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異世界の生活は原付と共に  作者: 夢見月
第一章 原付「俺様の戦いはこれからだぁ!!」
16/32

原付「こら、ガキどもつつくな!・・・ってあの音は何?」

 原付を出すのってなんとなく久しぶりに思う。


 作業着に着替えて鞄を肩にかける。

 最後はハーフヘルメットを頭にのせれば完璧。

 お仕事に行く完全装備で東門に到着。

 ここも北門と同じく人で溢れている。

 大通りの四隅に露天があるのも一緒。

 冒険者向けの店ばかりなのと商人と奴隷たちじゃなく、冒険者と商人と奴隷に変わったのが違うくらい。

 

 そんな中で注目を集めているのが俺達・・・というかギルド長と副ギルド長。

 本当ならこんなトコにいる人じゃないから皆さん興味深々みたい。

 えぇーい、邪魔だ!こっちみんな!

 注目度は満点です。

 私はお菓子のおまけです。

 ざわざわと噂が飛び交っているようですが、みなさん俺なんかただの端役のモブキャラですからきにしたら駄目ですよ~?

 ギルド長の横にいるからって、そこの人が言ってるみたいな凄腕とかじゃないですから・・・ほんとヤメテくれ・・・。 

 さて、なんでこんなところで待っているかといいますと、地図と絵を用意しているノインさんと合流するため。

 北門だとギルド本部と宿屋の位置関係上無駄に時間がかかってしまうから。

 その他の準備はすでに完了。

 マスターが水袋と保存食を準備してくれた。

 着替えも街人服だけどある。

 それと目に入った露店で少し出費して念のために大型のナイフを買った。

 剣や槍は重くて持てないし原付には邪魔。

 でもナイフなら場所も取らないし、すばやく使えて邪魔にならない。

 市場の品だから強度とかの信用っていうのか、ボッタクリ品じゃないかちょっと心配だけど試し斬りさせてもらった感じでは大丈夫だった。

 もし何かあったら、そのときはこれを売ってた露店主を氷付けにしよう。

 ただし俺が八つ裂きになってなければの話だけど。

 あとお金は必要最低限。

 貨幣って大量に持つと重たいのよ。

 魔術で飛んでいくにしても軽いにこしたことはないし。

 こうして準備を済ませた俺は早く早くと急く中年と爺二人を眺めながら待っていた。




 そして十分ほどしてからノイン嬢が馬に乗って馬車と共に駆けてきた。おや?

 ノイン嬢は目の前まで来ると馬から飛び降りばっと地図を広げた。

 か、かっこいい。スカートの中が見えなくて残念だけど。


「これが地図と絵です。現在がここ王都で東門から出てぐるりとを外壁を周って北門へ行って下さい。その後は一直線に北へ。そうしましたら山脈の麓に着きます。麓には村がありますのでその村でこの地図を見せれば聖玉草の生えている場所を教えてくれます」


 汗をかいているのに拭う間を惜しんで地図を指していくノイン嬢。

 色っぽいなぁ。

 もうちょっと服の生地が薄ければなおいいのに・・・。

 そんな考えは一分も出さずに地図を眺める。

 地図の精度はやはりといいますか良くは無い。

 大体の位置関係が分かるといった程度のものだ。

 しかし、北へ向かうだけならば問題無さそうだ。


「こちらは聖玉草の絵です。特徴的で近くには似たような草は無いそうで、見ればすぐに分かるだろうと先生はおっしゃっていました」


 医者の先生かな?了解


「草の高さは手のひらくらいで名の由来になった葉の膨らんだ部分だけを潰さないようにこれに入れて持って帰ってきてくだされば大丈夫です。数は最低で三つあれば薬が作れるそうです」


 地図と違って色付きで丁寧に書かれた聖玉草の絵。

 尖った葉のなかに先端がハートかスペードのような形をした膨らみが幾つか見受けられる白い草。

 これを渡された15センチ角の木箱に潰さないよう三つ以上入れて持って帰ればOKっと。

 木箱と地図を鞄にしまう。


「最後にこれを」


 ビー球のような赤い玉を渡された。

 説明してくれたのは爺さん。


「へたに希望はもたんほうがいい、それは若いのが死んだら一緒に割れる。ここにある対となってるものと一緒にな」


 爺さんの手のひらには白い玉。


 ・・・・・・・なるほどね。


 これでバックれるという選択肢は潰されるわけだ。

 微妙に気に入らないが、便りが無いのは辛いだろう。

 これでも大人ですからね、理解しますとも、してやりますよ。


「そのほうがいいでしょう。死ぬ気は毛頭ありませんが」


 ノリドさんもすいませんと頭を下げた。

 俺は赤い玉をポケットにしっかりとしまった。

 

「その魔道具では馬には乗れません。この馬車に乗せてください。馬車馬のなかで一番足の速いものを用意しました」

 

 発言したのはノインさん。

 そっか、その為の馬車だったわけだ。

 そりゃ原付のこと知らないもんね。

 でも、お金が手に入るならもう隠す意味はないと思うんだ。


「無駄な準備させてしまったかな」

「どういうことですか?」

「馬車は必要ないのさ」


 ちょっと格好付けてニヤリとニヒルに笑ってみる。

 外に出る手続きは先ほどの間に終了。

 王都の中と主要街道は石畳が敷かれている。


 つまり・・・。


 俺は原付に座りキーを回してスタンバイへ。

 そしてブレーキを引いたままスタートボタンを押してアクセルを捻る。

 ぼろいエンジンが一気に唸りをあげて爆音と共に回りだす。

 噴出す黒い排気ガス。

 久しぶりの機械の臭い。


 周りを囲んでいた全員が驚いて離れる。


「それでは、五日以内に聖玉草を持って帰ってきます!」


 音に負けないように俺が叫ぶ。


「頼んだぞ!」「お願いします!」「無事なお帰りを!」


 驚いて逃げていた三人もしっかりと返してくれた。

 オッケー・・・・それじゃレッツゴー!!

 ブレーキを離してフルスロットル。

 メーター限界の60km/hを出してかっ飛んでいく。

 背後からの驚愕、歓声、悲鳴が一瞬のうちに風の音と共に後方へと流れ掻き消えた。

 ちょっと優越感。

 バラックが立ち並ぶ貧民街を数分で通り抜けて進路を北へ。

 石畳もすぐになくなり振動が激しくなったところで魔術に切り替えてエンジンカット。

 地面すれすれを滑りながらさっきよりも痛い風を受けて進む。

 さっきの話、馬だったら聖玉草を取ってくる時間はギリギリ、というかたぶん足りない。

 以前興味本位で調べたら馬の本気はサラブレッドで大体70km/hほどらしい、しかもほんの数分だけ。

 しかしこっちは俺の体力次第で原付の限界以上の速度が出せる。

 つまり実質70km以上を数時間キープできるのだ。

 風だって我慢次第。

 失敗しても仕方ないはなしだけど、報酬が入れば『成金うはうは生活』がまっている!!

 

 俺はやるぜぇーーーー!!ヒャッハーーーー!!


 




 途中も休むことなく走る。走る。走る。

 

 お昼も多少速度は落しつつも準備してもらっていたサンドイッチを片手で摘み、水筒から水をこぼしながら流し込む。

 

 魔物?なにそれおいしいの?


 姿なんか数秒で影も見えなくなりますが何か?

 

 ところどころで馬車を追い越しすれ違い驚かれながらも体力を減らしながら進む事数時間。

 

 夕暮れは過ぎ黄昏も過ぎて半刻。

 山脈の影が不気味に伸し掛かるような時になってやっとこさ麓の村に到着した。

 



 麓の村、一番大きい家。

 発見した村長宅を叩いた時は息も絶え絶えで、病人か?と驚かれたくらいだ。

 朝出るのが遅かったが馬で約二日の距離を十時間。

 およそ半日で走破することに成功した。


 俺様すごい、脳内麻薬は偉大だ。

 その全てが妄想で出来ているのは俺だけの秘密。

 

 村長に息切れしながらも何とか事情を話して、その日は休ませてもらった。

  


 次の日、なんとか昼前には起きることが出来たようだ。

 実は貸してもらったベッドにどうやって入ったのか自分では覚えていない。

 村長の奥さん、ペトさんが心配して俺の頭に塗れたタオルを置いてくれていたことから、かなりの醜態をさらしていたことは確かなようだ・・・。

 うう、恥ずかしい。

 まぁ、そのおかげもあったのか完全復活とは行かないまでも八割程度は本気が出せそうだ。

 翼竜相手には不安だが時間は限られている。


「もっと休んでからにしやさい、そんな~じゃあんたがまいっちまうでぇ~」

 

 この世界にも方言があるのか・・・。

 妙な訛り言葉でペトさんが心配してくれた。


「そう~じゃんぅ、魔導師ゆぅうても体壊したらなんもならぁーてぇ」


 これは村長のズヒさん。そう言われた所で金のためには急がないといけないのだ。


「いえ、病気で苦しんでいる子供が居るんです。休んでなんかいられません!」

「・・・そおか、今時りぃっぱなおひとじゃ。わかたぁ、出来るだけのことぉしょ」

「あんだぁ、今めしぃ持って来たる、食って力つけていきんさぁ!」


 俺の言葉に二人は感動したようだ。

 ふふ、ちょろいね。

 爺さんと婆さんを騙すのはほんの少し、耳掻き一杯程度は良心が痛むが結果は同じなんだしいいだろ。

 結果よければ全てよしってね。

 とりあえず、口に合わない山菜盛りだくさんの暖かい食事を頂く。

 顔面に笑顔を貼り付けてお世辞まで言っちゃってますが、苦くてまずいです。

 その間にズヒさんが村の若い連中を連れてきて山脈周辺の地図と共に聖玉草の大体生えている位置を探してくれてた。

 場所は山の中腹らしい、俺の少ない体力でもなんとかたどり着けそうだ。

 こうして準備が済んだところで村を出発、山登りを開始。

 最初は森が日差しをさえぎる緩やかなハイキングコース。

 景色もいいし、なかなか綺麗な場所だ。

 原生林って言うんだっけ?

 人の手があまり入ってないからそれだけで綺麗に見える。

 そうそう、原付は魔術で浮かせられるとはいえ山道では完全にお荷物なので預かってもらった。


「今年はまだ翼竜の数は少ないようです。しかし凶暴なのはいつも以上かもしれません。近隣の村と合わせて三人がすでに亡くなっています」


 途中までの道案内に若い衆が四人ほど付いてきてくれたが、こいつらの言葉は普通だ。


「そうですか。亡くなられた方が安らかに眠ることを願います」


 こういう言葉はかけるべきかな?


「ありがとうございます。天界で聞いて喜んでいることでしょう」


 あ、大丈夫みたい。こんなところで宗教関連がでるなんてね。

 天界か・・・ファンタジーな世界だから天使とか本当にいそうだ。

 宗教関連だけでなく村の情報も手に入れるため少し話しかける。

 本当は若い衆の緊張感が痛いので沈黙は避けたかった。

 こうやってつらつらと話ながら進んでしばらく、少し開けた場所で若い衆が立ち止まった。


「我々は残念ながらここまでです。最後まで付いて行きたいですが、冒険者でも無い私達では足手まといになるいますから・・・」


 悔しそうに若いアンちゃんが言った。

 他の三人も無力感で一杯なのか悔し涙を流してる奴までいるよ。

 村の男は熱いってか、マッチョだね、でも別に気にしなくていいのに。

 本当に邪魔にしかならないんだから。


「ここまで来てくれただけでも心強いです。ありがとうございました。これを受け取って下さい」


 社交辞令全開で返答しておく。

 あとはついでとばかりにポケットから金貨を十枚ほど渡しておく。

 若いあんちゃんは俺に釣られて自然と手を出して受け取った。


「これは・・・?そんな、金貨!?も、もらえません!!」


 金貨を見て断固拒否らしい。

 他の三人もぎょっとして口々に拒否する。

 もうすぐ大金が入るんだからこんなはした金たいしたこと無いのに。

 俺の『うはうは生活』が目前に迫った記念にここは気持ちよく受け取っとけって。


「いきなり来て一泊させてもらいご飯まで頂きました。さらに危険を承知でここまで付いてきてくれたんです。心ばかりの気持ちです受け取ってください」

「しかし・・・」


 まだ固辞するか。

 なんとまぁ頑固だね。

 しかたないな、少し気持ちを楽にしてやりますか。


「どうせ私が持ったまま死んだら無意味になります。そうですね・・・。じゃあ無事に帰ってきたら半分返してください。あとは魔道具の預かり金ということで」

「・・・わかりました。あれは責任をもって保管します。絶対に返しますから帰ってきてください!」


 アンちゃん達の中でかなりの葛藤があったようだが悩んだあとで了承してくれた。

 まったく。手間取らせやがって。

 こんなサービスめったに無いんだからね。

 

「今日中には戻りますよ。そしたらおいしいご飯お願いします」

「はい!御武運を!!」


 御武運を・・・か。

 そんなに気張るような話じゃないだろうに、どこかで見たであろう見よう見まねな不細工な敬礼が四つならんだ。

 頭じゃなくて胸に手を当てる奴だね。

 俺は頷いて返礼してから森を一人で進む。

 そしてしばらく歩いて四人が見えなくなったところで思った。

 


 俺死亡フラグ立てたんじゃないかと・・・。


 

 いや、いやいやいや。

 そんなことないね。

 悪い創造に捕らわれたりなんかしないさ。

 その幻想をぶち壊しておく。

 こんな感じの悪い予感はだいたい当たらない。

 当たらないったら当たらない。

 大丈夫大丈夫。


 そんなわけで足取り軽く進んでいく。

 小川を渡って岩から岩に飛び移って、大きな木の股を潜り、さらに昇ったところで視界が開けた。


「はぁはぁ、たしか、森林限界ってやつだっけ・・・」


 すでにばてている。

 足取りは無茶苦茶重い。

 標高が高くなれば空気も少なくなるし息をしようとするだけで疲れる。

 実際にはそれほど標高も高くないはずだけど、ひ弱な現代っ子には辛いぜ。

 もう、なんでもっと運動しておかなかったかぁ・・・。

 今更の後悔じゃ遅すぎるけどね。はぁ~。

 ため息一つかまして脳内検索。

 確か森林限界は一定の標高以上は高い木が生えないって奴だったと思う。

 その先は低い物だけになり。

 さらにそれ以上は草も生えなくなる。

 聖玉草が生えているのはその草が生えなくなるぎりぎり。

 それもどこにあるかおおよそでしかわからない。


 そしてその手前には・・・。


「何が今年は少ないだ・・・恨むぞ・・・」


 木の陰から覗き見るが、視界に入るだけでもかなりの数だ。

 地面を掘って作った巣を守るかのように翼竜がざっと五十羽程度。

 遠目では細くポキリと折れそうな薄い羽を大きく広げてギャワギャワと叫んでいる。


「あれは翼竜って言うよりコウモリの怪物だな。嘴じゃなくて牙といってた時点で気付けっての俺・・・」


 大きさは言っていた通りなのだろうが見ると聞くとでは迫力が大違いだ。

 牙なんか涎が垂れ落ちて鋭くギラギラと光っているし、三つ指についている爪も一本一本が死神の大鎌のようだ。

 観察を続けてると一匹の翼竜がその爪に大きな牛を引き下げて帰ってきたが、飯だとばかりに巣の中に放り込まれるとほんの数秒で引き裂かれて砕かれて食いちぎられて赤い血溜まりになった。

 洒落にならないよ・・・。

 あの骨と皮だけの巨体にしても充分すぎるほどの脅威だ。

 翼で打たれても、ちょっと追突されてもスプラッタ確実。

 臨時収入を狙って戦いを挑むのは馬鹿げている。

 一匹二匹は殺れても他の48匹にたこ殴り、いや八つ裂き、さらに十七分割される。

 どこぞの吸血鬼じゃないんだ、そうなれば死あるのみ。


「みんな断るわけだ。・・・俺以外なら確実に死んでる」


 息を整えて体力回復を待つこと三十分。

 まともに闘えないのなら手段を考える。

 ありがたいことにチートな魔術が俺にはある。


 まずは一つ目、呪文を唱えて魔術を発動。


「サイレント」


 瞬間、俺からの音が無くなった。

 心臓の音、髪の毛の擦れる音、わずかな呼吸音。全てが消える。

 不思議な感覚を味わいながらさらにもう一つ、呪文を唱えて発動。


「ブラインド」


 今度はするすると消しゴムで消していくみたいに自分の姿が見えなくなった。

 手のひらを目の前で翳しても何も見えない。

 足元の影すら消えている。

 これで完全な透明人間の出来上がり。

 音もしないし姿も見えない。

 でもちゃんと物は掴めるし足で蹴った石ころは転がり音を立てる。

 よし、これで今度女風呂でも覗きに行くかな・・・八十七パーセント冗談だけど。

 いや違う。今分かった。百パーセント冗談になった。

 自分が世界から消えたみたいで不安が溜まって気分が良くない。

 長くやってると発狂しそうだ。

 あまりこれはやらないほうが俺の精神衛生上いいみたいだ。

 となれば急いで群れを抜けて草を回収しよう。


 俺は木の陰から慎重に歩き出した。

 見えないと分かっていてもやはり気分的に抜き足差し足忍び足で、石を転がさないように群れに近づいていく。

 ゆっくりゆっくり気ずかれないように・・・。


 一歩


 十歩


 百歩


 しかしなぜか皆さんギャワギャワ騒ぎながらこちらを見ています。

 丸くデッカイ瞳をしっかりとこちらに向けています。


 そして・・・・


『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』


「ぐあああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 耳がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

 あまりの咆哮に耳を押えてのた打ち回る。

 しっかりと耳を押さえているのに響いて脳を揺さぶられる。

 これは・・・


「クソォ・・・ぐっぅぅぅぅぅ」


 完璧にコウモリかよド畜生!!


 超音波の混ざった咆哮。

 痛いほどの音の津波。

 全身を押しつぶすかのような圧力。

 音と姿を消しても潜水艦とかに使われるアクティブソナーよろしく探られたようだ。


 洞窟と違って開けたところなのによくやる!

 そして俺のバカ野郎!!

 

 せっかく爺さんが言ってくれていた注意を俺は完璧に忘れていた。

 姿を隠せばいいと思い込んでいた俺の油断。

 もっと注意深く動いていれば森の辺りでも低く篭った唸り声の中に高い音も混ざっていたことに気がつけたのに。


 結果は今の本気の咆哮!!

 動けない!!

 隠れるために使用していた二つの呪文はいつの間にか切れている。

 戦闘用の呪文を唱えるには音が五月蝿くて、不愉快で、気持ち悪くて、邪魔でイメージが定まらない!

 

 そんな時に一匹の翼竜が地面をすれすれを滑空して突っ込んできやがった!

 鷹が獲物を襲うように広がられた爪が俺を狙う。


 危ないと思う間もなく避ける。

 反射でしかない生存本能に従っただけだった。


 砂まみれになりながら横に転がってなんとか回避。

 風圧で飛ばされた石がビシビシと体に当たって痛い!

 突っ込んできた一匹はそのまま森まで滑空、相撲さんの胴回りくらいある太い木に追突してへし折った。

 視線を森から山に肌に戻すとさらにもう1匹。

 今度は坂を斜めに転げ落ちるように逃げるが、横を通り過ぎただけのただの風圧で吹っ飛ばされて硬い地面を転がる。

 転がされる。

 

 わけがわからない。

 

 体が熱い。


 痛い。

 

 一瞬がはっきりと見え、何倍にも引き伸ばされる。


 地面と空と灰色と黒と化物と。

 

 体に衝撃。 


 何かに引っかかって止まった。

 

 しかし、続いて三匹目。


 視界がふらつく。


 岩。

 岩がある。

 あそこに。


 目の前にあった岩に飛び込む。

 飛び込んだつもりだった。

 でも、ふらついて倒れて、もがいて。

 

 次の瞬間。

 足が引っ張られて体が千切れそうになり腕が地面に当たり・・・

 

 はっきりとした痛み。


 体が誤魔化しきれない痛みが駆け上がって。

 もう分からない。何も見えない。体を丸める。

 全身が叩かれる。熱い。

 守るように、小さく。 


 ・・・痛い・・・怖い・・・嫌だ。

 

 痛い痛い、怖い嫌だ嫌だ。

 

 苦しい助けて痛い嫌だ死ぬ!!・・・・死ぬ?死ぬ?俺が??


 まだ、まだ何もしてないのに?

 まだ、何も残してないのに?

 そんな・・・


 死ぬ・・・・・・

 

 

 





 



 ふざけんな・・・・、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!!

 ちくしょう!!ふざけんな!!殺す!!ざけんな!!ド阿呆が!!

 何もしてない!!!何もなしちゃいない!!!何も残してない!!!

 こんなところで死ねるか!!!!


 怒り。純粋な怒り。

 自分でも驚くほどの怒り。

 自分の魂。

 自分の生存本能が燃え上がる怒り。


 なにも気にならない。全てを一切合財無視する!


 盛大に木に背中を打ち付けて止まった瞬間に叫ぶように呪文を唱えて俺を仕留めようと向かってきた クソ鳥に全力で放つ!


「フレイム・キャノン!!」


 目の前に迫っていたクソ鳥ほどもある炎が振りぬいた手のひらから発射され視界は赤一色に染まる。


 クソ鳥は一瞬で蒸発。


 炎の柱はその勢いを殺すことなく地面を駆け上がって山肌に黒い線を引いた。

 恐らく線上にいた何匹かと巣も巻き込んだが・・・。


『ギャアアアアアアアアアアア!!』

 まだだ、まだくる!くるな!!!


 さらに呪文を唱えて放つ。


「アイス・ミサイル!!」


 クソ鳥が地面から足を浮かす前に氷柱は突き刺さり氷の花を咲かせて数匹を巻き込む。


 俺は俺を傷つけた存在を許さない!!


「サンダー・ソード!」


 続けて放たれた雷撃は閃光と轟音を供に地面走りもっとも伝導性が高い存在、クソ鳥三匹を黒焦げにする。


 皆殺しにしてやる!!


「アイス・ニードル!」


 まだ俺を襲おうと突っ込んできた馬鹿に氷杭が刺さり串刺しにする。


 その罪その身で購え!!


「アイス・トルネード!!」


 俺を中心に発生した白い竜巻は一気に広がり残っていた翼竜を次々に巻き込む。

 竜巻の中、俺の頭上では雹弾と翼竜がぶつかりズタズタに荒々しく引き裂いていく。

 そして次第に千切れとんだ翼竜の血と肉片が白かった竜巻を赤く染めていった・・・


 




 決して長くは無い時間。

 広がりすぎた竜巻が自然に消える。

 後に残ったのは地面引かれた赤い螺旋だけだった。


「はぁ、はぁ、はぁ、・・・・・・・・はぁ~」


 意識の糸が弱まり力が抜ける。

 崩れ落ちるように地面に倒れこむ。

 ズキズキと頭痛がするほど沸騰していた怒りが冷めればやってくるのは体中の痛みだけ。

 

 痛い・・・。


 何箇所も破けてしまった作業着。

 その下は酷い擦り傷切り傷打ち身に打撲。

 横になった頭から地面に落ちた赤い雫。 

 視線だけを下に。

 酷いのは足首で紫に腫上がっている。

 

 痛い・・・。


 ゆっくりと意識しながら体を動かす。

 指先。手の平。手首。腕。肩。首。胸。腹。腰。尻。太もも。膝。足首。指先。


 動かして確認できた痛みは全身から。

 どこもかしこも訴えてくる。

 でも動かないところは無かった。

 聞きかじった知識から判断してたぶん折れた所は無い。

 幸いなことだがそれでもこの傷みはかなり辛い。


 「調子にのってたバツかなぁ・・・ゴホッ!」


 喉も痛い。

 何度も咳き込む。

 血を吐くようなことはなかったけど体を丸めるたびに全身が痛い。

 十回ほどの咳が収まったところで鞄から皮袋の水筒出そうとするが鞄も穴が開いた。

 そして見たくないけど不本意に開いた穴が見せる鞄の中はぐちゃぐちゃ。

 少し顔を顰めて水袋を取り出すが、それにも穴が開いていた。

 鞄の中にはこの世界では必要が無いからと機械類を入れてこなかったから、電気でビリビリってことはないけど水浸しなことに変わりが無い。

 ほんとにもう踏んだり蹴ったりだ。

 ため息を押し込めとりあえずほんの少し残っていた水を舐めるように飲む。

 そして水筒を放り投げて地面に大の字になって休んだ。

 山の風が冷たくて気持ちがいい。

 さっきまで騒がしかったのが嘘のように穏やかだ。

 可愛らしい鳴き声が遠く聞こえる。

 小さな鳥が飛んでいるのを教えてくれた。


 ご覧のトーリ。



 ・・・地面の冷たさ。

 あくまで地面の冷たさに身を投げ出してしばらくしてからのそのそと動き出す。

 まずは応急処置。

 鞄からタオルと服を取り出して両方を裂いて包帯状にする。

 それを血の出ているところに次々巻いていく。

 腕、太もも、見るとさらに痛く感じる。

 次は足にテーピングの要領でがちがちに巻いた。

 その時気が付いたが靴も酷い有様だ。仕事がら工場にも入るからつま先に鉄板が入っている、所謂安全靴だけど、普通の靴なら指を引きちぎられていたかもしれないほどに表面が裂けて中の鉄板が丸見えになっていた。

 他には頭も少し切ったみたいなので包帯を巻いておく。

 原付のヘルメット持ってきとけば良かった・・・。

 何時もの条件反射で原付を降りる=ヘルメットを外すだから、考えにも無かった。 

 しかしこれだけ体がボロボロになったのにメガネは無事。

 さすが形状記憶フレーム。

 アーメン、ハレルヤ、ピーナッツバターだっけ?ある意味奇跡だ。

 すこしクラクラするけど立ち上がっても大丈夫。

 これで応急処置は終了。

 大学の単位目的で取った救急救命の資格がまさか役立つ日が来るとは思わなかった。

 あとは鞄からつかえないものを全て捨てて穴を持っていたビニールテープで塞いで終わり。

 幸いにして聖玉草を入れる箱は壊れていなかったから回収作業は出来る。

 まぁ壊れてても鞄に摘めるだけ摘んだんだろうけどね。

 しかし魔術の使いすぎと精神的疲労で体はかなり重い。

 もう少し休んでいたいけど今は時間を優先。

 魔術を使って自分の体を数センチだけ浮かしてふわふわと進む。

 途中ばらばらになったクソ鳥からは魔石だけを回収した。

 とても爪や牙を持って帰る余裕はない。

 しかし冷静になった今見ると・・・まったく、俺も派手にやったもんだ。

 あたり一面に散らばった肉片。

 卵も見える範囲全てが割れてる。

 俺の怒りに触れた馬鹿鳥の全滅は必然だが・・・まぁ、思うところ無いわけじゃないけど別にいいよね。

 とりあえず目に入った二等級の魔石を鞄に放り込むがすぐに一杯になり、予備として持ってきた袋も満杯。

 拾えたのは全部で20個程度。

 まだかなり残っていて勿体無いけど諦めるしかないな。

 野球ボールサイズのコンペイトウを鞄に入れて背負ったまま動き回るのは体に当たって痛いのと重たいので分かりやすいところに置いておく。

 さてと、これから本命の聖玉草探しなわけだがせっかく書いてもらった地図は水にぬれてズタズタに破れてしまって見ることが出来なかった。


 畜生・・・。


 しかたなくフラフラと飛び回って探し回ることしばらく。

 なんとか日が出ているうちに発見することが出来た。

 見つけたのは岩の隙間。

 少し湿った地面の見える日陰。

 まるで隠されているかのようにひっそりと生えていた。

 ハートの膨らみはかなりの数があったので俺はナイフで十四個ほど採取。

 箱の中一杯に六個、一応ポケットにも予備として八粒入れて厳重に封をする。


 任務完了。


 もちろん全ての聖玉草を取るなんてマネはせずにちゃんと膨らみを残したので今後も大丈夫だと思う。

 さて、荷物を拾って帰りますかな。


 魔術は疲れすぎてもうほとんど使えないので木の棒を共に下山することになった。


魔術がつかえるかからといっても肉体が強いわけではなく。

魔術がつかえたとしても適切に行使できなければ意味が無い。


主人公が吹っ飛ばされて舞うと言う今回でした。


応援の声が多く色々と考える今日この頃。


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