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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
ドイツへ留学する
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1次予選での、もめ事その2

1次予選の二日目。ヨゼフ本番の日。カイトはヨゼフの先輩にからかわれてしまいます。

 俺の1次予選は終わった。明日はヨゼフが本番。まだ隣の席で寝こけてるヨゼフを起こし、リンゴを彼に渡した。昨夜泊まったホテルで、リンゴ取り放題だったので遠慮なくいただいたものだ。


 別に寝不足の心配をしたわけじゃなく、お腹がすいたら昼間に食べようと思ってただけ。このリンゴの事を早く思い出せばよかった。俺も今朝は動揺してたって事だ。


「すごい、リンゴは常備してるんだね。僕、カイトの演奏が終わったあと寝ちゃったんだ。ごめん。でも、体は少し楽になった。」


 眠れない原因は、人それぞれで、その日の体調にもよる。あの時、たまたまヨゼフは多分、体力も限界だったんだ。

*** *** *** *** *** *** 


 昨日は俺はヨゼフに気を使って、ホテルをとっていたけど、”どうしても泊まりに来て”と懇願されて、ホテルをキャンセルする羽目に(キャンセル料がきつかった)


 ヨゼフの家は旧西ベルリンのそれもはずれのほうにあり、電車を乗り継いで1時間ちょい。


 ヨゼフの家は大邸宅と言ってもいいくらい広かった。地価の高い都市で、きっとお金持ちなのだろう。ヨゼフ家では、歓待を受け、俺とヨゼフは1日目の演奏の感想とか言いながら、時々脱線して、お互いの大学での笑い話とかクラリスの事も話題になって、なんだか彼はすっかり緊張がとけたのか、今朝、夜に熟睡できたと、喜んでいた。


*** *** *** *** *** *** **

 ロビーでヨゼフは、伴奏者と合流し、点呼の後、あわててリハーサルに行った。今日の2番目だから最初から時間に余裕がない。それを見越して、朝の早い電車できたんだけど、ホールが開いてなかったから、無駄骨だった。


 俺はホールの真ん中から後ろの方に座った。なるべく音の聴こえのいいとこがいい。


 二日目の演奏は、ヨゼフの言う処の”すごい上手な先輩二人・ハンス・ゲッペルにエリカ・オットーの演奏が、午後の最初のほうにある。ハンスが30番、エリカが33番だ。


 後ろから話し声が聞こえた。まだリハは始まってないので、ホールは雑然としてた。


「あは、彼が噂のリンゴ使い?普通だね。日本人を恋人にするだなんて、ヨゼフも変わってる。」

「ハンス、やめなさいよ。でも、彼のおかげなのかもね。ヨゼフったらスッカリ元気になってたわよね。実はカイトはフォースの力の持ち主とか?」


 だから、全て不正解。俺はリンゴ使いですらない。(ウィンドウズ派。窓使いだ)。フォースって、あれフィクションじゃねえか。俺がツッコミを入れるのを待ってるんか?


 二人が、こっちにやってきた。


「私は、ハンス。こっちはエリカ。僕たちはベルリン大学の学生でヨゼフの1年先輩になります。あなたは、カイト・シンドウですね。ヨゼフの彼氏でリンゴ使いの。」


 人を第一印象だけで決めつけるのはよくない。けどハンスっていけすかない奴だ。上から目線のような印象を受けた。笑ってるけど、目はマジ睨んでるのもゾっとしない。


「俺とヨゼフは単に友達。しいていえば弟みたいなものかな。何を誤解してるのかしらないけれど。」


 むこうが何か言おうとした時、リハーサルが始まったので、そのままになった。


 リハも終わり本番が始まった。ヨゼフはやはり緊張してる。コンクールのステージに立ち、緊張しない人はいないだろう。その程度の差こそあれ。


 俺はエドのピアノで、気持ちが落ち着いた。最初が肝心かもしれない。これで上手くテレマンの世界に入っていけるかどうかだ。もちろん、伴奏は審査の対象にならないけど、スムーズな前奏があれば、こっちも吹きやすい。ヨゼフの伴奏者は、前奏は緊張気味だった。


 ヨゼフの演奏が終わったので、演奏の合間をぬって、ホールを出た。


「カイト、俺の演奏はどうだった?」


 ロビーでヨゼフが駆け寄って来た。伴奏者の女性は後ろから苦笑いでついて来る。


「テレマンの演奏は、自分の思い通り出来た?」

「バッチリだよ。伴奏のアリカには忙しい思いをさせちゃったけど」

「じゃあ、大丈夫。俺をふくめて他の演奏者と同じくらい」


 俺は”群を抜いてよかった”なんていう、お世辞が言えない性格なんだよな。事、音楽にたいしては。今の処、テレマンのトランペット協奏曲は、俺の聞いた他の演奏と比べると、俺もヨゼフもドングリの背比べなんだよな。


 聞くと、ヨゼフはトランペットの入らない前奏部分は、ぬかして練習することが、多かったとか。伴奏者は、今回の課題の演奏で、直前であせったそうだ。


 やはりcascades で、力量の差が出たかもしれない。少しの音程のミスも、リズムのぶれもこの曲では、すごく目立ってしまう。”お?”と思う”やらかしちゃったぜ演奏”があった。


 この曲は緊張しすぎるとミスにつながるし、曲に適度な緊張がないと、曲として成立しない。面倒で厄介だ。

*** *** *** *** *** ***


 午後は、ヨゼフ母特製のサンドイッチ。控室で適当につまんでると、また、ハンスがやってきた。


「仲いいな。やっぱり恋人同士か?ヨゼフは、カイトと出会って、度胸がついたんだったよな。本当、ひどい緊張症で恥じかきっこヨゼフが、今日は堂々と演奏してた。あの事件以来、トラウマになったと聞いてたけど、克服したんだなあ」


 だから、ヨゼフがひどい緊張症だった事を思い出させるなよ。昨日やっと抜け出せたんだから。


「誰でも緊張はするさ。しない人はいないか超鈍感な奴だな。ハンス君だっけ?君も本番は緊張するだろう。」


”緊張するだろう?”と言う疑問形にしてあるだけど、隠れた意味は、”するに違いない”だ。ヨゼフをからかったかたき討ちさ。微力ながらね。


「ハンスったら、また、ヨゼフをからかってるのね。あなた後輩を苛めて自分を緊張をほぐしてるんでしょ?見苦しいからやめなさい。学校の恥よ。」


 エリカにかばってもらってから思い出した。俺はともかくヨゼフはドイツにいるのだから、恋人云々とかその手の噂は、非常にヤバイだろう。


「ごめんね、ヨゼフ。ハンスは音は最高だけど性格が最悪なのよね。」

「気にしないよ。それより今度、ハンスのような音色を出せるコツを教えてもらうつもり。楽器は音色が一番だからさ。それより、サンドイッチ、たくさんあるから、つまんでいかない?」


 エリカちゃんはともかく、ハンスまでも当然のようにサンドイッチをつまんだ。が、彼が食べたのは一切れだけだった。


「ごめんね、ヨゼフ。ハンスも緊張でイライラしてるの。お昼もあれ一切れだけだったし。あ、それより見て、SNSに二人の写真をあげたの。後ろ姿だし暗いからいいかなと思って。」


 見せられたSNSの写真は、昨日ホールの席で俺の肩の下あたりにヨゼフがよりかかって熟睡してるところだ。確かにこれだけでは顔も性別わからないだろうけど、この会場にいた人には、わかる人もいるかもだ。


「エレナちゃん、これは勘弁してほしいな。誤解を受ける恐れがあるし。ヨーロッパの方は、もっとそういう肖像権のような権利に敏感かと思ってたけど。」


 え?という顔だったけど、エレナは、写真を記事事削除してくれた。まあ、過剰反応かもしれないけど、俺はやたらにSNSに情報を出すのは、なんにせよ危ないと思ってる。

ま、その点では、”アラ還カイト”と馬鹿にされたけどね。


 午後、ハンスの音は、ヨゼフが絶賛するほどじゃなかった。若干、響きが硬かったきがする。それも緊張しすぎからくる硬さだ。テレマンの前半は、俺が点数をつけるなら、そこの処はマイナスだな。後半はもちなおしたけど。


 エレナちゃんは、対照的にすごく柔らかく明るい音だった。そこの処は群を抜いてる。彼女は1次は受かるんじゃないかな。cascadesのほうは、可もなく不可もなくかな。ごく平凡な演奏だった。


 2日目が終わり、暗い顔をしたハンスが、ロビーのイスで呆然としてた。


 



 

 

週一更新です。

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