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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
プロへの遠い道ー修行は続く
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夜通し話そう

レストランを飛び出たものの、小百合ちゃんのメールで呼び戻され、戻ってきたカイト。

 小百合ちゃんからのメールには、”大学近くの地下鉄駅で待ち合わせ。早く来る事!”と、怒りの絵文字付きだった。こういう処は、彼女の師匠・康子先生に似てると思う。


 冬の風で少し頭が冷えたせいか、俺も少し大人げなかったと反省はした。でも、あの時はその場にいることは出来なかった。そこは何度考えても、同じ結論なんだ。


 父親といえど娘のメールを盗み見るようなゲスさが許せなかった。”プロで食べていく事の難しさ”その事を、自分でわかってる。でも他人にズバっと言われ、落ち込んだって事は、現実逃避してたのかもしれない。


 とにかく、駅についたときには、もう午前0時近かった。治安がよくないのに、女子に迎えに来てもらうのは、申し訳ない。その点は小百合ちゃんに十分、謝らないと。


*** *** *** *** *** *** ***


「で、セリナちゃんが、父親が海人を追い出したんじゃないかってつめより、親子喧嘩になったのよ。」


 俺がいなくなったことで、騒ぎになったそうだ。その顛末を、夜のパリの通りを歩きながら聞き、俺はセリナちゃん父との事を説明した。小百合ちゃんは、俺の気持ちは、わかってはくれた。でも怒ってる。だよな。宿の手配までしてくれたのだ。


 これは自分で告白するのも恥ずかしかったけど。


「そりゃね。でも一つだけ言えるけど、海人は”盗み見”したと言ったけど、多分、そうなんだろうと私も思う。ただそれが勘違いの可能性も0㌫じゃない。それと、確かに厳しい音楽業界の現実を、音楽に携わってない人から言われると、カチンとくるわね。しかも上から目線で。」



「黙って出てったのは悪かった。頭に血が上ってたのかもしれない。トイレにでも隠れてればよかったのかな?」


 実は小百合ちゃんには、言っていないことが一つある。それは、セリナちゃんも小百合ちゃんも、いわゆる富裕層なんだ。俺の実家は、経済的に中の中ってところだろうか。俺が音大・留学とお金を使わせたので、中の下になってるだろう。富裕層3人に庶民1人・・・居心地が悪かったのもある。



 小百合ちゃんは、自分の部屋は狭いといっていたけど、入ってみると、広かった。1LDKで、寝室らしき部屋は、開け放して、そこにグランドピアノが鎮座してる。これが圧迫感を与えるのかしれない。


 セリナちゃんが、はいってきた俺を見るなり泣き出して、抱き着いてきた。俺が試験前の彼女を動揺させてどうするんだ・・・。でも少しだけ嬉しいって気持ちも否定できない。


 彼女には、”父親と口喧嘩になって飛び出したんだ”としか、説明しなかった。


「うちの父が、何を言ったの?音楽の事はあまり詳しくないって、よく言ってるのよ」


「それは大間違い。父親だから、いろいろ音楽業界の事、留学後の事、調べたみたいだぞ。だからその、俺に干渉してきたんだ。”ヨーロッパにいても未来はない。日本に帰れ”って」


 メールに関しては、黙ってる事にした。小百合ちゃんの言う通り、決めつけはいけない。例え限りなく黒でも。


「ごめんなさい。自分の進路にあれこれ干渉できるのは、スポンサーだけよね。もう、お父さんったら、空港についたときから海人にイヤミ丸出しだったし、全く大人げない。」


 小百合ちゃんが、ワインとチーズを持って来て、3人でいろんな話しをした。もちろん、夜、遅いのでなるべく小声で。


 セリナちゃんは、疲れてるせいか、30分もしないで、眠ってしまった。俺の膝に頭をのせて寝る彼女は無防備すぎ。っていうか俺、男として危険視されてないのが、いいのか悪いのか。


 彼女を抱き、小百合ちゃんのベッドに寝かせた。


 ゲスト用の簡易ベッドがあったようだけど、小百合ちゃんは、そのままで、俺と朝方まで話した。


 彼女もイラツキがたまっていた。このアパートも広いだけがとりえで、古いし、もちろん防音の設備も十分じゃない。”楽器演奏可能な部屋”を見つけるのが大変だったそうだ。


 桜が丘音大には、小さいけど学生寮と、後、音大生専用のアパートが大学周辺にあり、家賃の高さに目をつぶれば、練習できる部屋は、見つける事が出来た。


 パリには、そういうたぐいの部屋はなく、防音は自分で工夫しないといけないのだそうだ。土曜日、日曜日は練習できない。夜も不可とか、苦労してるらしい。練習できない時間は、例えばコンサートやセミナーに行ったりしてるそうだ。


 そういう点では、俺は練習のし放題だったか。俺の師匠の家の事を話すと、羨ましがられた。


「結局、どっちにしてもメリット・デメリットがあるのね。確かにこっちにいた方が、音楽的に刺激を受ける事もできる、でも練習時間が限られる。」


「日本とこちらを行き来するのは、どうかな?」


「それが出来るのなら、苦労はしないわ。私は今年もいろんな国際コンクールにチャレンジするつもりよ。海人はどうするの?」


 ここでまた、俺は答えにつまってしまった。そこも迷ってる所なんだ。今年は、ドイツ以外の国のコンクールに応募してみようかと、調べてる。デンマークなどの北欧の国やスペイン、イタリアなど南欧まで。大きいコンクールでは、ロシアのチャイコフスキーコンクール。去年、金管、木管楽器の部門も開くと知ったのだけど、よく調べると、まだ何も決まってないようだ。きっと来年以降になってしまうだろう。


 コンクールに出るとなると、師匠が許してくれれば、このままドイツに残る事になるけれど、生活費が限りなく不安だ。日本から持って来た貯金は、とうの昔に100万をきってる。バイトをもう一つ、やってみるとかかな。


「ズバっと答えられないって事は、そこも迷ってるとこなんだ。海人は大学へ行ってるわけじゃないから奨学金とか受ける事は出来ないんでしょうね」


 奨学金は、大部分は利子をつけて返済を迫られる借金と同じだ。もし借りる事が出来ても借りない。返す当てがないから。


 小百合ちゃんと話してるうち、リラックスしてきたのか、酔いが回って来た。ワインって結構、くるんだな。俺も列車移動で疲れてたのかも。知らないうちにソファで寝入ってた。気づいたら朝の7時前で、セリナちゃんも小百合ちゃんも熟睡してた。わざわざ起こすのも申し訳ないので、俺は黙って部屋を出て駅に向かった。


 小百合ちゃんには、後でお礼のメールをしておこう。


 ギリギリの時間で列車に飛び乗って、すぐ、セリナちゃんからのメールが来た。


”海人、いろいろ大変なようだけど、力になれなくてごめんね。時間はまだあるから。ファイト!”


 俺の方がセリナちゃんに励まされた・・


 


 


 

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