恋蜜夢
拒まない、求めない
『恋蜜夢』
「昨日、見てたでしょう?」
冷めた口調で、淡々と言う彼女。言い方からして、弁解するつもりはないらしい。
「へぇ、僕がいたの気付いてたんだ。」
試す様な答え。いぶかしげに睨まれた。
「……何も言わないのね。」
「何か言って欲しいかい?」
「嫌な人。」
「それ程でも。」
皮肉を言いあう事は、日常茶飯事。いちいち傷付くなんて有り得ないだろう。
彼女は昨日、男といた。しかも、僕の友人。不思議と、いや、不思議でもないが嫉妬心なんて沸かなかった。我ながら、冷たい人間だと思う。
その場面を見つけたのは偶然。偶然とは怖いもので、どうして同じ時間、同じ場所にいるのだろう。ほとんど奇跡に近い。
「相談……、してたの。」
不意に、彼女が呟いた。
「どんな?」
「別に、たいした事じゃない」
「ふーん」
それ以上は、追求しない。話してくれるなら、聞くけど、話すつもりがないなら、無理に求めようとしない。僕はわりと、不干渉主義者だから。
「彼、優しく聞いてくれたわ。」
「それは良かったね。」
「……ええ。本当に嬉しかった。」
「彼のほうが良くなった?」
そう言った瞬間、彼女は目を見開いて此方に振り向いた。
「冗談でしょう?」
「さぁ? どうかな。」
すました顔で言えば、ますます彼女の表情が曇ってく。
「別れたいの?」
「君が別れたいなら。」
「貴方自身は?」
「別に。」
微笑みながらも、突き放すように答えると、彼女はそれきり何も言わなくなった。
前に、彼女を本気で愛してるかと聞かれた。僕は、間も空けず『当然』と答えた。だって、好きでもない奴と付き合うわけないだろう?
他にも優しくしろとか、冷たすぎるとか、色々言われたけど、こうみえて僕は、彼女の事をかなり愛してる。冷たくするのも、求めさせようとするのも、僕にとっては立派な愛情表現。少し歪んだ、愛情表現。
だから昨日、嫉妬心は沸かなかったけど、独占欲は渦巻いた。
「……本当に、優しかった。」
独り言の様に、彼女は呟く。
蝶は蜘蛛を離れ、花へと向かう。蜜の甘さを知ってしまったから。優しい花びらに包まれる、なんて幸せな事でしょう。甘い蜜を吸うこと、甘美な罪。きっと罰なんてない。フワリ、花が揺れて、蝶は蜘蛛の巣を離れる。
置き去りの蜘蛛。逃げた蝶。それでも蜘蛛は、見つめるだけ。呼び止める事さえ、できないんだ。
読者様、ここまで読んで頂き、ありがとうございます。次回は少し展開が変わります。お楽しみにして下さい。