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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
ドイツへ留学する
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カイトとヨゼフの2次予選

2次予選初日。カイトとヨゼフが演奏。ヨゼフのほうが、体調悪く心配するカイトです。

 ステージに立つと、動悸で心臓が口から出そうだ。俺にしては、珍しくひどく緊張してる。何度かコンクールは経験してるのに。


 原因はわかってる。練習不足。もちろん、死ぬほど練習しても、極度の緊張症に悩まされる人もいるけど。


 最初は、課題曲のフランセのソナチネ。次が自由曲でトマジのトリプテイク。演奏慣れしてる”ソナチネ”のほうで、始まる前から緊張するのは、自分にがっかりだった。


 2楽章で使うミュートの場所を確認、楽譜(今回は暗譜でなくていい)をセットし、エドにB♭(シの♭の音)を出してもらい、チューニングをする。控室でさんざんチューナーで確認したけど、場所が変わるたびに確認は必要だから。


 出だしは、少しためて。そこはエドとアイコンタクトで。うん、悪くない。1楽章は、速度の揺れがある処では、エドと少し慎重に。


 3楽章の前の部分のソロでは、曲想がガラっとかわる。最後の音、1音だけ飛び出てるのが解釈が難しい。3楽章になると、リズムが、ピアノとわざと合わせてないところがある。ちょっとジャズ調。


 ここは、セリナちゃん、意外と苦手にしてたよな。エドは、さすがに軽快に弾いた。なるほどな。こっちもおどけて調子でやった。ここは大成功。


 トリプテイクは、自分で選んだ曲だけあって、楽しく演奏できた。緊張がだいぶほぐれたからかな。


 演奏は両方で20分もかからないのに、なんだか汗だくになった。同期の辻岡が汗かきで、学生オケで本番の時、ポケットに何枚もハンカチを入れてたのを思い出した。


 右のポケットから、次々とハンカチが出て来る。”なんの手品だ?”とからかって、仲間で大笑いした。


 控室に帰って、エドにその話しをすると、”じゃあ、俺は横に積み上げておくか”なんてマジレスしてきた。ピアニストは、顔の汗より手の汗を拭くが必須のようだ。


*** *** *** *** *** ***

”悪りぃな。先に帰る”と、エドは昼の列車に乗るべくあわてて、飛び出して行った。昼食は列車の中で食べるのだろう。


 反省点はいろいろあった。でも終わってしまうと、気がぬけて忘れてしまいそうだ。とりあえず、思い付いた所だけでもと、楽譜をとりだし、感じた事を書いていく。鉛筆・ケシゴムは、演奏家には必須の道具だ。


 午後組のリハのため、ヨゼフが慌てて出て来た。て?俺はホール前のエントランスにいるんだけど、控室にいなかったんだ。


「顔色もいいし、大丈夫。頑張ってこいな」


「あれから1時間ちょっと寝る事が出来て、少し体が楽になった。カイトには大感謝だよ。あっと急がないと。あとでねカイト」


 彼は金髪のくせ毛だけど、よく見ると寝癖がついてる。仮眠を取れたのは良かったのだろうけど、それでも睡眠不足なのは変わらない。バテるほどの演奏時間ではないし、体力的にはまず大丈夫とおもうが。


 予選なので、コンテスタントの服装は、カジュアルだ。俺は小さな荷物と楽器をもち、席で午後の部の演奏を聴いていくつもりだ。聴いて素晴らしい演奏にヘコムかもしれない。それはわかってるのに、勉強になるし聴いていて楽しい。コンクールとはいえ、生で演奏を聴くのはいい。


 本番が始まる前、トイレから戻って来ると、ちょうど、ヨゼフの演奏が始まった。


 ヨゼフは、少し緊張はしてるけど、不眠で体調不良とは思えないクリアな音だった。課題曲は俺と同じく慎重だ。いや、音を置きにいってる感じが少しする。


 自由曲は、BOZZA の”caprice”。拍子がコロコロと変わる軽快な曲、演奏するほうも楽しいはず。それが

ヨゼフの演奏が冴えない。最初は、緊張してるのかなと思ったけれど、後半も同じだ。音に勢いと、変わっていく拍子特有のノリが良くない。もちろん、正確に演奏してるけど。


 それとも、これが彼の曲の解釈なんだろうか?


 演奏が終わり、ステージ上には、ヨゼフが青い顔というより、顔面蒼白っていうのかな。ちょっと心配になって、ステージ裏を覗きにいった。


 彼は今にも崩れ落ちそうにして、イスに座っていた。伴奏の人が心配そうにしてる。


「ヨゼフ、大丈夫か?睡眠不足なんだから、早く家へ帰ろう。俺が送っていくから。」


「ありがとうカイト、少し眠れたので、最後まで演奏出来たよ。正確さだけが取り柄の演奏だったけどね。僕も修行が足りないってことなんだよね。」


 修行って、コンクール出場の経験値のことかな。それなら俺も全然足りないが。



 一人で帰るというヨゼフを強引にタクシーに乗せ、自宅まで送った。もしかして一人になりたかったのかもしれない。彼は自分で、出来が良くないと思ってるし。


 鈍感な俺が、それに気が付くまでに、タクシーはヨゼフの家に到着した。


 車の中で彼は少し寝てたようだったけど、目をつぶっていただけかもしれないし。


**** *** *** *** *** ***


「ありがとう、カイト君。この様子じゃ、途中で貧血で倒れてたかもしれない。あの子、1次が終わった後、食欲がなくなって、不眠気味でね。今回のコンクールにかけてたようだから、プレッシャーが大きかったのかもしれない。あせらなくてもいいと、言い聞かせたんですけどね」


 彼は俺に感謝の言葉を述べすぐに、”寝るから!”と宣言して、部屋に上がって行った。


 2次予選は明日もある。落ち込んでるヨゼフ。彼が心を一新させて、明日、会場に3日目の演奏を聞きにこれるかどうか。


 そして俺もだ。残りのコンテスタントの演奏を聴き、打ちのめされる覚悟はあるのか?


 スランプでドツボにはまっても、音楽で食べていこうと決心したからには、自分であがいて這い上がっていくしかないんだよな。



 



日曜日か月曜日の夜午前1時台に更新します。

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