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さくらとクレパス

作者: 風池陽一

 十二月になって最初の日曜日だった。

 その日は、薄日もささない今にも雨が降りそうな天気だった。

 昼すぎ、たまたま僕は、小学校の近くにある川沿いの土手道を歩いていた。

 人通りが少ない日だった。

 

 川は土手から三メートルほど低いところを流れていて、川底の石ころがところどころのぞけるぐらい浅かった。

 その土手の斜面は、川面があらかた見える傾きと幅があり、そこでは細長い弓なりの野草が枯れていた。

 土手道は、桜並木が三百メートルほど続き、春の満開の頃になると見物の人たちでにぎわった。

 毎年、その頃になると僕は必ず一人で花見にいった。


 僕は桜並木の中ほどをゆっくり歩いて行った。

 雪がぱらつきはじめた。

 (十二月になったばかりなのに、大阪で雪が降るのは珍しいな。)

 だんだんと、ちらつく雪の粒が増えてきて、遠くに降っていた雪がまるで近づいてきたかのように見えた。

 そしてゆっくりと舞うやわらかな雪が、僕のまわりをさまよいだした。

 (あれっ)、僕は川をへだてた向こう岸のいちばん大きな桜の木が目について立ち止まった。

 よく見ると、その木のまわりにだけ桜色に染まった雪が降っていた。

 まるでぽっと春の息吹が灯っているようだった。

 

 その時、僕の脳裏にきらきら輝く正八角形の雪の結晶と、ひらひらひらめく五枚の花びらが、小学校の時の教科書からでてきて飛び交う光景が映った。

 桜の木をクラスの皆で囲んで、ピンクのクレパスで写生したっけ。

 「さくらさくら、さくらが咲いた。」と、女の子みたいにはしゃいだなあと思い出にふけっていたのはつかの間、たちまち脳裏からその光景が立ち消えした。

 気がつくと、桜色の雪がまっ白に戻っていた。

 僕は雪が降りつづくなか、また歩きはじめた。

 小学校を卒業して二十九年になるけど、僕はこの日見た桜の木が一番いとおしいと思った。

 

 僕が一人で暮らしている部屋の机には、あの桜の木の枝がある。

 春になっても、あの桜の木には花が咲かなかった。

 枯れ死していたのだ。


 僕は生きていれば数十と花をつけただろう枝を見る度に、クレパスを買ってみようと思った。

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