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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
プロへの遠い道ー修行は続く
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フランクフルトを観光する

演奏会の次の日、カイトは、帰りの列車のまでの少しの間。エルンストさんにフランクフルト観光で案内してもらう事になりました。

 帰りの列車は午後2時半。俺はホテルをチェックアウト後、フランクフルト観光の予定だ。


 昨夜、オーボエ奏者のミハウさんとオルガニストのエルンストさんに、フランクフルトがいかに素晴らしいか、詳しいレクチャーを受けた(ほぼ自慢だな)。”そうですか”なんて、笑って相槌を打つ俺だったけど。


 


 もともと市内を少しだけ観光するつもりだった俺に、エルンストさんが、案内をかってでてくれた。感謝をこめ、今日の昼食は、奢らせててもらうつもりだ。


 チェックアウトしてる最中に、彼がホテルにきた。


「ありがとうございます。前に来た時は余裕がなくて駅と会場の往復だけでした。地理は不案内なので少し不安だったんです」


「フランクフルトは緑も多く、歴史のある建物や教会も多い。しかもレイマー広場の中心に歴史的な建築物が固まってるから、忙しい人にもおすすめなんだ。」


 ウィンクして笑うエルンストさん。俺は忙しい身にならないといけないのだけど、”今の処さして予定がないです”とも言えない。


 もちろん、就職活動の一つとして、オケのオーディションの案内とかは、大学時代からネットでチェックしてる。でも募集そのものがないんだ。ネットで見る限りだけど。仲間内で業界の情報を仕入れたりだ。(例えば、どこそこのオケの~の奏者、今年で引退。とか 病気で休職とか。そんな類の情報)


 俺の理想としては、オケかウィンドオーケストラの奏者になる事なんだけど、道は厳しいというより、今の処、まったくない・・

** ** ** ** ** ** **

 さて、出発。

 

 楽器はリュックタイプのケースにいれて背負い、あとは腰ポーチをつけ衣装ケースを持つ。結構な荷物だ。エルンストさんに大笑いされた。


「市内を眺める事が出来るから、電車で行こう」


 もうおまかせ。俺は頼みますとエルンストさんに、ついていった。


** ** ** ** ** ** **

 ホテルは駅の近くだったので、駅のコインロッカーに荷物を預けた。といっても楽器はしっかり背中にしょってる。愛器だもんな。


 電車で2駅でレイマー広場についた。


 レイマー(旧市庁舎)は、昔は貴族の館で、市が買い取ったもの。中世の街並みまるで絵本をみるように、綺麗に残っている。


 中は”皇帝の広間”という大きな広間があった。等身大の歴代ローマ皇帝の絵があり、等身大だけになんだか睨まれてるようだし、威圧感もある、夜は絶対に来たくない場所だな。


「残念、今日はないみたいだ。ここは結婚届けを出す所でもあるから、運が良ければ、式の一行を見る事も出来るんだって。私は興味ないけどね。」


「人の結婚式を行列を見たって・・ってとこですね。」


「ははは、私なんて、結局、結婚しないで終わりそうだよ」


 ”オルガンが最愛の恋人の人だから” だろうな。きっと本人自身、わかってる。


「俺なんかは、結婚よりまず”プロの演奏家”になれるかどうかです。エルンストさんを見習って、頑張ります。」


 なんて、俺の言葉に彼は寂しそうに笑い返すだけだった。


 生活設計とか就職とか、そんなものを忘れて結婚してしまうような大恋愛は、俺の性格では出来そうもない。もちろん、セリナちゃんを愛してる。向こうも同じ気持ちかどうか自信ないけど。相手を幸せにしたいからこそ、考えてしまう。経済的な事を。なんていっても、生計を立てないと相手に苦労をかける事になる。


** ** ** ** ** ** ** ** **


 レイマーを出て広場を、電車通りにそって歩けば、大きな教会が林立している。その中で、一番大きな大聖堂に入った。


「ここは、横に宗教美術品をいろいろ展示してる博物館もある。おっと残念。今日はそっちは休日だ。大聖堂だけ見学だな」


 俺はどちらかというと、マイン川にかかる橋の向こう側にあるゲーテ博物館や、シュテーデル美術館のほうがよかったんだけど。そのままエルンストさんに案内をしてもらってる。ま、俺も観光案内をネットで少し調べたけど。


 大聖堂は、天井が驚くほど高く、大ホールなみ。ただ石作なので、ここでの演奏は、残響が長いかもしれないし、アーチ型の天井で響きがまた変わるかも。


 

「広場近辺には大きな教会がたくさんあってね。そこのオルガンの音をひき比べるのも、楽しいんだ。お金はかかるけど」


 それから二人で教会巡り。エルンストさんは、楽しそうにに各教会のオルガンの特徴を教えてくれた。同じオルガン弾きの青井優がいると、もっと盛りあがったろう。おれじゃ、役不足で申し訳ないくらいだ。



 昼食は、大聖堂の近くの居酒屋で食べる事になった。営業時間をみると、日曜も深夜の平日も夜中まで営業していた。さすが観光地だな。法律もここじゃ有名無実なんだな。


 林檎酒にソーゼージ、ザワークラフト(酢キャベツのようなもの)、メニューには他にもいろいろあった。それを次々に頼むエルンストさんにびっくり。俺としては 昼間からビールどころかリング酒でさえ、アルコール入りの飲み物はは、後ろめたい気がする。それに列車に乗るのに満腹でお腹がパンパンになるのもな。


「カイト君、どんどん頼みたまえ。何か希望があるなら頼んであげるよ。ここは私が奢るから」


「案内してもらってその上、奢ってもらうなんて」

「いいから、ここは年上の私に奢らせてくれ。私は君の2倍ほどの年齢なんだよ。」


 そう言われてしまえば年下は黙るしかない。エルンストさんと話しをするうちに、彼の今の演奏活動の事になった。


「教会専属のオルガニストになる事も出来るし、それが安定した収入になるけどやはり狭き門だ。もっとも私は最初から、フリーのつもりだったけど」


 ヨーロッパの音楽家の就職事情は詳しくはわからない。オーケストラに限っていうなら、日本に比べレベルも高い処が多いし、数もかなり多い。ただ、オケを志望する演奏者の層も厚いので、やっぱり”狭き門”になってる。


 ましてやオルガニストは、オケには普通はいない。他の鍵盤楽器奏者ならいるかもしれないけど。


「あの・・・思い切って聞いちゃいます。オルガニストでフリーでの演奏活動ってどんな感じですか?日本じゃ、オルガンソロの演奏会は、あまりないようですけど」


「あっははは。おそらく優君から相談でもされたかな?彼、悩んでるって噂で聞いた事があったし。」


 ああ、図星・・。俺も優も悩みの根本は同じなんだけど。


 エルンストさんは、ビールを飲みほし、ため息をついてグラスを置いた。地雷踏んだか?俺。


「やっぱり地元の奏者でもフリーの演奏活動は厳しいものがあるね。教会で演奏会の企画で呼んでくれる事もたまにある。実は私は、オルガンの他にチェンバロ奏者でもあってね。バロック音楽の演奏会で呼ばれる事もあるかな。オルガンよりも回数はずっと多い。それと私は、いろんな曲をオルガン用に編曲したり、オルガン用の曲を作曲したりする。収入としては微々たるもんだけどね。後は、大学で臨時講師してるから。今年は、11月中頃からクリスマス・新年までは忙しい時期が続く。ありがたい事だ。ここで稼いておかないとね。」 


 ここでニッコリ笑って俺を見る彼は、やはりベテラン音楽家の余裕が視える。俺も編曲なら、大学オケ時代にたまにしたぐらいだ。それにしても作曲か~。確かにトランペット奏者で、かつ作曲者って人も多い。もっと作曲の方の勉強しておくんだったか。



「すみません、立ち入った事聞いてしまって。俺、コンクールが終わったら日本に帰る予定だったんです。けど、このままドイツにいたいなとも思ってて・・・」



 すみません、エルンストさん。ちょっとお悩み相談になってしまって。


「ごめんなさい、こういう事は自分で決める事でした。」


 ウッカリ話してしまったのは、リンゴ酒で酔ったのか?。本当なら師匠のクラウスにすべき?いやいや、今、先生、金管アンサンブル”フロイデ”の事で、忙しそうにしてるから、あまり迷惑かけられない。


 エルンストさん、ううむと考え込んでる。ちょっと恥ずかしい。俺24歳、いい大人だろうに、ったく。自己嫌悪だ。


「うん、残る残らないは自分で決める事だね。そのためには他に、いろんなプロの演奏家からこっちの状況を訊いてみるのもいい。君は、昨日の演奏会で収入を得てる。これもプロ演奏家と言える。生計が立つかどうかは、別問題だね。」


 エルンストさんの誠実な解答に、少しシャキっとしたい。口の中のアルコールの香りを消したくて、水を頼んだ。炭酸入りだった。渋みがグっときて口が上手く開かない気分だ。

やっと感謝の言葉だけ言った。


「助言、ありがとうございます。いろいろ聞いてみます。」


「そうだ、カイト君。来年、デュオで1曲やろう。来年の1月に、私は教会でボランティア・コンサートをするつもりなんだ。場所は、ダルムシュタット。交通費と食費は自前、宿泊は教会で。ノーギャラ。★○★*に寄付するんだ。考えておいてくれないかな?」


 正月だからといって実家に帰るつもりはなかったけれど、予定が定まってない。自分の方針が決まらないからだ。


 俺はエルンストさんの提案を、一時保留にした。


 



 

日曜日か月曜日の午前1時~2時に更新。カメ更新ですみません。

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