2次予選まで1週間しかない。
2次予選まで1週間。短期集中で頑張ろうとするカイト。日本の後輩・健人からのメールがきた。
2次予選まで後1週間。
課題曲は、日コンでもやった フランセの「ソナチネ」。自由曲(といっても、提示された数曲から選んだ曲)トマジの「トリプティク」。
自由曲は、どれも4分~5分の短い曲ばかりで、難易度からいうと、2次には簡単かなというくらいだ。
今日は、エドとの初練習@音楽室。トリプティクのほうから、エドとまず合わせてみた。
「う~ん、カイト、これ好みで選んだろ?コンクールに向くとか、難易度とか考えずに。」
エドがピアノの楽譜(トランペットの楽譜もついてる)を腕を組んでうなってる。選曲、まずかったのかな。
「本選は、トマジの曲だし、演奏してて少し楽しいかなと思ったのは、当たりですけど・・・」
「カイトにとっては、フランセのほうが大変だと思ったんだ。一回仕上げた曲だしね。トリプティクならわかりやすいし、早めに仕上がりそうだし。前のバイエルン音楽コンクーと近かったから、ちょっとハードスケジュールになったしな。」
どっちを本命にするかってとこだけど、俺もクラウス先生は地元ミュンヘンでのコンクール優先だったんだ。本戦には残ったけど、そこまでで終わった。なんだか急きょ変更になったから、文句を言ってもどうにもならない。
「エド、3曲目、トランペットはミュートだから、もっと音量を落としてもいいかな。カイトは、子供が楽しそうに跳ねるように演奏したいんだろ?」
お見通しです。先生。それから延々と、クラウス先生とエドに、俺が首をつっこむ形で、曲の分析にとりかかった。気が付くともう夜の11時。これから1週間、エドが都合がつく時間であわせることになった。気になる伴奏代は、優勝賞金を山分けということらしいけど。冗談だよね・・・優勝なんて。
なんか無理めな気がする。2次予選でサヨナラか。1次予選を聴く限り、とびぬけて上手いコンテスタントはいないと思ったんだけどな。
終わるとすぐにエドは帰っていった。コーヒーと夜食を勧めたんだけど。忙しいんだろうな。家庭人だしピアノの生徒もとってるし、てか伴奏よりもそっちが主な収入だと言っていた。必然、生徒が来ないであろう、午前中か夜か、レッスンする事になる。
居間で俺はコーヒー片手に、いろいろ考えてしまった。前の時もその前の時も、エドには普通に報酬を払ってたのに、今回は、”練習の時の代金はいらない”って事になってしまったんだけど、俺が優勝すると確信してるわけじゃないだろう。合わせ練習のときの伴奏代は、純粋に好意で、無料にしてくれたのだろう。いい結果を出さないと申し訳ない。
ビールでご機嫌のクラウスが俺のバンバン背中を叩き、激賞してくれた。ちょい痛いんだけど・・・
「まあ、しょぼくれるな。簡単な曲ほど、音色や曲の作り方を吟味されるからな。審査員の好みも出やすいかもしれない。音色はな~。そう簡単に手持ちの音色を増やせることは、難しいけど挑戦してみるといい。」
先生、それって慰めどころか、ハードルを高くしたよ。トリプティクでの最適の音色、コンクール受けしそうな。そろそろ俺は頭がオーバーヒートしてきたので。部屋に寝に戻ると、また、PCにメールがきてた。
健人からだった。セリナちゃんのコンクール時の動画でも送ってくれたのかな?
違った・・・健人の日コンの演奏様子。
”海人先輩へ”
僕は日コン、2次予選でおちて3次予選までいけませんでした。今年は高校生が本選に残ったのに悔しいです。2次予選の様子を送ります。何か気が付いた事があったら、アドバイスよろしくお願いします。それにしても緊張しました。普段の半分も弾けなかった。何かいい方法はないでしょうか?
健人
お前は基本的に間違えてるよ、健人。トランペット吹きの俺に、ピアノの演奏のアドバイスなんて、出来るわけないだろうが。しっかし、健人も緊張症なんだな。いや、コンテスタントや演奏会の奏者で、緊張をまったくしない人なんて、いないだろう。
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次の日、午前中エドとのあわせ(エドの音楽室)午後から事務局でバイト、夜は家で合わせ練習の成果を見てもらう事になってる。
「カイト、いらっしゃい。午前中から熱心ね。はい、コーヒーとプリッツェル。音楽室に持って行って食べてね。」
エドの奥さん、エリザベトさんは陽気なママさんで、午後からは保育ママとして家で働いてる。ベビーシッターか超小型保育所・託児所ってとこかな)
コーヒーをエドに渡し、まず健人の演奏CDを渡した。ピアノ弾きに見てもらったほうがいいだろうと。
俺が楽器と楽譜の用意をしてる間、エドが吹きだした。
「おい、カイト。お前さんの恋人とやらは、男だったのかい?」
しまった!”ヒマな時でも見て下さい”と言い添えるのを忘れた。ああまったく、コンクールの事ばかり考えてたせいか。
「すみません、すみません。それ俺の後輩です。日コンに出て2次予選で落ちたそうです。アドバイスくれだなんて、トンチンカンな事言ってきたんで。エドがヒマな時にでも、視てもらおうと思ってたんです。」
「あっははは、まったく、目をむくほどビックリしたぞ。お前もいろいろと頼られるタイプだな。ありがたく見させてもらうよ。若い演奏家の音を聴くのは、こっちにもいい刺激になる。ヘタクソな奴はボロクソにくさしてストレス解消できるし」
多分だけど、エドはケントより演奏技術が上って訳じゃないだろう。ただ鑑賞する分には、あまり関係ないんだ。俺だって、自分の技量は宇宙のかなたへ放り投げて、プロの演奏家の批判をする事もある。
健人の選んだのは、ショパンは俺でもわかったけど、後はなにやら難しい曲。
「カイト、本番で緊張しない呪文を教えよう。”レディッキュラス”っていうんだ。某魔法学校で教えてた。」
エド・・・それ、映画の話。ファンタジーだから。
レディッキュラス”。確か、”あり得ない。冗談。馬鹿げてる”って意味だっけ?
「”俺が緊張してるだって?は!ありえないね。”って、思って自分に魔法をかけるのさ。」
効き目あるかな?運よく、俺は今までのコンクールで、緊張はしたけれど、実力の半分以上は出せた。ケントほど緊張する事はなかったのだろう。
でも、いつもそうできるとは、限らない。このまじない、俺も覚えておこうか。
日曜日か月曜日の深夜1時~2時の間に、投稿します。




