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同盟締結 5

 ウクゼクは困惑した。元からハの字だった眉毛が更に下がっている。

 人間と魔族、この二者の和平への道を模索していこうと手紙で熱く語ったのはつい一月ほど前のことだった。

 ウクゼク本人は最高のタイミングで講和の話を切り出したつもりだったのだが、なぜか同意見のはずのフェルロフが反対すると言い出した。


「な、なぜ反対なのでしょう?」

「イェーツィアさんの仰ったことがまったくその通りだからです。人間は浅ましく、無知で愚かです。停戦を申し出たところで、魔族が弱腰になっているとしか考えませんよ、まったく嘆かわしいことに。特に戦場から遠い所で指示をだしている奴らは一度痛い目をみないと理解できぬ愚者ばかりですよ」

「貴方も同じ人間でしょうに、どうしてそんなに酷く言うのです」

「同じ人間だからこそですよ。と言うわけで、俺は講和には反対なんですが、貴女はどうですか?」


 フェルロフはエリダ・ホンノン公爵に振った。

 ラミア族の彼女の下半身は蛇のそれだ。艶めかしい乳白色の蛇腹を惜しげもなく晒しているが、かろうじて胸当てと腰布で大事な部分は隠れていた。娼婦の元締めだと言っていたが、彼女自身も娼婦かと見紛う出で立ちだった。

 肩口までの黒髪は緩いウェーブがかかっていて、隙間から覗く瞳は金色に輝いている。

 感情の読めないその眼が、フェルロフを見つめていた。

 品定めか、あるいは―――。


「………………そうねぇ。あたしは講和に賛成かな。もう二十年よ。二十年。長いわよね。そろそろ一区切りして欲しいってのが本音かな。あたしはさ、この中じゃ一番市井の声が入ってくるのよね。で、皆戦争には賛同してる。表面上は、ね。でもやっぱりみんなキツいのよ。別に停戦でもいいからさ、ここらで一息つけないかしらね」


 水晶の向こうでイェーツィアが息を呑む気配があった。

 しかし何かを発言させる間をフェルロフは与えない。

 すかさず、

 

「貴方はどうですか。俺とイェーツィアさんが講和反対。ウクゼク王とホンノン公が賛成です」

「む。俺かね」

「そう、貴方です」


 レデント公爵に訊ねる。

 オーガの大男は面倒臭そうにがりがりと頭を掻いた。


「ならば俺も賛成としよう。此度の長い戦争は確かに我々魔族に正義がある。しかしだ。戦争に取られて若い労働力を欠いた今の状況は酷いぞ。せっかく手に入れた土地も耕す者が居ないのではな。こちらから譲歩してやってもいいだろう。別に人間側がそれを突っぱねるなら、ぶっ潰せばいいだけだ」

『レデント公まで何を仰るのです!』

「お嬢、別にいいじゃねえか。何も降参するわけじゃない。俺たちゃ戦争に小休止が欲しいだけだぜ。もちろんお嬢が頑張ってくれているのはわかっちゃいるが、それはそれとしての話だ」


 これで三対二。イェーツィアは旗色が悪い。なにしろその二は飛び入り参加の部外者と、本来ならこの場に加わることを許されていない自分なのだから数字以上の劣勢だ。 しかしドラゴン族のネキテン大公が味方してくれるならば三対三の互角。そこから話術でもってこの敗色濃厚な空気を変えることが出来るかもしれない。

 そんな一縷の望みを抱き、イェーツィアはネキテンに縋るのだが―――。


『あの、ネキテン大公……』

「イェーツィア様。こうなっては講和のための使者を送るよりありますまい。確かに我々に大儀はあるが、このまま続けば殲滅戦の様相を呈すことでしょう。こちらが歩み寄ればその状況が変わるやも知れませぬ。我ら魔族のほうが歴史があるのですから、彼ら人間は子供で我らは大人なのです」


 濃緑の鱗のドラゴンは、不釣合いな小さい眼鏡をくいと上げて言い切った。

 こうなってはイェーツィアも折れるほかない。

 重苦しい声が水晶から響いてきた。


『……わかりましたわ。それでは講和の為の使者を送りましょう。戦勝パレードが終わってからでよろしいですわね? 人選については後日、私が王都に戻ってからとします。……他に意見がなければこれにて会議を終了したいと思います』


 結局最後まで仕切ったのは彼女だった。

 気丈な態度だ。フェルロフは少し感心する。

 

 しかし。

 退席していく面々をウクゼクと見送った後、フェルロフは水晶の声に呼ばれた。もっと近くと言われ顔を水晶に近づけると、


『死ねええええええええええええええ!』


 と大声がフェルロフの耳朶を打った。

 三半規管がどうにかなる。

 視界がチカチカと明滅した。

 

「な、何をするんだ」

『ふん。よくもやってくれましたわね! 私、貴方を絶対に許しませんから!』


 子供っぽい仕返しの後、水晶はただの水晶玉に戻った。

 

「申し訳ありません。妹が無礼を」

「別に気にしてませんよ」


 陳謝するウクゼクにフェルロフはそう答えた。実際全く気にしていない。何しろ思惑通りだったのだからいい気分だ。負け犬の遠吠えはとても心地よい。


「それはそうとフェル。ちょっとお聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」

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