原付「え?今日も置いてけぼりですか?」
「リョウって起きるの遅すぎよ?よくそれで冒険者が務まるわね」
「魔術師は夜行動するのがジャスティスなのさ」
「意味わかんないわ・・・」
適当に思いついた言葉で返事をしたが、サラに微妙な顔をされた。
そしていつの間にやらリョウって呼ばれてるし・・・。
俺は呼び捨てにされるのって好きじゃないけど、たぶんここだと敬称をつけて呼ぶことのほうが珍しいだろうから、大人な俺はこの世界に合わせて我慢してやることにする。
昨日の夜、風呂から上がった俺はさっさと飯を食べて部屋でだらだらしているうちに寝てしまった。
飯の時は先日のように絡まれることもなくとても平和だった。
なんでもサラ曰く、俺にちょっかいを出すと石にされるという噂が出回っているそうで、そのおかげで誰も俺に絡んでこなかったようだ。
まったく、平和主義者にして事なかれ主義者の俺をメデューサかバジリスク扱いしやがって、今度そんな態度取ったら冷凍マグロにしてやる。
いや、本音を言えばご飯は静かに頂きたい派なので無視してくれるのはありがたかったりする。
昨日のご飯もおいしかったし。
そういうわけでゆっくりとまったりした時間を過した俺は普段からすればかなり早い時間に寝たわけで、睡眠時間は足りているにも関わらす、ここの人達からしたら遅い時間の起床となった。
明りを灯すのは贅沢なこととみなされるようでここの人達は日の出と共に起きて日が沈むと寝るという大変健康そうな生活をしている。
冒険者街は酒場があるのでかなり遅い時間でも営業していてそれに合わせて眠るのも遅くなるが、それでもいつも午前二時くらいに寝る俺からしたらかなり早い。
というわけで、早くに出かけたいサラに俺は強制的に起こされて現在に至るってわけだ。
朝飯を食べる時間をくれたのはありがたいが。
「師匠の所では遅くまで研究をしてたから、朝早く起きるのは苦手なんだよ。用があればちゃんと起きるけどね」
「今日は遅かったじゃない」
「時間決めてなかっただろ?」
「そうだけど・・・普通は朝に起きるものよ」
「前向きに検討するよ。それにしても馬車がこんなに揺れるなんて知らなかった」
「王都の中だからまだマシよ、昔旅行した時なんかもっと酷かったもの。お尻が板になるかと思ったわ」
「へぇー」
当然ながら早く起きる気など全くなく、適当にあわせておいて話をそらしたがうまくいった。
今は馬車に揺られながら職人ギルド街に向かっている。
円形をしている王都のほぼ反対側にある冒険者ギルド街から職人ギルド街に向かうには一直線にいけば距離的に近いが、王城や貴族街が有るため通り抜けることが出来ない。
そうなるとぐるりと円をたどって行くしかないがそれだと時間もかかるし疲れてしまう。
そこで活躍するのが今乗っている乗合馬車。
王都を時計回りと逆周りに何台もぐるぐると周っているそうだ。
人が歩くよりは早いといった程度だが尻が痛いことを除けば楽である。
「昨日もこれを使えばよかった・・・」
「宿からギルドまでだったら歩いた方が早いわ。お金ももったいないし。今日はすぐに見つけたけど、いつ来るかわからないもの。待っているのも馬鹿らしいわ」
日本の環状線のように時刻が決まっているわけもなく停車駅があるわけでもない。
御者の気分次第で運行され乗る時も呼びかけて停まる。
そのせいで馬車同士の間隔は一定ではなく、何台も連なってくる時があれば、待てど暮らせど一向に姿が見えないということもあるそうだ。
きっと日本人みたいに時間にうるさくないんだな。
「それで一人銅貨20枚なんだから高いよな」
「馬を養うのにお金がかかるもの、仕方ないわ」
お、適当に言ってみたが『高い』で正解だったようだ。
ちょっぴり感動に浸りながら街を眺める。
やはり活気があり人種は豊富。
国の成り立ちが交通の要所だったこともあって人種にこだわらないのかもしれない。
それじゃなければ酷い差別が起こっていてもおかしくないと思う。
そんなことを考えながら馬車は進みさほど時間は掛からず職人ギルド街に来た。
街はハンマーで叩く甲高い音や機織機の独特な音色などさまざまな音で溢れていた。
人の声は少ないが、弟子を厳しく指導するおっかない声が所々聞こえてきて少しビクッとなる。
「なんか狭く感じるな、圧迫感があるというか・・・」
「この辺は工房を広く取ろうとして建物が道に迫り出してるのよ。道幅は決まっているけど、道具や材料でふさがっているから余計にそう感じるのよ」
馬車から降りて周りを観察する。
荷物の多さなら商人ギルド街の方が多そうだし、露店なんかもあったからそっちのほうが狭そうだけど・・・、工房からの硬質な気迫というか熱気。職人気質が圧迫感を後押しているのかもしれない。
幾つもの工房が軒を連ねる中をサラについて行くことしばらく、針と服のマークが刻まれた看板の工房に付いた。
ドアも窓も開きっぱなし、というか箱や布や多分裁縫に使う大型の道具が張り出していて閉まらなくなっている。
雨の時はどうしているんだろう?
サラはためらいなくひょいひょいと慣れた感じで荷物を避けながら入っていった。
俺もつんのめりながらついて行く。
中は少し埃っぽくて薄暗い。こんな状態の店じゃ仕事が出来るように見えないが大丈夫か?
かなり不安になるが今は何も言うまい。
カウンターまでなんとか到着するとサラは工房の奥に向けて叫んだ。
「こんにちわ~!エアロおばさんいますか~!!」
「大きな声を出さんでも聞こえとるよ、少しまっとれ」
「はーい!」
かなり篭った声だったが奥からすぐに返事が帰ってきた。
「エアロおばさん?」
「うん。私の服や店の布関係は全部任せてる人。片付けるの苦手らしくて工房はこうなっちゃってるけど腕はいいのよ」
そう言うならとりあえず納得しておく。
まぁ、他の店を探すのも面倒だからどのみち納得するしかないんだけどね。
とりあえず道具を見ながら待つこと十分ほど、エアロさんが言う少しは俺には長いものだった。
しかし、サラが気にしていないことからいつものことなのかもしれない。
「またせたね」
奥からゆっくりと出てきた人は40代くらいで小柄の少しふくよかな女性だ。
白が混じり始めた金髪は短く切られていて一瞬おじさんと思ったのは内緒だ。
しかし、普通の人間と違う点が一つあった。
そう、耳がとがっているのだ。
つまりはそう、エルフ。
おお、エルフだエルフ!初エルフだよ・・・
・・・初めての遭遇がおばさんなんて・・・・美少女じゃないなんて・・・。
かなりへこんだ。
てか年齢いくつだよ!!怖くて聞かないけどな!!!
そんな俺の内心を知るはずもないエアロさんはサラにちらりと視線をやり、次に俺をじっと見つめてくる。
な、なんだよ!?
「あんたのこれかい?」
小指を立てた。
そういった表現は一緒らしい。
「宿に停まってるただの客よ」
サラは刹那のためらいもなく無表情に答えた。
一切の間違いがない完璧な事実だけどちょっと傷つく。
「そうかい、アンタが男を連れてくるのは初めてだからね、遅い花が咲いたのかと期待しちまったよ」
「エアロおばさん、私にも選ぶ権利があると思うの」
「その言われ方だと俺が酷く駄目人間に聞こえる・・・えっと、初めまして、リョウ=ノウマルです」
内心涙を流しながら笑顔で挨拶する。
エアロさんは少し驚いたようだ。
「ほう、サラ嬢ちゃんの所に泊まっとるなら冒険者だろうに。顔に似合わずしっかりしとるの、エアロ=ギカダアさ。ここで服を作ってる」
自分で顔が良くないってわかってるもん!だから別に傷ついたりしないんだから!!
と自分で自分を慰める俺。さらに悲しくなった。
エアロさんが手を出してきたので握手をする。
やっぱり職人と言うべきか柔らかい俺の手と違ってエアロさんの手は所々とても硬い。
長年針仕事をやってきた証拠だろう。
「魔導師だね?」
「魔術師です」
訂正訂正っと。
エアロさんも剣だこの無い俺の手から確認したようだが。
残念!俺は魔術師だ。
「そうかい。さてサラ嬢ちゃんは服を取りに来たんだね。出来てるよ」
ちょ!サラッと流された!?
俺がショックで固まっているうちにエアロさんはカウンターの下から服を取り出した。
オレンジ色のシンプルなワンピースで明るいサラには似合いそうだ。
「綺麗だね」
「でしょう?お金貯めてやっと作ってもらえたんだ~」
サラは服を抱きしめてくるくると周る。
喜びを表現したいんだろうけど埃が立つからやめてくれ。
「で、そっちのは?」
エアロさんに言われて俺は鞄から洗濯してもらった作業着を取り出す。
「これと同じものを作って欲しいんですが・・・」
「こいつは細かいねぇ、骨が折れそうだ」
エアロさんは服を広げて一つ一つ丹念に確認していく。
俺が着ていたのはジャケットにジーパン風カーゴパンツの作業着とTシャツ。
ジャケットには立体縫製された胸ポケットやペンホルダーも付いていてかなり複雑だと思う。
分厚い生地のズボンにはお尻部分にもポケットがついている。
服に関してはさっぱりだが、ミシンなんて便利なものが無いであろうこの世界だとかなり大変だと思う。
エアロさんはファスナーも上げ下げしながらしっかりと確認するとため息を吐いて言った。
「魔導師の服もそれなりに作ったがこんなのは初めてだね、この金具は細工師の爺さんどもに聞かなきゃ判らんが多分無理だろうさ。そこは何かで代用して・・・それ以外も難しいのが多いがそこはなんとかするよ。興味深い所も多いからよその連中にも手伝わしたらいい勉強になるさね」
「おばさんでも難しいの?」
サラが驚いたという風にいった。
よほど腕を信頼していたんだろう。
「あたしだって、知らない縫い方は苦労するさね。でもこれを作れば覚えるよ。それだけの話さ」
エアロさんのプライドに触るのかちょっと語気を強めた。
さすが職人、目にもなんだか力が入っている。
「こいつは借りておくよ、それでいつまでに必要なんだい?」
「それは一着しかないので出来るだけ早く返して欲しいです。作るのは早ければ早いほどいいですが、まぁいつでも。あと同じものが三着は欲しいです」
汚れるのが作業着の仕事だし魔物と戦うとなればどうなるかわからないので今ある分も合わせて4セットは欲しい。
「見るところは限られてるからこれは明日の朝には届けさすよ。今はどこも手が空いてるから・・・三日ほど待ちな。そうすれば無理なくしっかり仕上てやるよ」
三日か・・・思った以上にかかるな。でも一日一着と思えばそんな物なのかな?
「判りましたそれでお願いします。それでお金は?」
「手付けで金貨1枚だね。あとはどれだけ再現できるかにかかってくるから後で請求させてもらうよ。場合よっちゃ白金貨半枚は覚悟しときな」
金を貯めたい身としてはかなり痛い出費だが仕方ない。
ひとまず金貨を一枚手付金として渡す。
「むー・・・」
その様子を見ながらサラが複雑な表情で何やら唸っている。
「どうした?」
「なんでもない!」
プイっと横を向いてしまう。
分け判らん。
それを見てエアロさんが笑いだした。
ほんとどういうこと?俺がさらに首をかしげていると笑っていながらも教えてくれた。
「はっはっは、あんたは女心を知るべきだね。嬢ちゃんが苦労して貯めた金で買った服は金貨半枚さ。それでも一般街の住人なら充分高級品さ、なのにあんたは手付けの金貨をあっさり出してさらに白金貨半枚を値切りもしないで出そうとしてる。冒険者だったら金貨を躊躇いなく出せないようじゃ三流もいいところってわかっちゃいるんだろうが心中複雑なのさ」
あ、そういうこと。冒険者の武器類は金貨ばっかりだったからあんまり意識しなかった。
馬車でお金の価値がわかったと思ったがまだまだのようだ。
サラは「違うもん!」とか子供のように言っているがどうやら本当のようだ。
さて、まだまだ宿で生活することになる俺。その宿屋の従業員と険悪なままというのも困る。
となれば手段は一つ。
「そうですか、金貨を出せる冒険者が当たり前と。なら当たり前に金貨が出せる身としては美しい女性に服の一つでもプレゼントさせてください」
出来るだけ気障ったらしく、ユニークに、格好付けて。
ついでに剣を捧げる騎士のごとく膝も付いてみる。
二人とも突然の俺の行動に目を丸くするが。
「あははは」
「兄ちゃん。はっは、似合わないから、はは、やめときな」
男としては微妙だけど笑われたら成功。たまにはピエロになることも必要です。
「酷いなぁ、精一杯がんばったのに」
立ち上がって苦笑い。
「ありがとう。気持ちだけ貰っとくわ」
でも良かった機嫌は直ったらしい。
「嬢ちゃん、せっかくだから貰っときな」
「ううん、いいの、自分でがんばって買うから」
「そうかい、あたしとしたら仕事が入るからうれしいんだがね」
本音は無駄使いしたくないんだからあおらないでくれ。
しかし、エアロさんもあまり本気じゃないのかすぐに諦めてくれた。
それから念のために俺の採寸を行って工房を後にした。