃんとした音を出す事が、上達への第一歩ですから。それには脱力が大事。余分な所に力を入れないで、アンプシャだけは、維持ね」


 フランクの熱心な講義の最中に、ブブブ と、携帯の振動音がした。セミナー中は電源は切っておくよう、注意書きがあったはずなんだけど。


 40代くらいの男性が、”仕事で至急の事があるので”という。職場でトラブルがあったとか。


 その後、俺はトロンボーンクラスへ行った。終わって廊下に出ると、さっき中座した男性が、戻ってくるとことだった。ホルンクラスには、フランク先生は部屋にいないようだけど。休憩かな?


「あの今、ホルンは、小休憩みたいですよ。よかったら、再開時に講師のフランク先生に事情を説明します」


「すみません。助かります。私は高校の吹奏楽部の顧問やってます。今日はもう一人の顧問に部を任せたのですが、生徒ともめたようで。なんともはや、中座して講師の先生に失礼をしてしまって。」


 で、クラスに入る前にまた、携帯の振動音が。



 携帯で話しながら、彼の目が仕事仕様も変わってくのがわかった。別に聞き耳はたててないけれど、そばで大きい声でだったんで、何が起こったか半分くらいは分かった。


 高校の時の吹奏楽部、俺は休みがちだったけど、よくトラブってた。さすがに顧問ともめた事はなかったが。


「いやはや、お恥ずかしいかぎりで。自分の指導力のなさに、あきれてしまいますわ」


「いえいえ、でも、学校へ戻らなくていいんですか?」


「無理ですね。職場までJRで2時間かかりますから。まったく、生徒も生徒だが、岩井先生もどうしたもんか・・」


 腕を組み首をひねりながら、ボヤいてる。基礎練習中に部員数名が練習をボイコット、帰宅したそうな。そこで岩井先生はキレて、残る生徒を残し自分も帰ったんだとか。


 高校生同士の意地はりあいのようだ。彼は岩井先生とやらのフォローをするのか。。


 *** *** *** *** *** ***


 午後からのアンサンブル練習も、つつがなく終わり、俺はかたずけをしながら、セミナー生徒を見送ってるところ。


 見覚えのある二人が、何やら話しながら、こっちの玄関にやってくる。


 一人は、午前中にあった”吹奏楽の顧問の先生”。確か、ネームに林とあったと。もう一人は、なんと水野リュージュさんだった。指揮者のセミナーはなかったよな。


「やあ、カイト君。お疲れ様。これから二人で晩飯、食べに行かないか?」


 そりゃ、もちろん。もうお腹がすいて死にそうだし、大賛成だけど、なぜリュージュがここにいるのだろう?おっと、演奏会で、いろいろお世話になった人だから、心の中でも敬語を使うべきか。


「はは、”なぜここにいる?”って顔だね。ゼルダさんに頼んで、通訳をかってでたんだ。もちろんボランティアでね。」


「そうでしたか。それはありがとうございました。何か世話になりっぱなしで、戻ったら事務局によく伝えておきます。」


 多分、ゼルダさんがしてくれると思うけど。


 林さんと別れ、水野氏とファミレスへと歩き出した時には、すでに吹雪一歩前だった。ああそういえば、朝方から明日一杯、荒れるって天気予報で言っていた。


 明日、飛行機、飛ばないかも。オケの大部分は、すでに東京に出発したけれど、セミナーの指導をしたトップの面々が残ってる。コンマスもだ。俺は入院してるリンさんにつくので、居残りだけど。



 ファミレスで、水野氏といろいろ話した。これからの事、疑問に思ってる事、もちろん音楽についても。


「水野さんには、今回、お世話になってばかりで、きっとゼルダさんも頭が上がらないでしょう。セミナーでの通訳に来てくれるとは思いませんでした。」


 ちょうど、リハの時に俺の側にいたから、アクシデントが起きた時、親切に手を貸してくれたんだ。セミナーまで来てくれるとは。


「いやいやいや。私はもともとは、バイオリンをやってたんだ。高校生の時に指揮者コースに転向したけど。今回は、バイエルンオケのコンマスの講義や指導がきけて、とても勉強になったよ」


 そうだ。指揮者はなんらかの楽器を学んでないと、出来ないんだった。バイオリンでもトランペットでも、一生懸命練習して、指揮者になりたいって人もいるのかな。指揮者でタクトを振る事は、自分は実際には楽器に触って演奏しないって事なんだけど。


 音楽の話題は尽きなかったけど、水野氏から貴重なアドバイスを受けた。


 そこをつかれると、弱いみたいな。


 ちょっと落ち込み反省しながら、ファミレスを出た時には、完全に吹雪になっていた。ビルに囲まれてるので雪が下から舞い上がってる。


 水野氏は、なんだか喜んでるけど、まずい事になるかも。俺の悪い予感・その2 だ。



  


 

 




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