香誘夢
【外章―香誘夢―】は、『春来夢』と『恋蜜夢』の間の番外編で、彼女が彼の友人に相談する場面となっております。
望んで、願って
『外章―香誘夢―』
落ち着いたカフェ。ひとり熱いコーヒーを飲む。砂糖二つにミルクたっぷり。なかなか丁度いい甘さだ。コーヒーといえば、彼はいつもブラックを飲んでいた。紅茶もストレートだし、甘いのが苦手らしい。
──カランカラン
入り口から来客の合図が聞こえる。チラリと視線を移すと、俺の待っていた人だった。
彼女は俺に気付くと、手を振りながら来た。
「ごめん。自分から呼んだのに、遅刻するなんて…。」
「いいよ、そんな待ってないから。」
本当はけっこう前から待っていたが、汗をかいて息切れしてる彼女を見ると、嘘が自然にでてくる。
ありがとう、そう言って彼女は椅子に腰かけた。
「…で、話って?」
今日俺は話があると言われ、彼女に呼ばれた。なんの話かなんて、簡単に想像つくものだけど。
「じ、実は彼の事で相談なんだけど……。」
ほらやっぱり。
「何かあったか?」
「何もないから、困るの。」
「はは、成るほどね。相変わらずって事か。」
「相変わらずとか言うなよ…」
キッ、と軽く睨む彼女。口を尖らせる表情は可愛いと思った。
――そんな事アイツに言ったら、俺嫌われるかな?
「悪い悪い。…じゃあ、お前はアイツの事好きなのか?」
そう聞くと、彼女は顔をしかめた。少し核心をつき過ぎたかもしれない。 彼女はひとつため息をはき、眉間に皺をよせながら言った。
「付き合い始めなんか曖昧で、今だって彼の事どう思ってるか分からない。でも、なぜか離れたくないの。」
そんなの、告白みたいなものじゃないか。どうして自分で言ってて、気付かないんだ。
「…別れたほうが、いいのかな。」
それは小さな声で独り言の様に思えたけど、俺を見てるって事は、きっと質問なんだろう。
「お互い両想いなんだろ?自分の気持ち隠してまで、別れる必要はないと思う。もう少し素直になってみたら、結構変わると思うし。」
「素直に……ねぇ。なんか負けたみたいで悔しいじゃない。」
ななめ下に視線を落とす彼女。悔しいなんて思ってたら、一生触れ合う事は無くなってしまうじゃないか。
「―俺は、お前が今辛いなら、別れたほうがいい。でもやっぱりそれは、悲しい事だろう?」
想いあってるのに、離れるなんて…
「アイツはただ、天邪鬼なんだよ。求められなきゃ何もしない。例えどんなに愛していても。」
――理性が感情を、制御するから
うつ向く彼女の表情は、髪が邪魔で見えない。
「優しさだけが愛じゃない。冷たくされても、アイツの側にいたいんだろ?だったらそれで充分じゃないか。いつか、立場逆転してやれ。」
強く言いきる。彼女は顔を上げ、俺を見つめる。面食らった、って感じだ。
「俺はお前が幸せなら、それでいいんだよ。」
まるで、ドラマみたいな台詞。自分で言ってなんだけど、すごくくさい。
「あ、ありがとう…。えっと、じゃあ私用事あるから……。」
自分で呼び出して、もう帰ってしまうのか。それに言ってる事がまるで口実のよう。言葉には、しないけど。
「ああ、じゃあな。」
別れを告げると、彼女はそそくさと帰っていった。何をあんなに慌てているのか。
不意に窓の外を見る。
――成るほど。だから慌てたのか。
外にいる男と目が合う。彼は笑みをこぼしたけれど、目が笑ってなかった。それを俺は、苦笑いで返した。
――まったく、面倒くさい事になってしまった。
「誤解されたかな……。まぁこれで嫉妬でもしたなら、変化あっていいけど。」
コーヒーの最後の一口を飲みほす。ぬるくて、おいしいとは感じなかった。
お互いで意地の張り合い。本当は深く愛しあってるというのに、遊戯に夢中になって。ひどくもどかしい。一度触れ合えば、今までが嘘の様に恋人らしくなるだろうに。
彼女が自分の気持ちに気付くのが先か、彼が我慢できなくなるのが先か。
「あんまり余裕抜かしてると、奪われるよ……?」
糸は意外と脆いから────
甘い蜜の香りを漂わせ、美しい花びらを風に揺らす。フラフラと羽ばたく蝶。蜘蛛はそれをひたすら見つめる。行っては返って、蝶はさまよう。蜘蛛の巣を回り、花に誘われる。
魅惑の愛、甘美な愛。蝶が選ぶは、無償の愛………。
読んで頂き、ありがとうございます。相談する場面書いてみたかったんです。本編では書く機会がありませんでしたから…。
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