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永遠のライバルは涙目可愛い

5.



『夢の続き。


 気持ちの整理なんて早々つくものではなくて、だからぎこちなく。前よりももっと距離をおいてたいけれど、私の妹もお姉ちゃんだったのです。お姉ちゃんは妹のためにがんばるのです。


だから、それを私はお兄ちゃんでもあり、お姉ちゃんでもある私は見守ってあげるのです。恩着せがましく、家族のように。


 そうそう。そんな妹を守るために協力してくれた人がいました。その人は私のこの世界でできた始めての友達です。


 十年来の悪友のような気安さです。彼女と一緒にいるのはとてもとても楽しいです。夢が夢なんだって忘れそうなぐらい楽しいのです。私は彼女が大好きです。彼女の苦手な部分もあるけれど、それも含めて私は彼女が大好きなのです。誰にも渡したくないなんていっちょまえに独占欲を浮かべたりするんです。もう放さないよなんて臭い台詞を吐いたり、もう大丈夫だよって頭を撫でてあげるんです。それで、彼女がやめてよねって。でも紅色に染まった頬で言ってくるんです。その姿がとてもとても可愛くて、可愛くて、私は何もかもを忘れて彼女を欲してしまうのです。


 夢なのに。これは夢なのに。


 いろんな子に会えました。この夢はとっても素敵な夢です。私は、この夢が大好きで、大好きで、だから夢から覚めたくありません。どうかこの素敵な夢をずっと見続けられたらと思います。』




 理性で理解していても感情で理解しない限り行動には移せない。だから、いなほが茅原みずきちゃんとまともに話す事が出来るようになるのは今しばらく先の事だろう。だから私のした事はただの自己満足に過ぎず女の子を傷つけるだけの事。


「おいこらペンギン面。さっさと帰るわよ」


 姉の首根っこを掴む妹がどこにいるんだろう。ともあれ、だから、扱いがさらに雑になったとしても致し方ない事なのだろう。うん。きっと。


 ただ、しかし、だ。


「ほら、お姉さん!さっさと参りませんといなほさんと帰宅という素敵イベントがなくなってしまうではありませんかっ」


 サラウンドで扱いが悪くなるのはどうかと思うんだ。


 お互い直接的に話すのは難しいのは分かるし、そういう状況に追いやったのは私だ。だからといって照れ隠しのために私を虐める必要はないと思うのだよ。特にいなほは照れ隠し具合が酷い。視線をうろちょろしながらも妹であるみずきちゃんの事が多分前々から気になって気になって仕方なかったのだろう。うん。ものっそい勢いで見ている。特に胸。


 …さておき。みずきちゃんはみずきちゃんでいなほに話かけるといなほが逃げたりすることが分かっているからか私を通して気持ちをいなほに伝えていた。こっちもこっちでちょろちょろといなほの事を見ていた。突然、自分の腹違いの姉だと聞かされて大変困惑していたし、好きな人が姉妹って……と大変悩んでいたようではあるが今の所こんな感じである。


 最高です。


 そんな私を見て当然のように笑っているのは月浦湖陽。爆笑を抑えるためにひたすら顔の筋肉を酷使していた。


「あらあら羨ましいですわね。両手に花とはこの事なのでしょうかね。ふふ。出来れば代わって貰いたいくらいですわ。あ~あ、蓮花ったら羨ましいですわ」


 なんて丁寧口調で皆に聞こえるように話すものだから尚更にいなほとみずきちゃんの視線が痛い。


 全く楽しい光景だ。


 楽しい楽しい光景だよ。


 私が男でなければもっと楽しい風景だと思う。まぁでも……今の状況ではそれも叶わない。だから、いつの日か私を除いて二人でゆりんゆりんしてくれる事を期待していくしかないのだ。この件に関しては今は何も考えないでおこう。彼女ら以外の百合を追い求めて今は行動しようと思う。


 うん。それしかもう私に残された道はない。


 しかしまぁ、なぜかこう、行動すればするほど墓穴を掘っているような気がしてならないので改めて行動計画を練り直す事にしよう。


「はぁ……うん。まぁ、行きますかね。それで、今日はみずきちゃんも一緒なの?大丈夫なの?前にいなほがご両親に怒られるかもしれないから連れていけないとか言ってたけど」


「あらいなほさんがそのような事を……嬉しいですわね。けれど、大丈夫ですわ。あの両親には蹴りを入れて差し上げましたから暫くは私の言う事に文句は言わないと思いますわっ!むしろ文句なんて言わせませんわよっ」


 いなほが気遣ってくれていた事に少し照れながらも今までひた隠しにしていた両親に罵詈というよりも蹴りか。まったくもっていなほの妹っぽい。


「あ、あ……ち、違うのよあれは偽いなほなのよ。お姉ちゃん忘れてっていったじゃないっ」


「あぁ、そうだっけ?」


 お姉ちゃんの阿呆!と蹴りを入れられ、いつかのように先に走って行く。けれど今日は一人ではなくて、みずきちゃんがその後をとととと、とまるでペットのように追っていく。たゆんたゆん。可愛らしい。


 さて。というわけで、改めて行動原理というものを考えてみれば、そういえばブログで百合友達を見つけるのが第一ステージだった事を思い出す。なんかいきなり荒らしが現れてとん挫してしまったというかリアルで百合友は出来たが、こういうのはまだまだ先で良かったのだ。こういう無駄に濃い百合友は。


『はぁ、またギョーザなのよね……無理よ無理またお腹が大変な事になるに決まってるわ。でも、茅原さんがいるのなら、あのお二人の初々しいシーンを見逃すわけにはいかないわよね。えぇ、そうよ。あんな美少女達のキャッキャウフフを見逃したら後悔で憤死してしまうわ。がんばるのよ私』


 虚ろな目をしつつ首をがっくりと傾けて重力のなすがままにぐったりしながら小声でぶつぶつ言っている白い人がそこにいた。正直ホラーだった。今はまだ日が沈む前だから良いものを、これが夜中なら幽霊の類にしか見えないという話である。


 と、ぐったりしている百合友はさておき。


 そういえばブログはどうなっているかといえば、とスマホを取り出し中をブログを見れば……コメントが。


「おやおや月浦湖陽さん」


「あらなんでしょう鞍月蓮花さん?」


「何やら素敵なコメントが入っているのだけれども、これはどういう事でしょうね?」


「あら……それは、どういうことでしょう?」


 一瞬にして外向きの表情やら口調に代わる。いなほとみずきちゃんがいなくなったとはいえまだ校舎内だからだろうけれども、ほんと代わり身が早い事で。


「ん……あれ?」


 はてな?とお互いの顔を見つめる。嫌になるほど端正な顔立ちだよほんとに。その端正な顔に向けてスマホを向ける。「これあんたのハンドルネームでしょ?アンリちゃん」そこに書いてあるのは、『女子高生がえっちな妄想をするのはいけないと思います』だった。


「……このような書き込みをした記憶はございませんわ。とりあえず蓮花さん。校舎を出ましょう?」


「うい」


 校舎を出た所でいなほ達が待っていたら意味ないよね?というのは杞憂だった。


 そのままバス停まで向かっても二人の姿はなく、先に現地にまで向かっているようだった。薄情である。が、二人が結局喋る切っ掛けも見つからずに並んで座席に座っているシーンを想像すれば悶えられるので良し。


 そんな妄想をしていれば湖陽が周囲を見渡し誰もいない事……バスが行ったばかりだから誰もいなかった……を確認して口を開く。


「何なのよあれ。あんなレス私が書くわけないじゃない。私からえっちな妄想を取ったらただの厨二百合女じゃないの。私の百合の原点はふたなりなのだからえっちな妄想が入らないわけがないじゃない。それを否定する私なんて私でもなんでもないわよ」


 湖陽は激怒した。


「はいはい。落ち着いてくださいな湖陽さん。私は貴方が真性ふたなり厨だという事を知ってますから安心してくださいな」


「えぇ。そうね。そうよね蓮花は分かってくれるわよね。……というかコメントの時間ついさっきじゃないのよ。私貴方と一緒にいたわよ。書けるわけないじゃない。もう許さないわ。闇裏ちゃんになりすますなんて何て奴なの全く」


「トリップ機能とかないからねぇ。こんなブログへの書き込み何て無記名が普通だと思ったんだけどなぁ。そうでもないのかな」


「きっとネット初心者なのよ。名前思いつかなかったからコピペしたのよきっと。粘着してやるわ。ブログなら書き込みのIP見れるわよね?ほら蓮花。さっさと教えなさいっ!」


「おいこら待て。自重しろ。顔真っ赤にしてまで言う台詞じゃない。真っ赤にするのはIDだけで十分だ。というかIP見た所で何の意味があるっていう話だよ」


「そんなのあんたここから書きこんでるわよね!って脅してやるにきまってるじゃない。まぁいいわ。いいわよ。そんなに言うなら勝手にログインするわよっ!?」


「どうしてパスがばれているっ」


「蓮花。マナー違反だから今まで言わないでおいてあげたけど貴方のスマホ操作って稚拙なの。分かる?指使いが下手なの。これだから魔法使い見習いはダメよね。画面と指の動きが見えれば誰だってすぐに分かるわよ。意味は分からなかったけれど『epaiiplus1equal0』でしょう?」


 瞬間、脳の奥にあるスイッチがかちり、と入る。


 スマホをベンチに置きがしっと湖陽の肩を掴む。


「うん。その通り。まさにその通り。だけどさ。何なの意味分からないって。世界一有名でビューティフルな公式を知らないとかそれこそ意味が分からない。ファイマン博士も言ってるじゃないか。我々の至宝だと。ネピア数と円周率と虚数で作られた高校数学の集大成ともいうべき公式を知らないとか本気でありえない」


「な、何よいきなり。高校数学の集大成とか言われても分かるわけないじゃない。私達まだ一年生よってちょっ、蓮花!近い、近い」


「あははははははは。それはつまりあれですか湖陽さん。レオンハルト=オイラーも知らなければジョゼフ=ルイ・ラグランジュも知らないと?ローランもテーラーも知らないと。あはっ☆」


「あ、え、ちょっと蓮花。ごめん。落ち着いて。何言ってるか分からないけど、ねぇ。ちょっと私が悪かったから。もうIP見せなさいとか言わないからっ」


「正直、別に私にとってIPとかどうでも良いんだよ。一応個人情報って事で遠慮しておいたけどさ。私が見て湖陽に伝える分には問題ないだろうしね。でも、そんな事よりもだよ湖陽。君からエロスを取ったら厨二百合女になるように私から理系を取ったらやっぱり厨二百合女になるわけだよ?分かるよね?それの意味が」


 うんうんと頷く若干涙目になっている湖陽。正直、可愛い。その可愛さに熱くなった脳が急速に冷え込んでいく。


「だからね。二度と私の前でオイラーさんの公式を意味が分からないとかそんな事言っちゃ駄目だよ?……でも、うん。私も悪かった。一年生だったら知らなくても当たり前だよね。そうだよね。うん。ごめん」


 大人げないなぁと改めて脳内のスイッチを切り、ごめんねと湖陽の頭を撫でていれば、湖陽が小さな声でいつものように指先で髪を弄りながら「私もごめんなさい……」と。


 そんな時間が暫く続いた。


「はぁ……ほんと。大人げないなぁ私。いつになったら私は大人になれるんだろうね」


 呟いた言葉がつい口から音を紡ぎ出し、未だに撫でていた湖陽がそれに反応する。


「蓮花は……言うほど子供じゃないわ。少なくとも私よりはずっと大人よ」


「どうだかね。今みたいにまたいつ切れるか分からんゆとりっ子だって話ですよ」


「たった一度の失敗をいつまでも後生大事に持っている必要はないわよ。それにすぐ冷静になって謝ってくれたし……ん。頭を撫でるのは止めてくれるかしら……流石にそろそろ恥ずかしい」


 手を放し、湖陽の方を見つめる。涙目だったのも束の間、いつもの毅然とした表情だった。ただ、少しやはり白い肌だからだろうか、目の赤さが目立つ。もっとも、頬の紅色の方が遥かに目立っていたが……。


「蓮花。それにね。私達やっぱり高校一年生なのよ。大人になるにはまだ早いと、私は思うわ。大人になるまでに一杯失敗して、たくさん失敗して。そうやって失敗を乗り越えて進んで、進んだ先に大人という曖昧な何かがあって、私たちはそれになれるのよ」


 曖昧な何かなんて私は欲しくない。確固たる何かが欲しいんだ。この世界で、この泡沫のような世界で。一度死んだ人間は憶病なんだよ、湖陽。それをどう伝えれば良いかが今の私には分からなかった。


「ははっ。凄いよなぁ湖陽は」


 だから、そんな台詞しか紡げなかった。私が高校一年の時にはそんな考え方一切してなかった。やれ赤点がどうだとかゲームがどうのとかそんな程度だった。


「何が凄いっていうのよ……むしろ記憶を失ってるのにこんな風に会話ができる貴方の方が凄いと思うけれど」


「単なるチートプレイだよ」


「なにそれ。また茶化すつもりなの?」


「そういうわけじゃないよ。前の私が蓄積してきた記憶で今の私が成り立っている、という事は私は何もしていないのと同じだよ」


「少なくとも妄想はしているわね」


「はっは。確かに。それは重要なファクターだったよ。忘れてた。そういえば、そうか。IP。見てみるか……」


「別に良いのよ?私も落ちついてきたし……でもハンドルネームを騙られるのはやっぱり嫌な気分ね」


「自分のペルソナを誰かが被るというのは自分の服を勝手に着られるみたいなもんだろうしねぇ。それは分かるよ。……ん?」


 スマホでブログの管理画面に行き、件の書き込みを見れば……はてさて。どこかで見た事のあるIPが記載されていた。


「このブログこの学校の生徒に大人気なの?」


「どういう事?」


「なんかねー。偽闇裏ちゃんはこの学校の生徒さんだってことー。大人気だぜマイブログ」


 湖陽に向けた画面には確かにこの学校の図書館のIPが記されていた。




「れんちゃんれんちゃん。大事件!大事件!」


 翌朝だった。


 暁湊嬢が忠犬のように私に近づいてきて尻尾をぱたぱたさせながらそう言った。


「大事件てなんぞ?」


「なんかねー。っていうか見た方が早いかなー!」


 そう言って見せてくれたのは学内裏サイトのログインページだった。あまりに唐突に見せられたおかげで一瞬呆然とする。いなほの件で裏サイトがどのような所かを確認したかったのだが結局それは今の所出来ていなかった。誰も彼もが知っているわけではないので誰が知っているかを把握するのが難しいので諦めたと言っても過言ではない。それがこんな灯台下暗しを地で行くような形で合いまみえるとは思ってもいなかった。クラスメイトにでも教えてもらったのだろうか。


 そんな風に呆としている私を見てはて?と首を傾げ、はたと気付き、間違えた!とすぐさまIDとパスを入力し、再度液晶画面を私に向ける。


 ぱっと目に入るのは某巨大掲示板と似た形のスレッド型掲示板だった。相当数のスレッドが作成されており、雑多な例えば『何々を貸して』なども一つのスレッドになっている事を思えば何百何千という記事数があった。なるほど、これじゃあこそこそ怪しげな会話がされていても把握しきれない。いなほ虐めなどの情報も、もしかしたら書いてあるのかもしれない。今現在どうなっているか把握しておきたいが……今は湊ちゃんが見せてくれたのはそういった類のものではなかった。


 スレッドタイトルを私が確認したのをにひひと笑みを浮かべながら確認した後に、私に画面を向けたまま操作し、ひとつの画像を私に見せる。


「……何この盗撮写真」


 昨日、バス停で湖陽の頭を撫でていた瞬間の写真だった。確かに、いやまぁ確かにバス亭だし結構な時間二人で話をしていたけど、次のバスが来るまであまり近くに人が見えたような気はしないのだけれども……


「スキャンダル写真!昼下がりの情事!一年の成績トップ月浦湖陽ちゃんと同じく二位の鞍月のペンギン担当が密会!仲よさそうにしているねっ!二人は恋仲なのかしら!みたいな!」


 テンションが高かった。いつもより二割増しで元気だった。今にも両手を挙げて飛び跳ねてお祝いしたいとばかりに本当に楽しそうで、それはまるで友人が有名人になった時に見せる周囲の人の反応のようでもあった。


「二つ程確認。裏サイトって簡単に入れるものなの?IDとか教えてもらっても良いのかな?あぁ、いや、紹介型だったっけ?」


 確か、ID管理とかが個別だったとかなんとかいなほが言ってたような記憶もあるけれども、いなほ自身登録しているわけではなく詳しい事は把握していない。


「あっ!れんちゃんまだ登録してないんだねっ!すぐに紹介するよっ!それでもう一つはっ?」


「鞍月のペンギン担当って文章が書いてあるの?」


「うん!」


「そうか。犯人はお前だっ!」


「違うよ!お姉ちゃんだよ!」


 ニアピンだった。きっと湊ちゃんが裏サイトにアクセスできるのは南ちゃんの紹介だろう。というか何をしてくれているのだあのお姉さんは、と考えていれば妹である所の湊ちゃんがこそこそと携帯を操作していた。


「あ。アドレス教えてね!そしたらすぐ送るよー!メールも送るよ!いっぱい送ったら迷惑だと思うから長文にしておくねっ!」


 そういえば、病院でメモリリセット……そもそも大して入ってなかった……して以来、家族以外登録していなかったなぁと思いつつポケットからスマホを取り出し、QRコードを表示する。それでデータが送信できるのだから便利な世の中になったものだ。昔は手帳に電話番号などを書いて記録して、覚えていたりしたが、今となってはさっぱり覚えなくなってしまった。これも情報化社会の成果なのだろう。覚えるのはデータがどこにあるかだけで十分。


「ん。あぁ、ありがと。招待メール来たよ。IDとパスだけ登録しておけば良いのか。ふーん。サーバー側にも大したアクセスログは残らないのかな……というのは良いとして、南さんに言っといて。盗撮は犯罪だって」


「うん!知ってる!でも、文章はお姉ちゃんだけど、写真撮ったのはお姉ちゃんじゃないと思う!お姉ちゃんの友達の人かな!……あれ?あれれ?れんちゃん、お姉ちゃんの事知ってるの!?」


 わお、びっくりー。と両手を広げる仕草はまるでテレビで夜中にやっている海外通販の驚き役みたいだった。その仕草がおかしくてつい頬が緩む。


「ん。まぁ、そのお友達さんには無許可の撮影ならびに掲載はやめておくれと伝えてほしい所だ。んで。南さんはこの間生徒会室に用があったんで行ったらいたよ。ヘッドフォン付けて華麗にスルーされたけど」


「あ!お姉ちゃんだね!間違いないね!」


 その後、南さんのお友達はじゃーなりずむがどうのこうのという理由でそこら中で写真を撮りまくっているそうなので止めるのは難しいかもね!という話をしていれば教師が訪れ授業が始まる。


 互いに席に付き、ジャーナリズムなら仕方ないなと納得する。私もジャーナリズムとか言っていなほの生態をネットにアップしているのだから、仕方ない。うん。自分がやられるとこういう気分になるんだね、いなほごめんよ!でも辞めないけどねっ。


 などと戯れた思考をしながら、先ほど紹介してもらった裏サイトに意識を向け、向ければスレッドの多さとタイトルのいかがわしさと何だか怪しげな単語などなど膨大な情報量にさながら眩暈に襲われたかのようになる。これは……授業中に見るものではない。


 昼休みにでも食事をしながら見るとしよう。




「言い残す事はある?」


 食事をしながら裏サイトを拝見しようかなと思っていれば、当然の如く噂を聞きつけたいなほに諸々質疑応答された結果がその返答だった。おかしい、意味が分からない。加えて、いなほの台詞が日に日にきつくなっていくのは何故だろう。


「このツンデレサドめ」


「誰がツンデレで誰がサドよ。……でも、まぁ、確かにサドよね。お姉ちゃんが虐められているのを見て、胸のこの辺りがきゅんってするわ。だから、虐めていいわよね?」


 比較的と言っておこう。小さい胸をこれまた小さい手で抑えて目を伏せる姿は大変可愛い。が、台詞は大変怖かった。その小さい胸の痛みは良心の呵責であって欲しいと思う。


「なにその残念なものを見る目」


「いや、別に……ねぇ」


「お姉さん、視線が厭らしいですわよ。わたくしをそんな目で見て良いのはいなほさんだけですわ」


 言いながらいなほの方に視線を向けるみずきちゃん。が、その視線にふんっと視線を逸らすいなほ。でもってその反応にがーんっとしょんぼりしつつも、なんてことありませんわっと毅然な態度をとるみずきちゃん。こちらはこちらで称するなら、ツンデレマゾだろうか。


 そして、そんな二人を他人事のようにニヤニヤ見ているのが月浦湖陽である。頬に多少紅が刺しているのは気のせいなわけがない。二次元は二次元、三次元は三次元で楽しめるこの子は両得というか。羨ましい性格である。


「というか何でお食事タイムがこんな魔女裁判みたいになってるの?しかも湖陽まで原告側にいるし」


「私、被害者ですもの」


「どの面下げて言ってるのかね、このお嬢様は」


「産まれてこの方この面以外は下げた事はありませんわ。残念ながら」


「残念なの?」


「いえ、別に」


「はいはい。お二人とも仲が良いのは分かったから黙りなさい。特にペンギン面を下げている人が偉そうに言わないの」


「いなほ酷い」


「誰かさん曰くツンデレサドらしいからね。まぁ、お二人の仲が良い事はこの際どうでも良いわ。特に害があるわけでもなんでもないのだから。だから、ね。何で湖陽さんとお姉ちゃんの写真流出事件の話がみずきと星を見に行くって話になるのよ!!なんでそんな事になるのよ。行かないわよっ!」


 そのいなほの台詞にみずきちゃんが再びがーんっとなっているが、名前で呼ばれてホクホクしているのもまた事実だった。マゾい。


 さておき。


「盗撮写真にどうのこうの言う気力がないのも事実だけれど、別に恥ずかしい写真というわけでもないし。過剰に反応するのもどうかと思うわけで。だったら寧ろそういうのが当たり前になれば誰も気にしなくなるよと言う事で星を見に行こう」


 実際問題、湖陽との写真が撮られてどうのこうのというのは私としては別にどうでも良い話だ。もっとも、湖陽と恋仲云々とか表現されるのは百合原理主義者としては大変認められない事なのでどうにかしたいのだが、この時代一度流出した画像を回収しきることは不可能である。だから、噂が消滅し皆が興味を失い画像を捨てるのを待つしかない。まったく、どうしてこう行動が裏目裏目になるのだろう。やはり私の抱えている矛盾が大きすぎるのだろうか……。


 もっともそれと星を見に行こう!というのは全く別の理由であり、単にとって付けただけである。


「だからって何で私まで行く必要があるってのよ」


「会って話して、それを繰り返す事で狐はただの狐じゃなくなったんだよ。でも正直狐は危ないから、それと仲良くなった人がいるであろう星を見に行こうという話だ」


「リアリストなのかロマンチストなのかどちらか分からなくなりますわね、時折」


「夢見がち、なのさ」


「何格好良い事言っている振りして誤魔化してるのよ。全然格好良くないわよ」


 などというような会話をしていたのが今日の昼である。


 最近、この四人でいる事が多くなってきた。別段いなほを心ない虐めから守るためでもなく自然とである。友人グループというのはこういう風に産まれて行くのだろうな、と思った。


 男時代、この手のグループというのが大層嫌いでグループ間をあっちへいったりこっちへいったりしていた。価値観を狭めるための輪など不要だ。だけれども、輪の中にいるのは心地良いのは確かだ。ぬるま湯に浸かっているかのようなそんな感じである。しかし、毎度の事ながら、こういう場に私がいなければ私はにやにやしていられるのだけれども、この輪は私がいないと成立しない。


 いやほんと、どうしてこうなった。


 ともあれ、そんなこんなで今日は一日中天気が良い事も相まって思い立ったが吉日。四人で夕食を取った後、ギョーザにぐったりしている湖陽を慰めながら目的の場所へと。


 そこは江戸時代にこの町の藩主が長い歳月を掛けて作り上げた園。日本三名園の一つと言われており、四季の美しさを堪能できるよう配慮されている。だからといって、この時期に何が咲いているかなどは私は全く把握していない。男時代には桜を見に一人で良く来たものだ。とつとつと一人で園内を一周して帰る。ちょっとした展望場所もあり町を一望……はできないのだけれどもそこそこに景色が良い。


 特別急な坂もないが、ぎくしゃくしながらも手を繋いで互いに支え合い、おっかなびっくり一歩づつ前に進む二人の後ろで私は笑みを浮かべる。


 初々しいにも程がある。加えて云うなら百合好きとしてもまた大変よろしい。腹違いの近親百合というのは禁忌も禁忌。触れてはならない禁断の果実よりもなお恐ろしくけれど甘美な響きを私に齎すのだ。あぁ、企画した甲斐がありました。


「星を見に行こうと言いだしたのは貴方だと思うのだけれど、さっきから一つも上は見てませんわね。蛇でも探してるの?」


「まさか。私は星に帰るつもりはないよ。星よりも輝かしいものがあるならそっちに目が行くのが人情ってものでしょう」


「否定はしないわ。別に空を見上げなくても星より輝かしい何かはそこにあるってね。あぁ、いなほちゃんもみずきちゃんもなんでふたなりじゃないのかしら」


 酷い台詞だった。


「人の妹達に男性器を求めるんじゃない。つか、二次元と三次元を混同するのはやめましょう」


「あら何?嫉妬?大丈夫よ。私は貴方にも男性器を求めているわ。私が貴方を魔法使いにはさせないから安心なさい」


「…………」


「なんで黙るのよ」


「いや、良くそんな恥ずかしい事をいえるなと感心しただけ」


「何よ。真面目に返さないでよ、それこそ恥ずかしいじゃないのよ」


 指先で髪をいじりながら照れる湖陽は思いの外可愛らしい。発言は下品なことが多いが、この子、思いの外純情少女である。耳年増な女の子が必死に私は実は凄いんだぞ!と自慢げに言っているようなそんな感じである。


「というか、だから魔法使いはやめてって言ってるじゃないか」


「なんでそんなに嫌がるのよ。魔法使いの女の子って可愛いじゃないの」


「いやね。確かに緑髪の魔法使いとか萌えですよ。大好きですよ私。けれどね、月浦湖陽君、君の言う魔法使いはどー聞いても別の意味に聞こえるんだよ」


「何いってるのよ。フタナリの魔法使いなんて二次元にも三次元にもいるわけないじゃない。フタナリで魔法使いとか何て無用の長物なのよ。フタナリだけに」


 巧い事を言ったつもりらしい。ふふんと若干見下しポーズをしつつ、どう、私凄いでしょうみたいな表情が最高に可愛くて最高にキモイ。


「確かに聞いた事ないけどさ。使わなかったら話として成り立たないと思うし。いやというか、させないから安心しなさいって言ってる時点で理解して使ってるだろ」


「はっ。ばれてしまったわ。そうね。じゃあ、妖精さんと呼ぶ事にするわ。それなら良いでしょう?カマをかけるまでもなく見習い妖精なのは知ってるから安心して頂戴」


「いや確かにそうだけどさ。なんでそんな事知ってるのよ」


「あら、そんなの今知ったに決まってるじゃない」


 どこかで聞いた台詞だった。


 まったく、と頭をかりかりしていれば、くすくすと笑みを零す白い少女。とてもとても楽しそうだった。


「ふたなり見習い妖精……そこはかとなく厭らしさがあるわね。まったくもって瓶に詰めて飼いたくなるわ」


「変態がいるっ」


「何をいうのよ。貴方の方がよほど変態じゃないの。同級生や妹の百合プレイを毎日妄想してるのだもの。あぁでも良いのよ。私はむしろそれを読むのが楽しみなのだからね。どんどん変態になっていいのよ。私は貴方の事を貶めたりしないわよ。絶対に。だから、もっと貴方をさらけ出して頂戴。私に貴方を知らせなさい。前にブログのコメにも書いたけど、貴方は私のために生きるべきよ」


「なんというサディスティック女王様発言」


とりあえず、名園で話す内容でない事だけは間違いない。


「あらやだ.私はどう見てもマゾじゃない。貴方の妄想で私が昂るって事はそれはすなわち、貴方の命令に従って行動しているようなものよ。それを私は楽しいと感じているのだから、もはや私は貴方のM奴隷よ……あら?照れているの?可愛らしい一面もあるのね」


「同級生の口からM奴隷なんて単語を聞きたくはなかったよ……だから、とりあえず、そろそろ黙っとけ。男根主義者ファロクラシー


「あら、きつい言葉。まぁ良いわ。黙ります。黙らせて頂きますわご主人様。それにそろそろお二人に集中しないといけないものね」


「一応星に注目しような。私のいう台詞じゃないとも思うけどさ」


 展望台というと語弊があるが、展望用の柵のある所から少し離れた所。江戸の時代には監視用の高台だったのだろう。土くれで出来た階段をとつとつの昇る二人を追って私も、そして湖陽も階段を上る。


 所々目に入るスポットライトが情緒を壊している感が酷い。やっぱり事故があったときに裁判の突っ込み所になるからなのだろうなとは思うが、何とも風情がない。風情がないといえば城跡公園が近くにあるのだが、昔あった建物を再現しようと建物が立っているのだけれども、そこにコンセントが付いている事。致し方ないとはいえ情緒と風情がないにも程がある。昔が全てだとはいわないけれども、変わらずにはいられない何かのように思えて、僅か寂しいものだ。


 たとえこの先私が何かを残したとしてもいつの日かそれが形を変え違う物になってしまう事を思うと、切ない。


「そうそう蓮花」


「何?」


「貴方はどうして百合厨なの?」


「お前はジュリエットか」


「なら貴方はロミオだというの?別にいいわよ。ふたなりっぽくて溜まらないわ。そういえばロミオとジュリエットって全部読んだ事ないのよ私。中学生の時文化祭の劇でジュリエットをやらされた事はあるのだけれど、その御蔭というかね。それが終わった後に折角だからと思って読んでみて、読み始めてしばらくしたら逸物とか表現されていて萎えたわ。男はいらないのよ全く」


「湖陽のジュリエット……見てみたい気もするけれども。どちらかというとかぐや姫とかの方が似合いそうね」


「かぐや姫が偉様の求愛を受けなかった本当の理由は同性愛者だからだと思うのだけれど。蓮花はどう思う?きっと美女が求愛に来ていたら受けたと思うのよ」


「古典名作に喧嘩を売るつもりがない」


「あら意気地無しね。ペンギンだけに。まぁ、今はそんな事は良いわ。折角の機会だから聞いておこうと思ってね。貴方は何で百合が好きなの?あぁ、好きな事に理由なんて必要ないなんてつまらない返答は期待してないからね」


「理由……かぁ。なんで私がそれを好きになったのかというのならば、簡単な話だけれどもまぁ……遺伝子を残したくないからだろうねぇ」


 こんな遺伝子なんて残したいわけがない。残すなら別の形で。残すのならば研究で。


「あらあら」


「何よ」


「いえ。なんといえばいいのかしら。こういう時は。そうね。そうだわね。笑って軽く言ってしまえば良いのよね。私が百合というかふたなりが好きなのは遺伝子を残したいからなのよ」


「なんでふたなりが遺伝子を残す事と繋がるのよ。というかそれなら普通に男女で良くない?」


「ふふふ。ここが面白い所よ。あのね、蓮花」


「勿体ぶりますね」


「それはもちろんよ。私の大事な大事な秘密だもの。ま、隠しても仕方ないのだけれどもね。私の肌白いわよね?病的よね。肌の上から血管が見えて気持ち悪いくらいよね。えぇいえ。別にいいのよ分かっているから。そういう風に見られるのも慣れているから」


「そう?別に気にならないというか気にした事がないというか。正直に言えば、私が出会った人の中で一番美人さんだよお前は。残念さも一番だけど」


「あら、それは……素直に嬉しいわね。ふふ……もう、何を言おうとしたか忘れてしまったじゃないのよ」


「それは私の責任ではないと思うのだけれど」


「いいえ、貴方の責任よ。貴方以外に責任をとれる人がいるわけがないわ。あぁ、思い出したわ。そうね。この肌。アルビノというわけではないのだけれども、私遺伝子に欠陥があるのよ。血管が見えるだけに」


「遺伝子に……ねぇ」


 遺伝子に欠陥と言われてもぱっと思いつかないのはきっと私が無知だから。


「名称月浦湖陽、身長百五十五センチ、体重四十前半、髪型は黒髪ロング、性格は普段の生活では極めて良好、ただし精神不安定、情緒不安定、多重人格気質。通院歴十とそろそろ六年。原因は遺伝子異常。異常による弊害、肌が病的なまでに白い、瞳の色が薄い、体毛が殆どない、加えて。子を成す事ができない」


 笑みを浮かべながら、何でもないとそう笑いながら彼女は告げた。


「故に私は男に魅力を感じられない。男女愛を理解できない。理解する気も湧かない。遺伝子を紡ぐ事のできない私の遺伝子は溺れ行く船。けれど、生命を育む行為への興味は尽きない。せめて空想の中だけでも。ファンタジーの中だけでも。その先がふたなり少女だったのは何故なのかしらね。可愛い女の子を見るのが好き。可愛らしい女の子達がふたなりというファンタジーで孕まされるのが好き」


「同意はせんけれども……女性として子を成す事ができない故に、それの代替として男性的な嗜好になっているのかもしれんね。自分自身が女だからそれに男性的な要素を加えればふたなりというのが無意識の判断だったのかもね。まぁ、想像だけど」


「なるほどね。納得できなくもないけれど、性同一性障害みたいな感じよねそれになると。ありがとね。真面目に聞いてくれて」


「聞いているだけだけどね。私にはそれくらいしかできないんだよ」


「それがありがたいのよ。だから、聞いてくれてありがとう。誰かに知っておいて欲しかったのよ。私はここにいたのよって、そんな事言うと物語のお姫様のようで気持ち悪い発言だけれど、遺伝子を残せない私の未来なんてないのよ」


「そんな子相手に遺伝子を残したくないといった私は酷い奴だね」


「いいえ。貴方にも理由があるのでしょう?だから気にしないわ。気にならないわけではないけれどね。貴方がそれに至った理由というのは。何度も言っているように私貴方の事を知りたいのよ。好奇心旺盛な私に見染められたのが運の尽きよ。諦めなさい」


「そりゃどうも。言える話ならいくらでもするんだけれどね。おもっくるしい話だから聞かない方が良いよ。あまり話したい話でもないしね」


 それは、その理由は男の時代から通じる話。魔法使い見習いであり続けた理由でもある。けれど、それは私の胸の内に仕舞い込んでいれば良いだけだ。


「そういう言い方をされると俄然気になるわよ。酷い人ね貴方は本当に……酷い人」


 くすり、と笑みを浮かべる少女は、月に照らされた彼女は酷く綺麗で、とてもとても綺麗で、 だからその日、結局星を見に行ったのに私はこの星のように綺麗な女の子しか見ていなった。


「そういえばタイムマシーンの答えなのだけれど、まだ考え中なわけだけど。ちなみに貴方はタイムマシーンがあったら何をしたいの?ハーレムを作るだとか、何もしたくないとかそういうのはなしね。だから……そうね。こう聞くわ。タイムマシーンで過去に遡って何か『一つだけ』やれるとしたら何をしたい?」


 だからだろう。


 だからだろう。


 だから、この私は。つい、口を滑らせてしまったのだろう。隠し事の出来ない性格をこれ程までに怨んだ事はない。いう必要などない、まったくもってない。下らない男の戯言を何故彼女のような綺麗な少女に言わなければならなかったのだ。


 過去に戻って行いたい事。その唯一。唯一だというのならば……


「産まれる前に戻って父を殺したい」


 その口を開いたこの私こそを、タイムマシーンを使って殺したいとそう思った。


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