2次予選 苦労の連続
2次予選前まで、カイトは練習づけでしたが、伴走者の違いにふりまわされ、精神が集中できてないようです。
フランセのソナチネの方は、合わせが少し不十分なまま。トマジのトリプテイクに意外と時間をとられた。どちらも日本でもさんざん、練習してた曲なのにだ。
”な~に、伴奏の間違いとかは、審査の対象にはならないから、心配するな。タイミングや掛け合いの処は、バッチリ出来てるだろう?後は本番勝負だ”
と、エドは笑って言ってくれたけど、やはりというか、当然というか、セリナちゃんのピアノとエドとは、まったく違うタイプで、俺は頭をかかえた。
コンクールの行われるベルリンへ向かう列車の中というのに、俺は脳内のプレイヤーで曲を再生させ、あれこれ考えながら楽譜とにらめっこ。
エドは列車に乗ると、すかさず寝に入った。昨夜、遅くまで練習したせいもあるし、午後からピアノの生徒さんのレッスンとかで忙しかったようだし、余計疲れてるのだろう。
エドのピアノの音は、どちらかというと太く、ベートーヴェンの曲が似合いそうな正統派。セリナちゃんの音は、多彩で柔らかな音色だ。思い出しながら比べると。
日コンでの演奏は、二人が演奏で妥協点を見つけながら、仕上げていった。エドには日コンでの演奏を聴いてもらったけど、結局、セリナちゃんの様に弾く事は、少なからずエドのいい処が抑えられてしまう。
エドは、”気にするな、お前はお前の考えた通りで演奏すれ”って言われたけど、無理だった。
楽章のバランスがあるので難しい。3楽章はバッチリなんだけど、1楽章が最後までまとまらなかった。
***** **** **** **** ****
2次予選の3日間、俺は一日目の午前中、ヨゼフは午後の最初。ハンスとエリカは2日目だった。
前日の練習場所は確保できなかった。ヨゼフが自宅をと言ってくれたが、さすがに遠慮した。
俺とエドは夜遅くまで、すり合わせをしてたが、最終的に、”ガラっと曲想を変えるのは、例えリハで出来たとしても本番では無理”とのエドのアドバイスに従った。
その夜は、なかなか寝付けなかった。課題曲がグルグルと渦をまき、頭の中でエンドレスでなってる。
頭の中の曲が、演奏の難しい個所、タイミングの取りづらい処、最後までエドと息があわなかった所、にさしかかると、たまらずベッドから飛び起きて、楽譜を見ながら頭の中で再現する。
もうまどろっこしい。ベッドの毛布を2重にしてミュートをつけて練習してみた。苦情が来る前に自分がギブアップ。酸欠になった。
寝転んで天井をみながら、ヨゼフのユースの音楽コンクールの話しを思い出していた。本戦で全員が最高点ならば、順位はあえてつけないとか。○○コンクール上位入賞という形になる。
それよりも、2次予選を通らないとな。1年のドイツ留学でコンクール3回参加は、少ないかもしれない。北欧のほうのコンクールもあったのだけど、迷った末、見送った。練習が間に合わないと予想できたから。
布団をかぶっての練習で疲労したのが良かったのか、午前2時くらいには寝たようだ。
*** *** *** *** *** ***
当日、朝、エントリーをすませ、名札を受け取る。俺は午前中の3番目。ヨゼフがいたので、声をかけたが帰って来た返事は覇気がなかった。また、”緊張して眠れない病”が出たのかな。あえて心配する言葉はかけなかった。かえって意識してしまうんじゃないかと、感じたからだ。
「おはようヨゼフ、お互い頑張ろうな。」
「カイト...僕、全然、眠れなかった。緊張しちゃって。練習も足りてない気がする。どうしよう」
ヨゼフの白い肌は血色が悪く、人形のようだ。目も死んだ魚の目っていうやつか。
「大丈夫だ。俺も眠れなかった。練習不足なのが気になってさ。」
正しくは、昨夜は寝つきが悪かった、くらいかもしれないけど、ヨゼフには言わないでおいた。
「ヨゼフ、手を出して」
いきなり何?というヨゼフを無視して、手をつかみ、俺の両手の指で、ヨゼフの手のひらを揉んでやった。毛細血管のある手の血の巡りをよくすし&リラックスさせるためだ。
中学生の時、初めて出たコンクールの直前に、母に教えてもらった。これの欠点は、やり方を知ってても自分で出来ない事だよな。
手を揉み終わると、俺はヨゼフの後ろにまわって、肩揉みをした。少しでもストレス解消になるといいと思って。時間にして10分位だろうか、エドがリハの時間だとよびに来た。
「ありがとう。カイト、ごめん。本番前の貴重な時間を使わせちゃって。少し体が軽くなった。今頃になって眠くなってきたよ」
苦笑するヨゼフ。そりゃそうだろうな。話しだと、2時間も寝てないから眠くなって当然。ヨゼフに眠いならすぐ寝た方がいいと、強くすすめて、俺はリハのためにステージに向かった。
*** ******** ***** ****
フランセのソナチネを中心に練習。危ない処や二人の意見がシックリあってない個所を中心に練習。
「こうやってみると、カイトのソナチネはロマンチックなんだけど、絶妙なバランスで嫌味がないな。”恋しくて死にそう”という気はしない。奥手の二人だってわかるな。」
あまりに当たっていたんで、絶句。確かに”死ぬほど会いたい”とまではいかない。それは、自分自身の事で精一杯だからか?いや、違うな。セリナちゃんに弱音をはくほど、苦労してないのかもしれない。
「エド~!勘弁して。セリナちゃんの事は、少しの間忘れるから。集中したいし」
本番、俺の番になった。”やれるだけやる。緊張してもそれも自分の実力。ステージの上に立てるだけ幸せ” と呪文のように唱えながら、観客に礼をした。
日曜日か月曜日の夜。午前1時~2時の間に更新します。




