1次予選終了
4日間、続いた一次予選も終わりです。カイトは予選通過できるでしょうか・・・
1次予選最終日、ヨンスの出番は、午後の最初だ。でも何かトラブったようで、午前中、67番目のコンテスタントは出場せず、9人で午前中は終わり。昼休みの後、午後の一番目、午前に欠場した67番の男性が演奏した。
「なあ、遅刻したのなら、普通は失格とかじゃないのか?」
ヨゼフはどこから知ったのか、教えてくれた。67番の伴奏者が、こちらに来る途中、交通事故で病院に搬送されたのだそうだ。で、代わりの伴奏者をお願いするのに時間がかかったのだとか。
ヨゼフは、”信じられないハプニング”なんて言ってるけど、そういう事ってあるんだな。日コンの時、俺は本選での伴奏の符めくり役の健人が怪我。まったく、来るまでヤキモキしたし、怪我も骨折ではなかったけれど、重い捻挫で心配した。
大事な時に限って何か起こる。これって、”なんかの法則”って聞いた事がある。
午後2番目となったヨンスの演奏は、堂々としていた。ただ、平凡な俺の演奏よりも無味乾燥で平板な演奏だったような。
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「私は、小学校の頃からいわゆる英才教育を受け、将来は世界で活躍するトランペット奏者と期待されてた。ただ国内のコンクールはともかく、国際コンクールではあまりいい結果をだせず、内心すごくあせっていたんだ。」
ヨンスは、ロビーの椅子に座り項垂れてる。ロビーでは、1次試験の結果を待つコンテスタントもいたが、最終日の人達ばかりだ。報道陣がチラホラと。1次予選ならこのくらいだろうか。日本のように”コンテスタントに密着ドキュメント”なんて事は、ないのかもしれない。
ヨンスには、かける言葉がない。今回、1次では80人が演奏をし、2次に行けるのはその中の30人。彼はその中に残る事が出来るかどうかは、微妙だ。間違いはなかったけれど、楽譜に書いてあるダイナミクスの表現が、かなり控えめだった。審査員にはそれがどう聴こえるだろう。それに音楽記号・”フォルテピアノ”が一か所、完全に出来てなかった。
「あせってるのは、みんな同じだよ。cascade なんかは、冷静すぎる演奏で、ヨンスって平静だなって思ってたんだけど。」
「あせってるからこそ、余計に音とリズムだけはずさないように、とにかく正確に演奏しようとそればかりに神経が集中してしまった。でも、こういう時、心のバランスを保つのは、難しいもんなんですね。1か所、完全に音楽記号をスルーした。コンクールでは、マイナス点になるだろう。」
俺もヨゼフも慰めようがなかった。あきらかにヨンスは、その部分を間違えたのだから。ハンスにしても昨日の演奏に落ち込んで今日は寝込んでる。
俺とヨゼフは、もしかして、自分の演奏を反省できる耳をもってないのか?ただ能天気に演奏してるピエロじゃないか?フと思うと、足元が崩れていく感覚がする。(実はその時は、お腹がすいたのと疲労でめまいを起こしてた。まったく俺って奴は、精神が体に影響しないタフネスさだ。
結果がロビーに張り出された。ハンスやエリカちゃんは、家でチェックしてるだろうが、俺はやっぱり現場で知りたいアナログ人間。
俺は1次試験は通った。ヨゼフとエリカちゃん、ハンスもだ。残念ながら、ヨンスは落ちてしまった。
「ありがとう、カイト、ヨゼフ。私は、落ちたけど、君たちと友達になれた事は、大きな成果だったと思う。一人だと。再起不能になったかも。今回は、惨敗したのは、普段の自分の演奏が出来なかったから。今度からは負けない。」
ヨンスと握手をかわし、これからのこのコンクールの様子をメールしてくれるよう、頼まれた。会場になったホールを後にする彼の背中は、妙に姿勢がよかった。自分を奮い立たせてるのだろうか。さっきの落ち込み具合からすると、無理してるのかもしれない。
俺はヨンスの言葉を思い返した。
ヨンス、”普段の自分の演奏をする”それって、一番、難しい事なんじゃないかな。
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その夜、ヨゼフ家は喜びで大宴会になった。俺はなぜだか、すごく感謝されて、かえって困った。確かに”リンゴのアドバイス”はしたけど、ドイツ語にまだ不自由な俺は、かなり彼に助けられたし。お互いさまなんだ。
「本当にカイト君には、感謝してもしきれないわ。あの子はね。一度、コンクールのステージで途中退場しちゃったのよ。前夜から眠れず、当日も緊張状態でステージで演奏中に貧血をおこしてね。それが、トラウマになってしまって。」
ヨゼフの母さんは、お茶をつぐようにビールをつぎながら、ヘタレ伝説を披露してくれた。そんな事があった後、彼は、コンクールだけじゃなく、試験、発表会から,レポートの発表まで緊張するようになったそうだ。
「俺も緊張しますよ。日本人だから表情にでないのかな。胸から心臓がでそうな時もありました。」
俺もそういう経験はある。ただここ最近、緊張してる自分と頭の中が冷えてる自分と、二人いるように感じる。まるで幽体離脱でもしたかのように、緊張する自分を上から眺めてでもいるような・・・
”これからも仲良くしてあげて下さいね”ヨゼフが、”小学生じゃないんだし”とむくれる。ほほえましい会話をしながら、俺はベルリンから列車に乗り、帰路についた。
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1次の結果はすぐに、クラウスとエドに知らせた。エドからは、”2次予選の特訓スケジュールをくもう”との返信。クラウス先生からは、”1次はいけると思ってました。問題なのは2次です。これからビッシリ、レッスンしていきましょう”とあった。
午前中にベルリンを出た列車は、ドイツの平野を走る。東京では、電車からは”街並みの車窓”のみで、広々とした平野が続く車窓が少し珍しい。
フランクフルトで乗換。街に出る事なく、駅でこれからの練習スケジュールと手帳をにらめっこ。サンドイッチをランチにコーヒーを片手にミュンヘン行の列車に乗った。
ミュンヘンに着き、まず夕食の材料(おそらくクラウスは用意してない)を買いながら、フランクフルトで11月にエキストラで呼ばれてる事も考えていた。ピッコロトランペットの特訓を受けるんだっけ。
2次予選も近いのに、俺はいろいろ詰めすぎたかもしれない。ただ、エキストラの話しは、本当に有り難いし、うれしかった。
プロとして生活いていけるのであれば、世界中どこでも構わないと思ってる。内戦などで紛争中の国はちょっとパスだけど。
日曜日か月曜日の午前1時台に更新します。




