同盟締結 3
「えと、紹介しましょう。妹のイェーツィアです、声だけですが。僕が頼りない分、仕事の補佐をしてもらっています」
『私の名を、下賎な人間如きに教える必要はありませんわ』
なんとも高圧的な態度だ。フェルロフは水晶の向こうの姿を想像する。
つり目で、きっとケバケバしくて濃い化粧をしているはずだ。服やマニキュアもドギツイ紫とか、黒とかそんな色合いだろう。しかし兄であるウクゼクの顔立ちを見る限り、悔しいことだが美人であるのも間違いなさそうだ。
「失礼なことを言うものではないよイェン。彼は私の願いを聞きいれ、従者すら連れずに単身ここまで来てくれたんだ」
『だからなんだと言うのです。そもそも! なぜお兄様は同盟の話を私に教えて下さらなかったのです!』
「お前が前線視察に出かけていてこの一月半、全く居所が分からなかったじゃないか。それにお前はあくまで補佐役。本来はこの会議に参加する権限もないし、僕が必要だと思ったときには相談するけど、そうでなければ自分で決めるよ」
『お兄様。普段は私に頼りきりで、急にそういうことをおっしゃるのは横暴というものですわ』
「それは済まないと思っているよ。けど」
『けど、ではありませんわ! いままでどれだけの苦労を私に押し付けてきたと思っているのです。大体前線を視察し、兵士を鼓舞するのも王であるお兄様のお仕事でありましょう?」
「う……」
ウクゼクが追い詰められはじめた。
これはフェルロフにとっても良くない。マズい流れだ。
フェルロフは助け舟を出すことにした。
「ちょっといいかな、イェーツィアさん」
『…………』
「人間如きと交わす言葉はないか? なら別に黙っていてくれていい。だが聞け。俺はフェルロフ・ポラヴィニアスだ。俺とウクゼクはもう親友でね。お互いフェル、ウーザと呼び合う仲さ」
『ほ、本当なんですのお兄様!?』
「う、うん」
ウクゼクは困惑しつつ肯定してしまった。そして、どういう意図があってこんな嘘を? と不安げにフェルロフを見てくる。
もし水晶越しでなければ、一発でばれただろう。思いっきり顔に出ている。
「ププ! あのお嬢が動揺してるぜ!」
「なーに、ちょっと面白くなってきたじゃなーい!」
「ふーむ……」
外野は完全に面白がって展開を見守るつもりだ。
愛称で呼んでいると嘘を吐いたことに特に意味はない。ただ、彼女の予想を外れた行動ならなんでもよかった。頭が回るタイプは思考を乱してくれるように無駄な情報を与えればいいのだ。そうすれば勝手にあらゆる可能性を考えて動きが止まり、こちらは気持ちを落ち着かせる時間が稼げる。
「で。ウーザと俺は、両国の益を考えて同盟を結ぶことにしたわけだ。何の問題がある?」
『問題があると言うより、問題しかありませんわ!』
「そうかな」
『あなたは敗者側から勝者側へ回れてよろしいかもしれませんが、我々には人間との戦争に勝てそうな今、わざわざ人間の一部と同盟を組む必要がないでしょう』
「そうでもないさ。人間側も拠点は失いつつあるが、まだその戦力の大部分を残している。魔族に対する認識が変わらなければ最後の一人まで戦う総力戦になるだろう。泥沼だよ。それを回避するために俺が仲介役になるのさ。理に適ってると思わないか?」
魔族との戦争において、捕虜は存在しない。
人間側は魔族を全て殺してしまう。それに対抗し、やはり魔族も捕虜を生かしておかない。即日処刑してしまう。
それまでの人間同士の戦争においては、敵を捕虜とし、身代金を要求して儲けるのが基本であった。しかし魔族との戦いは聖戦であり、どちらかが根絶するまで、この大地から消えうせるまで続くのだと女神教は声高に訴えてきた。
その考え方を塗り替えない限り、この戦争に終わりはないだろう。
『そ、それは貴方の勝手な言い分でしょう!?』
「いや、これは事実だ。人間と魔族の間に、両者のことを理解している俺のような人間が入らなければ講和すら無理だ。そしてそれをあんたは知ってるはずだ。前線を見てきたんだろ?」
『…………わかりました。いいでしょう。今回特別に……いいですか! 特別に参加を認めますわ。それと同盟も』
イェーツィアの不満そうな顔が目に浮かぶ声だ。
ウクゼクは目を白黒させていた。妹が先に折れたことなど初めてだった。
『何をぼやぼやしているんですか。お兄様。早く会議を始めましょう』
「ああ、うん」
急かされて、ようやく会議は始まった。