海人、奔走す
日本に着いてそうそうの、ハプニング。海人は引き続き頑張りますが・・
ビオラのユンデンさん、ベースのリンさんだ。新札幌にいる事がわかった。
シンサッポロと目的地のサッポロを、間違えたのかと思ったけど、リンさんが、列車の中で具合が悪くなったらしく、やむなく途中下車したのだとか。
「乗り物酔い?」
「いや、リンさんが熱が出て具合が悪くなったそうだ。今、駅の事務室で休ませてもらってる。ユンデンさんによると、リンさん、熱が39度近くあり医者にみてもらうほうがいいと。」
ゼルダさんは、ため息をつく。「具合も気になるし、ベースが一人欠員になったら困る。まず領事に相談してみるか」
少し髪の毛が薄いゼルダさん。演奏旅行でトラブルが続いたら・・・。
「カイト、大丈夫よ。全員、予防接種はすませてるし、インフルじゃないはず。リンさん、きっと疲れが出たのよ。」
「カイト、心配ない。リンも俺たちもプロだ。本番は解熱剤を打ってでも、本番に穴はあけない」
駅で待つオケの他の団員は、ゼルダさん以外は全員、リンさんの事を聞いても平然としてるっぽい。ただ、顔色が悪い人が多い。さすがに疲れたのだろう。特に千歳についてから。
音楽事務所の榊さんに、りンさんとユンデンさんの事を説明。すぐ領事館の方に連絡を入れてくれた。領事館の丸岡さんという女性が、二人を新札幌まで迎えに行き、そのまま領事かかりつけの医者に、連れていってくれるそうだ。
本当ならば、彼女は通訳として明日から来る予定だったのだそうだ。時間外労働で本当に申し訳ない。
榊さんとゼルダさんが、人数の確認をしてる。
「ええと、宿泊は、2つのホテルになります。今回、とってあるのは、駅前のボストンホテルと、本番のホール近くのケルンホテルです。ちなみに指揮者とソリストは、ホールの前のプリンセスホテルです。弦楽の奏者の団員の方たちは、ボストンホテルなので、これから地下歩道を通って、向かいます。」
榊さんはニッコリ笑って、鞄からパッドを取り出し、俺に渡した。
「本当は、もう一人担当がいるんだけど、バス事故で頭を打ってね。様子をみるため一晩入院になったんだ。海人君、頼みます。この通り。今日だけ残りのケルンホテル組のほう、みてほしいんだ。パッドに予定や必要な情報はいれてあるから。」
榊さんに手をわせて頭を下げられた。団員達が興味深げに、「それって日本式の挨拶かい?」と聞いて来る。違うっつうの。
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大荷物に難渋しながら、やっとホテルにつき、チェックインを済ませた。
あと、パーカスパートの4人がつけば、一安心なんだけど。ホテルについての仔細をゼルダさんが4人におくったから、なんとかなるだろうと思う。
ボストンホテルグループと別れた後すぐ、4人から、”今、オドリにいます”と謎の連絡がきた。しばらく考えて、地下鉄大通り駅の事とわかった。シンサッポロでおりて、地下鉄に乗り換えたんだ。
”目的は”札幌の町を楽しみたかったから”だそうだとゼルダさんが、もうお手上げというポーズ。
「パーカスの女子、3人は仲がいいんだ。ホテルの部屋も同じにしたし。ティンパニ担当のアドルフは、いい気になってたのだろう。まったく人の気も知らないで。」
「ゼルダさん、東京と大阪の宿泊先、前もって知らせておいたほうがいいかもしれませんね。今回はバスが事故らなければ、何も問題なかったんでしょうけど。念のため。」
ゼルダさんは、うなずきつつ、リンさんの事が心配とかで、後はよろしくとボストンホテルに行った。残りの4人はクラウスと俺が待つ事になった。
夜、8時になっても彼らは、現れなかった。メールしても直接電話しても、無視された。
「アイツは団でも酒豪だから、どこかで飲み会をしてるかもな。ドイツ国内やヨーロッパの国なら問題にならないんだよ。現地集合の時も多いしね。今回はアジアでしかも真冬。事務局もそこを考えて、細かく決めてくれたんだろうが。」
忘れてた。今、史上最強の寒波が居座ってて、最高気温がマイナス10度前後。週末には雪になるとか。飛行機が欠航の時を考えないといけないかもしれない。
パーカス4人組が現れたのは、9時を回っていた。部屋のカードを渡し、クラウスが説教した。予想通り、アルコールで赤ら顔のアドルフ。どっかと椅子に座り込み、演説大臣になった。
酔って呂律の回らないのと、ミュンヘン訛りで、ところどころ聞き取れなかったけど。
”ましてアジア人に、・・・のリズムが・・・てんで駄目・・別物・・わかるわけない”
今回のプログラムは、モーツァルト、ブラームスのバイオリン協奏曲、ベートーヴェンの交響曲7番。集客を考え、馴染みのあるものばかりにしてあるそうだ。
アドルフさんのいう事は、わからなくもない。確かに俺もミュンヘンで、オケの演奏を聴くたびに、感じた。
ミュンヘンで聴いた曲は、どれも音が乾いていて、リズムが変幻自在だ。同じシンフォニーでも、CDで聴く日本のオケの演奏は、どうしてもネバっこいというか、湿っぽいと感じた事が度々あった。ドイツに来て、その違いがはっきりわかった。それがオケの個性 といわれれば、否定できないだろうけど。
「・・・イエローモンキーは、優秀・・・ドイツじゃ、活躍す・・・」
さすがにカチンと来た。他の言葉がわからなくても、人種を侮蔑する言葉だけは聞き取れた。
クラウスの方が、反応が速くて、アドルフにつかみかかろうとした。俺は慌ててトメに入る人になった。カチンとはきたけど、これ以上のゴタゴタは、勘弁してほしい。さすがに疲れたし。
190cm近いクラウス、本気で怒ると目が怖い。香澄さんが彼を心の底で怖がってる理由が、少しわかった。
「止めるな、カイト。今の発言は許せない。オケの品位にかかわる。お前でもわかる言葉だ。今の言葉、聞こえた人でもわかる人もいるだろう。まったく。」
クラウスの言葉で、アドルフさん、ちょっとアセってる。いい気味。
「酔っ払いのゴロツキグマはさっさと寝れ」
と、優しくアドルフさんの背中を押した。もちろん彼は日本語はわからない。俺の言葉が聞こえたのか、ホテルの人が、プっと笑いをこらえてる。
なんて言ったのか聞かれたが、笑顔と無言で通した。




