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異世界の生活は原付と共に  作者: 夢見月
第二章(後半)原付「続・俺様の退屈で暇な一日」
29/32

原付「さーて今日の掃除係は?・・・チッおっさんかよ」

 ギルド本部前は以前と違って少し人が少ないような気がした。

 活気が無いワケじゃないが、ピリピリとしているというか・・・。

 

 「なんだか緊張感があるな・・・冒険者もかなり出払ってるみたいだし、なぁ?」


 ・・・・


 「なんだか緊張感があるな・・・冒険者もかなり出払ってるみたいだし、なぁ?」


 ・・・・

 

 「なぁ、黒猫?」

 「は、はい!そうですね!!」


 俺の三度目の声にやっと反応する黒猫。

 黒猫はかなり不安な様子でキョロキョロとあたりを見回しながら道を歩く。

 誰かとぶつからないように見ておかないとこれはかなり不安だ・・・。

 俺も黒猫ほど露骨にではなけど、辺りを観察しながら歩く。

 おこぼれ話を出した俺のせいもあるんだろうけど、この人の少なさと緊張感は魔物の大量発生という話が結構出回っているということなのかもしれない。

 

 「中に入るぞ」

 「は、はい」


 相変らず豪華なホールへと足を踏み入れる。

 中は外よりも人が少なく、若干閑散としていた。

 ほとんどは立ち話をしている野郎ばかりだか、目聡くこの作業着に気が付いた野郎は値踏みの視線を送ってくる。

 野郎の視線なんか気持ち悪いです、こっちみんな!

 とさすがに口には出さないが無視無視と念じながら立ち止まる。


 「えっと依頼の受付カウンターってどこだっけ?」

 

 前に説明されたけどすっかり忘れてしまった。

 またカウンターのギルド嬢にでも聞こうかな?

 

 「ご、ご主人様、あっちみたいですよ?」

 

 俺が口にした疑問は独り言に近かったが、今度はちゃんと反応した黒猫。

 俺がカウンターに向かおうとする前に申し訳程度に表示されている案内標識を指差した。

 ・・・気が付けよ俺。

 っても字が読めないから目に入ったところで無駄だろうけど。

 それに室内の装飾が凝っているせいで風景に溶け込みすぎだ。

 それも配慮なのかな?

 景観を壊さないようにとかの。

 うーん・・・。

 

 「ご主人様、い、行かないのですか?」


 俺が立ち止まって無駄思考にふけっていると、とても遠慮がち黒猫が声をかけてきた。

 

 「うん?」


 身長差もあってかちょっと上目使いに小首をかしげながら尻尾を揺らす黒猫・・・。


 



 あああああああああああもう可愛いな畜生!!

 なんで普通のワンピースなんだよ!!

 メイド服!これにメイド服さえあれば!!

 でも、可愛いけどね!! 






 とか内面を一切見せずに澄まし顔で答える。

 

 「んんっ、ああ、ちょっと気になって。そういえば黒猫は字は読めるんだな」

 「はい、子供の頃からあまり外に出してもらえなくて勉強していましたから」

 「なるほどね、それじゃあ他も一通り?」

 「えっと、文学に算学、一般神学に教養、各国の礼儀作法関係・・・他にも幾つかは。お父様が沢山本を買ってきてくれたので・・・」


 お父様の辺りですこし暗くなってしまった黒猫だけど俺には関係ないから無視。

 しかし、さすがはお嬢様・・・ちゃらちゃらとお茶会に出ては囀るばかりの悪いお嬢様じゃなく、真面目な方のお嬢様とな。

 これは思わぬ利点といいますか使いどころといいますか。

 愛玩動物としてじゃなく、俺の自動読み書き機&知恵袋としても使えそうじゃないか。

 いいこと聞いた。


 「そうか、それじゃ、とりあえず字の読み書きは任せた」

 「は、はい・・・?。あの、ご主人様は」

 「書けない読めない。だから任した」

 「で、でもご主人様は魔導師「魔術師」はい!すみません・・・魔術師なのにですか?」

 「特に知識が無くても使えるからそれでいいのさ。ただこういった手続き関係が出来ないのが困るからこれからは黒猫に任せた」

 「はい」


 小さく頷く黒猫。

 通路の真ん中でするには長い話になってしまったがほんの少し黒猫の緊張も解けたようだ。

 よかった。

 さすがにずっと緊張されっぱなしは俺が疲れる。

 うむ、俺も疲れるか、緊張してたのは彼女だけじゃなかったみたいだ。

 そんなことを考えながら依頼カウンターへと向かう。


 そう、今現在黒猫と二人だけで行動中。

 目的としては二つ。

 一つ目が、ディスさんの話が本当なら、今は俺にケンカを売ってくる奴はかなり少なくなっているとのこと、それを試そうと思って実験中というわけ。

 信じて用いてはいいが、よほどの相手で無ければ信じて頼っては駄目だってのは誰の言葉だっけ?まぁ誰でもいいけど。

 ふとそんな言葉を思い出したので、実験を行っているわけだけど・・・人が少なくて意味がない!

 ケンカ売られたいわけじゃないし人込は苦手だからこれはこれで楽なんだが・・・。

 それにもとからギルド本部内では揉め事は無いだろうと思って白猫じゃなくて黒猫を連れてきたんだど・・・もしかして最初から実験の前提条件が間違ってる? 

 ええと、そんなことは些細なことで。

 二つ目が時間の節約もかねての別行動。

 俺と黒猫は適当な依頼を受けに。

 白猫とトカゲには金を渡して白猫用の武器防具と食料品一週間分程度の買出し、それと馬車をレンタルしに行ってもらってる。

 あとで宿屋にて合流予定。

 白猫なんかは分かれて行動することにかなりごねたが、ま、そこはご主人様らしく一喝してやりましたよ。


 「うだうだ言ってねぇでさっさと行きやがれ!」

 ってね。

 かっこいいぞ俺!

 がんばったよ俺!

 と自画自賛。


 そんなこんななやとりとを思い出しつつ依頼カウンターに到着。


 依頼カウンターがある部屋ははなんと言うか奥行きはあるが狭く感じる細長い部屋だった。

 長辺15m位の部屋で窓側の壁に巨大な掲示板四つ立てかけてあり、その反対側、部屋の中心には間仕切りされたカウンター。

 カウンターは銀行のATMみたいに一つ一つの受付で横が見えないように衝立がある。 

 そしてカウンターの向こうにはギルド嬢数名が忙しそうに大量の書類の片付けを行っていた。

 若干の騒がしさと嗅いだ事はないけどたぶんインクの匂いが立ち込めるそんな部屋だった。

 しかしここにも人が少ない。いや、訂正。冒険者が少ない。

 ここでは依頼の発注もやっているらしいからその為にきた街人とか護衛依頼の商人とかが十人ほどカウンターに向かっている。

 あとは冒険者は三名ほどが掲示板にいるだけだ。


 「ここも人が少ないですね・・・」


 何を見ても物珍しげな黒猫は俺と同じ感想を呟いた。


 「そうだな・・・さっきの話、今は引く手数多って奴なんだろ。とりあえず掲示板見ればいいのか?」

 「は、はい、たぶんそうみたいです。えっと、上に書いてあります。『ギルドからのお知らせ』『生活依頼』『採集依頼』『護衛依頼』『討伐依頼』これだけです。『ギルドからのお知らせ』『生活依頼』は同じ掲示板にあります」


 お知らせと後半三つはわかるけど、なんだよ生活依頼って。

 妙に気になるな。

 やっぱりこういったギルド伝統の依頼草むしりとかか?

 後でお知らせと一緒に見てみるか・・・。

 目をやった掲示板には大小様々な大きさの張り紙がされており、お知らせの場所に並んだ張り紙は色あせた古いものばかりだった。

 まぁ相変らず字は読めないので黒猫頼りだけど。

 

 「とりあえずお知らせから見てみるか」


 入り口で立ち止まっていた俺たちは並んで掲示板の前まで移動。

 やっぱり色あせた紙と・・・この古いのとかもしかして羊皮紙か?

 いつから張ってあったんだ?

 あと一枚だけ綺麗なのがあるし。


 「これ以外は古いのばかりだな・・・ひとまず全部なんて書いてあるか読んでいって」

 「はい、古いものから『冒険者のマナー』『冒険者の心得十ヶ条』『役立つ応急処置十選!』『とっさに見分ける食べられる野草と毒草の違い。これであなたも野宿マスター!』『魔物図鑑(売れる素材丸わかりの図解付き)販売中』・・・」


 まだまだ続くが・・・最初の以外微妙なタイトルばかりだな。

 なんか、本のタイトルっぽいのまであるし。

 確かに病院とか市役所の掲示板にも似たようなのあるけど・・・こういったタイトルってどの世界でも似たようなもんなんだろうか?

 でも気になったのは魔物図鑑。

 これは買っとくべきかもしれない。

 俺がつけた名前はゴブキン・・・正式名称はゴブリン・ロードだっけ?こんな風にいつまでも適当ってわけにもいかないし、

 翼竜みたいに、攻撃方法とか図鑑に載ってたらかなり戦いを有利に進められる。

 戦いは情報こそすべてだよ兄貴!敵を知り己をしれば百姓一揆!って偉い人もいってたしね。

 図鑑については後でギルド嬢に聞いてみよう。 

 そんな感じに脳内可決したところでさらに気になるタイトルが出てきた。


 「一番新しい張り紙は『ギルド長からの布告、冒険者同士の決闘について』です」

 「内容はなんて?」

 「えっと・・・『最近の決闘は周りへの配慮が見られず、結果、一般市民、ならびに王都警護団から苦情が多数よせられている。また両者の合意がなされずに行われる決闘とは呼べない一方的な戦闘行為も報告されている。冒険者としての誇りを持ち自らの名誉を貶めるような行為は慎み、伝統に則った節度ある決闘を行うように。ギルド長ビリド=ノート』これだけです」

 

 へー、なるほどね。

 この張り紙をどれだけの冒険者が見るかわからんけど、多少は考えてくれたわけだ。

 何も出来ないとか言ってたけど・・・


 「爺さんも少しは働いたんだな」

 「爺さんですか?」


 おっと、思わず声が出てた。

 まぁ爺さんのことはどうでもよくて。


 「なんでもないさ。それで、生活依頼ってのはなにがあるわけ」

 「ええっと、『手紙の配達依頼 推奨ランクF』『荷物の配達依頼 推奨ランクE』・・・大体上にあるのはランクの低いものばかりみたいです。下のほうは『急募 荷物の配達依頼 推奨ランクB』『遺跡の調査 推奨ランクA(パーティ推奨)』『洞窟の調査 推奨ランクB(パーティ推奨)』ですね。魔物の討伐ではなくこちらをお受けになるのですか?」 

 「いや、ただ気になっただけ・・・それにしても」

 

 庭の草むしりってないのか・・・なんかすごくがっかりだ。

 べ、別にやりたかったわけじゃないぞ、でもこういった場合現代のアルバイト的なものじゃないのか?

 他は部屋の掃除のためのタンス運び、つまりは力仕事とか手伝いとか。

 ああ、でもそもそも庭自体一般街に無かったな・・・でも上の街にはあったし、掃除くらいなら・・・・そうか、奴隷だ。

 この世界って奴隷がかなり主流な労働力なんだっけ。

 掃除とか奴隷がやってるんだなきっと。

 となれば街中の仕事ってほとんどないよな。

 だから、低ランクは配達なのか、ってことは街から街への配達とかなのかな?

 山賊とか、魔物とかから逃げて手紙やらを届ける仕事。

 ふむふむ、冒険者の仕事っぽいといえばそうかも。

 でも何故に生活依頼に遺跡調査とか入ってるんだろ?

 生活ってのと調査ってのは一致しない気がするけど・・・・。

 まぁなにやら官僚的な分類でここになってるんだろうな。たぶん。


 「遺跡調査とか面白そうだ、でも罠とか怖いな。解除スキルなんて持ってないし・・・」 


 実際はそれ以前に俺はこういうところに出てくる蟲関係が完璧に駄目。

 とっても有名、インディな映画でもトラップの先にはそんなのがワシャワシャカサカサいるんだよ?

 ああ、もう想像しただけで鳥肌が立つのに現実ならもう・・・・・・


 あのGとか、

 Mとか・・・


 滅べばいいのに。

 滅べばいいのに!


 大事なことなので二回思いました。

 そんなわけで、面白そうと思うだけにしとく。


 「遺跡調査ということは・・・ご主人様のランクはAなんですか!?」

 「いや、この前Bになったとこ」

 「それでもその年齢で凄いです!」 


 さっきまでと違う驚きの声の連続に俺は掲示板から視線を外して黒猫を見下ろす。


 そしてそこにあったのは満面の笑みで俺を見上げる黒猫・・・ピンとたった尻尾と三角猫耳、白い頬が薄らと赤く、綺麗な黒い瞳がまん丸にキラキラと・・・・。

 

 「ご主人様?」

 「・・・・・・えっと、いや、うん」


 真正面からの笑顔・・・初めてみたかも。

 まぁ当然だけどね、ご主人様と奴隷なんだから・・・でも、ちょっと、少しだけびっくりしてしまった。


 あーーー心臓に悪い。


 ごほん、気を取り直して。


 「そんなに嬉しい?」

 「え?」

 「俺がBランクだと」

 「えっと、その、よくわからないです・・・」

 

 黒猫は、少し頬を赤くしたまま言葉を捜して、視線を彷徨わせる・・・。


 ・・・・・・・えーーーっと。


 何この雰囲気・・・。

 

 しかも何故か心臓が痛いし・・・。


 落ち着け俺、落ち着く?

 何を?何に?

 何か喋るべき?そうすべき? 


 「うん、いや、そう、とりあえず、Bランクだから。えっと・・・。護衛依頼はどうでもいいから、討伐依頼を見てみるか」

 「は、はい」


 黒猫の顔を見ないように先に歩き出して一つ掲示板を素通りして一番奥の掲示板に到着。

 ここは新しい張り紙ばかりだが、残念ながら数が少ない。

 もうほとんど他の冒険者に取られたあとなのかな?


 「少ないな、いいのがあればいいんだけど・・・。なんて書いてある?」

 

 横に並んだ、黒猫に声だけで問いかける。

 

 「AかBランク相当の魔物討伐ですよね?・・・あれ?」

 

 黒猫が困惑した声をあげて首を傾げたのが伝わってきた。


 「どうした?」

 「その、おかしいです。魔物の討伐依頼が一つもありません。『盗賊団の討伐 推奨ランクB』『山賊の討伐 推奨ランクC』・・・他も山賊とか追いはぎとかの討伐ばかりです」

 「そういったのも『討伐』対象なのか・・・」


 俺の心の師匠、ドラゴンすら瞬く間に倒してしまうあの人が言いました。

 




 『悪人に人権無し』と・・・。


 


 至言だね。

 しかしまさか本当にこの言葉を実感する瞬間がこようとは思わなかったよ・・・。

 じゃなくて!!


 「魔物討伐が無しって、全部持ってかれた後ってことか?」

 「たぶんそうだと・・・」

 「・・・あのクソオヤジ!」

 「ヒッ!」


 漏れ出した怒りの声で黒猫を怯えさせてしまった。 

 でも、仕方ないよね・・・あのクソオヤジのガセネタのせいなんだし。

 何が、『かなりの数の討伐が出てる』だ!

 全然足りてないじゃないか!

 ・・・これは抗議もかねて返金を要求すべきか。

 もしくは人を騙すとどうなるか肉体言語ならぬ魔術言語によるハナシアイをすべきか・・・。


 「すいません!今張り替えてるところだからちょっと待ってください!」


 ハナシアイ方法の検討を開始してから約二秒、第六案『風が吹けば屋台が吹き飛ぶ』作戦が脳内可決される寸前で後ろから・・・

 具体的にはカウンターの向こうにいる一人のギルド嬢から声が掛かった。


 「ちょっと数が多すぎて張り紙の準備が終わってないんです。すみませんが依頼は直接カウンターでお願いします」


 なるほど、そういうことですか。

 チッ・・・命拾いしたなディスさん。


 そうことならと声を掛けて来たギルド嬢がいるカウンターに向かう。

 そこにいたのは笑顔だけど隠しきれない疲れが見えるお下げ髪のギルド嬢が・・・

 あれ?このお下げ髪って。 


 「えっと以前、魔石の清算をしてくれた方ですよね?」


 特徴的なお下げ髪で最初に会った人だから覚えてる。

 肉食系女子の話をしてくれた人だ。


 「え?ああ!貴方は紳士な魔導師様!覚えていて下さったんですね」


 さらに笑顔を深め軽く頭を下げたお下げ髪のギルド嬢、名前は確か・・・


 「お久しぶりです。ノルト=キイノです。さすがに名前はまでは覚えてらっしゃいませんよね」


 そうだ、そんな名前だ。似たような名前を後で聞いたからすっかり消えてたよ。

 そして紳士ハ嘘ツカナイ!


 「はい、すみません。あれから色々ありましたから」

 

 素直に頭を頭を下げる。

 それを見て可愛らしくクスクスと笑うノルト嬢。


 「そうみたいですね。いえ構いません。色々と噂は聞いていますから。

 でもまさか本当に一足飛びでBランク、二等市民になるとは思ってませんでしたよ魔導師様。あ、魔術師様と名乗っていらっしゃるんですよね」


 ランクB昇進おめでとうございますと深く頭をさげるノルト嬢。

 いえいえ、こちらこそと俺も頭をさげる。


 ・・・


 「ははは」

 「ふふふ」


 二人して笑い出す。

 頭下げあって何やってんだか。


 そんなわけで一通り笑い会って挨拶合戦をすませた後、依頼について話し合う。

 黒猫もとりあえず一緒に聞いてもらうかね。 

 

 「だいぶ疲れが見えるみたいですけど討伐の依頼はそれほどでてきたんですか?」


 さっきの笑いでかなり回復したみたいだけど未だ疲れた様子が伺えるノルト嬢。

 服も心なしか、くたびれて見える。


 「はい、最近ですね数が一気に増えたのは。依頼主も王都騎士団からだけではなく、多方面から出ています。各ギルドに領主、果ては小さな村落からも直接依頼が舞い込んでいる状態で・・・。以前から増加傾向はあったんですが」

 「そんなに・・・」


 いや、大変だとはわかるけど実際どれだけの異常事態かわからん。

 話はあわせとくけどね。


 「特に東の村々が悲惨な状況になっているようです。辺境騎士団が動いているという話も聞くのですが、手が回らず、すでにいくつもの村が壊滅したという話もあります」


 なるほど・・・もしかしてトトの村ってこの影響で滅んだ村だったのか?

 うーん。でもあのゴブキンって縄張り争いとかってかんじじゃなかったけどな・・・。

 ま、今更どうでもいいな。


 「なるほど、それで討伐依頼の件だけど」

 「そうでしたね。このような事態になったので今はこのような依頼を出しています」


 そういってノルト嬢は後ろの机から一枚の書類を取り出すと、くるりと書面の向きを変えてカウンターにだした。

 

 ・・・。


 読めん。


 「黒猫?」

 

 何時までたっても自動読み書き機が反応しないのでちょっと低い声で促す。

 ぼんやりしていたのか急な呼びかけにビクッと尻尾が立ってからすみませんと頭を下げて読み始めた。


 「えっと『東方における全ての魔物討伐依頼は冒険者ギルドが統括し、討伐した魔物のランクに応じて追加報酬を支払うものとする』これってどういうことですか?」


 黒猫の疑問はもっともだ。

 俺もわけがわからないよって白い宇宙人が頭に浮かんだ。 

 俺は書類から顔を上げてノルト嬢を見ると・・・何故黒猫をガン見してるし?

 しかも無表情?

 なにこれ?

 いきなりどうしたんだ?


 それに・・・なんか・・・怖ぇ・・・。


 黒猫も気が付いたようだが、心当たりはないようでわけがわからず俺と彼女を不安げに見比べると、一歩後ろに下がり震えながら俺の後ろに隠れた。


 「ノルトさん?」


 唐突の異常事態についていけない。

 とりあえず、怯えが声に現れないように気を付けながら、なんでもないけどどうしたの?といわんばかりに笑顔を貼り付けて話しかけた。

 ノルト嬢の視線は俺を素通りして背後に向いていたが声は聞こえたのかゆっくりと、それもギギギと機械音がしそうなくらいに酷くぎこちなく視線を俺の方に戻した。

 無表情と取り繕ったジャパニーズスマイルで睨めっこ。


 なんだよこれ・・・?。


 しばらくの睨みあいのすえ耐え切れなくなった?のは彼女のほうが先だった。

 ノルト嬢はいちど顔を伏せて小さく咳払いすると笑顔に戻って何事も無かったように話始めた。

 しかし・・・


 「あまりにも数が多すぎるので東方の魔物はどれでも構わないので討伐して欲しいということです。特別依頼書を発行していますので、それを持って魔物を討伐して下さい。討伐した魔物の証明部位と依頼書を終了窓口に持ってきてくだされば追加報酬をお支払いします」


 声音が硬くなってる。

 さっきまでのフレンドリー成分が皆無で事務的添加物満載って感じ。

 黒猫が話す事がそんなに嫌だったのかな?白虎族が嫌いとか?でも亜人だって普通に仕事したりするよね、この街結構見かけてるし・・・わからん。

 まぁとりあえず依頼さえ受けられればいいけど。


 「なるほどね。じゃあその依頼証頼むわ」

 「かしこまりました」


 ノルト嬢は視線を合わせることなく頭を下げるとすぐに奥に引っ込んでしまった。


 「私、何かしたんでしょうか・・・?」


 俺の背後から悲しみを声に乗せて尋ねてくる黒猫


 「さぁね。見てた限り何もしてないと思うけど・・・、彼女なりに何か思うところがあったのかもしれない。でも人の考えてることがわからん以上ほっとくのが吉さ」 


 そう、人はエスパーじゃないんだ。何事も察しろってのが無茶だ。

 だから・・・


 だから人間は面倒くさい・・・・・・・。


 自分の気分が三段ほど下がったのを自覚しながら笑顔の仮面を被り直す。

 その丁度同じくらいにノルト嬢が書類を持って戻ってきた。


 「こちらが特別依頼証です。無くさないように気を付けてください。また、他の地方で討伐を行われた際はこの依頼証は効力を発揮しません。偽証が発覚しましたら罰則もありますので注意して下さい」


 書類の項目をこちらに向けて手でさしながらざっと説明すると、くるりと丸めて俺に手渡してきた。

 いちいち嘘つく必要は無いな。

 頷いて受け取る。


 「他に何か御用はありますか?」


 未だ硬いままの声。

 最初の楽しい雰囲気と違って正直なところさっさと帰りたいけどまだ用事がある。


 「あそこの掲示板でみたんだけど、魔物図鑑?あれ見せて欲しいんだけど」

 

 親指を立てて背後の掲示板を肩越しに指すというちょっと気障ったらしい動作も追加する。

 ノルト嬢は掲示板に眼をやり、ちょっと瞬きをすると思い出したのか一つ頷いた。


 「そういえば・・・、しばらく誰も買わなかったので」


 そう言ってカウンターの下にもぐるとヨイショ!の掛け声と共に四角い物体がカウンターに置かれた。


 ドン!!


 明らかに半端でない重量・・・これ本なのか?

 マジで正立方体なんだが・・・。

 

 「こちらが現在知られている魔物が全て乗っていると言われる魔物図鑑です。お確かめを」


 いったい何ページあるのか。

 そっと手にとって・・・手に、とっっ!てってぇ!!


 ・・・・・・・。


 無理。


 重たくて持てません。

 ええぇ・・・私非力すぎ?

 いや、いや、装飾が無駄に豪華なだけだって、ほら、黒い革張りだし、角には鉄板の補強も入ってるし、分厚いし、きっと現代のコピー用紙とかと違って無駄に重たいんだって。

 だから、辞書感覚でもとうとした俺が間違ってるだけ・・・ね?

 カウンターの位置もちょっと高いし。

 力が入れられないだけだって。


 ・・・誰に言い訳してるんだか。


 いや、言い訳しないといけない一人と一匹の眼が微妙にかわいそうな子を見るようなことになっているだけど・・・そこは無視。

 諦めてその場で開いてみる。

 ざっと眼を通すと一ページごとに説明と魔物の絵も書かれていてかなり面白そうだ。

 字もかなり細かく書かれていてかなり重宝しそうじゃないか。

 決めた。


 「これ幾ら?」

 「金貨30枚です」


 高いのか安いのか・・・。

 って持ち金で足りるのか?

 ざっと財布をひっくり返して金を取り出す。

 カウンターに並べながら数える・・・一枚ぃ・・・二枚ぃ・・・三枚ぃ・・・


 一枚足ぁりなぁぁい!!!


 ってお化け風にやってないで!!

 えっとこっちのポケットにたしか銀貨と銅貨が!

 あった!半銀貨1枚と銀貨48枚さらに半銅貨4枚!!


 ふぅこれでOK。

 

 小銭をじゃらじゃら出す俺を哀れみの眼で見る一人と一匹・・・。

 しかたないじゃん!足りなかったんだから!!


 「それでは・・・確認しました。確かに金貨30枚分ですね。それではこちらをどうぞ」


 30枚分・・・30枚分。『分』ってなんだよ・・・。

 まぁわかるけどね。


 「黒猫」

 「はい?」

 「君の持ち物だからしっかり管理するように」

 「は、はい!」


 なんで嬉しそう?

 黒猫はさっきまで怯えてたのが嘘のようにニコニコとしながらひょいと本を持ち上げると腕に抱え込んだ。

 

 ひょいって・・・。


 ひょいって・・・。


 だ、だってぇー、黒猫白虎族だしぃー、亜人だしぃー、女の子でお嬢様といっても力持ちでもおかしくないしぃー。 

 とかやってる場合じゃなくて、やっぱり黒猫をみるとノルト嬢の顔が変わるな。

 今回は一瞬だけだったけど・・・。


 「ありがと、用事はこれで終わり」

 「そうですか、お気をつけて、私たちギルド一同は無事の依頼達成をお待ちしております」


 ノルト嬢は硬い笑顔と変化した声音のまま、頭を下げた。

 

 「うん」

 

 俺は頷いて、黒猫は小さくお辞儀をしてカウンターを離れる。

 しかし、数歩歩いたところでまた声がかかった。


 「魔術師様!」

 

 振り返ってみるとカウンターから身を乗り出しているノルト嬢がいた。

 

 「はい?」

 

 俺が返事を返すとノルト嬢は苦虫をかむ潰したように顔を伏せた。


 「何か忘れ物でもありますか?」


 かなり迷っているようだが再度の問いかけにやっと話す決心がついたのか少し固い表情を浮かべながら話し始めた。


 「差し出がましいことは十分承知していますが、言わせていただきます。

  紳士的な行為であっても奴隷ごときに服を買い与えあまつさえ軽々しく発言を許すのは御戯れが過ぎるでしょう、それを見た方は魔術師様の品位を疑い侮ることとなりましょう。お控えください」


 ・・・なるほど。


 なるほどね。


 なるほどなるほど。


 服が綺麗だったから最初は気が付かなかったと。

 近づいてみればびっくり奴隷の首輪あるじゃありませんか、しかもちょー気安いと。

 たかが奴隷ごときが!って・・・ね、奴隷ごときだもんね。

 なるほど、なるほどなるほどなるほど・・・。

 

 「忠告に感謝するよ。そうだね、前向きに善処するよ」

 「はい。差し出がましいことをすみませんでした」


 俺の返答に安心したのかノルト嬢は再度頭を下げるとカウンターの奥に引っ込んだ。

 彼女の姿が完全に見えなくなるのを確認した俺は踵を返して歩き出す。


 「ご、ご主人様?」


 急に歩き出した俺に驚いた黒猫が付いてくるのを耳と背中で感じつつ足を速める。

 俺の早歩きに付いてこれないのか時々小走りになっているようだ。


 それでも俺は足を緩めずさっさと部屋から抜け出した。



誰も彼もが奴隷に寛容なわけがなく、

むしろ発言を抑えたといえるノルト嬢。




次回、主人公暴走(R15のはず)

最後の行動と半歩進んだ二人の気持ちの結果は・・・。




ちなみに都合により白猫とトカゲとの買い物はカット!

次回更新は3月14日

追伸、申し訳ありませんがコメント返信はしばらくお待ちください。

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