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異世界の生活は原付と共に  作者: 夢見月
第一章 原付「俺様の戦いはこれからだぁ!!」
11/32

原付「お掃除ご苦労さまです」

 コンコンと扉がノックされる音で眼が覚めた。


「知らない天井だ・・・って二回目はつまらないな」


 そういえばノックの音で眼が覚めるのは大学時代の学生寮以来かもしれない。

 少しだけ昔に浸ってみたり。


「リョウさん?起きてください」


 再度のノックのあと扉越しの篭った声が聞こえた。

 たぶんサラ嬢の声だ。


「今、起きた。ちょっとまって」

「はい」


 携帯の時計を確認。

 すでに9時半を周っている。

 だいぶ寝過ごしてしまった。

 しかしそのお陰で疲れは無い。

 完全に抜け切っている。

 一応確認のために魔術を使用。

 

「スモール・アイス」


 イメージ通りの小さい氷が出現。

 顔に当てて寝ぼけ眼を一瞬でパッチリさせる。

 ふー、冷たいけど気持ちがいい。

 今日も問題なく魔術が使えるっと。安心した。

 原付の残っているサイドミラー(右)で顔を確認。

 少し髭が生えているが何時もどおりの冴えないメガネ顔。

 ニヤリと顔を歪めてみる。・・・気持ち悪い。馬鹿みたいだ。

 服を一通り確認、形も匂いも問題なし。

 ただ作業着はすでに三日目、そろそろ洗濯しないと気分的に嫌だな。

 そこまで考えて待たせていることを思い出して扉を開けた。

 待っていたのはやはりサラ嬢だった。


「おはよ。リョウさん。良く眠れた?」


 笑顔が眩しいぜ・・・って程じゃないが朝から清清しい健康的な顔が見れた。

 うん。今日は良い日になりそうだ。ニュース番組の星占いなら確実に二位だな。


「おはよう。旅の疲れが出たのと料理がおいしかったからぐっすりと、まだ朝食は食べれる?」

「うちは言ってくれれば何時でもだすよ。ただその前にやって欲しいことがあるんだけど・・・」

 

 ありゃりゃ?顔が曇った、しかも俺にやって欲しい事?

 何かしたっけ俺?


「なんですか?」

「とりあえず食堂に来て。それでわかるから」


 食堂?ああ、昨日の酒場のことか。

 夜だけが酒場扱いなわけだ。

 俺は頷いて少し早歩きのサラ嬢に後ろについて食堂に向かった。




「旦那~兄貴をゆるしてくだせぇ~」

「お願いです旦那~」

「おや、やっと来たかい。こいつを早くどうにかしてくれないかい?昨日から邪魔で掃除が出来ないんだよ」


 そこには泣きっ面の取り巻きA,Bと昨日見たおばちゃん、それと昨日最後に見た姿そのまんまの髭もじゃだった。


「リョウさん、さすがに昨日は反省の意味も込めてこのままにしたけど、さすがにずっとこのままだと私達も困るわ・・・」


 いやぁ・・・なんとまぁ呆れた。

 まさか誰も助けないなんて・・・。

 でもシャドウ・スナイプって部屋の明かりが消えたら自然と解除されると思ったのに。

 だから昨日はお礼参りされるんじゃないかと思って警報トラップしかけたんだけど、実際は髭もじゃが動けず取り巻き達もここで様子を見続けるしかなかったというわけだ。

 俺は床に刺さっているナイフにちらりと視線をやると完全に影は消えていた。

 推察すると、込めた魔力のせいで影が無くても作用しているようだ。

 というか普通にこんなことできたことに驚ろいたぜ。

 昨日は怒りに任せて何とかなるよ!的にやっただけなのに。

 さてどうしようか・・・そうだなここは。


「なんのことですか?ずっとぎっくり腰のおじさんを放っておくなんてみなさん冷たいんですね?」


 確かこういうことになっていたはずだ。

 俺の発言にみんながそんな!という眼で見てきた。

 流れ的にそうなってるんだからしかたないじゃん?


「旦那~おねがいです。勘弁してくださいこの通りです~」

「ダンナァ~」


 取り巻きA,Bともに土下座。

 初めて見たよ生土下座。

 うはぁ!ちょっと気分いいかも。頭でも踏んでやろうかな。


「リョウさん。さすがにそれはかわいそうすぎない?」

「邪魔でしかたないんだよ?何とかしておくれよ」


 そういう宿屋組み二人に俺はニコリ笑いながら言っておく。


「二人ともというか、特にサラさん、あなた冒険者のケンカには関わらないとか言っておきながら牛乳なんか出してしっかり煽ってたでしょ?しかも今は仲裁してるし」


 サラ嬢の顔が明らかにしまったと引きつる。

 あの時水でも、果実水でもあったはずだった。

 酒場に入ったときアルコール以外の飲み物があるのは眼に入っていた。

 なのにわざわざケンカを誘発しそうな牛乳を出してる時点で悪意がありすぎだ。


「えっと、それはぁ~その~ねぇ?」


 へへへぇ~と笑って誤魔化していが、おばさんは困った子だよという風に見ていた。

 そしてため息を一つしてからこっちに顔を向けて頭を下げた。


「すまないね兄さん。実はこれはギルドの試験みたいなものなんだよ」


 ・・・なんですと!?

 驚いた俺だったがひとまず黙って話を促す。


「ここいらへんの宿屋に新しくギルドに入りたい奴が来た場合はケンカがあっても余程のことが無い限り手助けしないで様子を観察して知らせるようにってのがあるのさ。本当はそれだけなんだけど、たまにこの子みたいにわざとケンカを煽る場合もあってね。ほんとすまないね」


 まじかよ・・・。そんな慣習があるなんて気が付かないって。

 冒険者ギルドの街だからってそこまでやるとは思わなかった。


「それで、このおっさんはギルドに依頼された冒険者ってわけですか?」

「さすがにそこまでしやしないよ。あくまで観察して報告するだけさ。ただしここいらの冒険者はこういうことが行われていることは知ってるからね。あんたが部屋に行っている間にどのチームが試すかってのは話しあってたんだよ」


 ・・・あそこにいた連中全員がグルだったのか。


「そうですか。でも俺がギルドに入っていないって良く分かりましたね?」

「あんた宿帳に書くときギルドカード出してなかったろ?組合に加盟している宿屋にカードを出したら少しは安くなるって説明受けるんだよ。忘れてても絡まれた時点で試されてるって思い出すはずさね、それも無いんだから完全に素人ってことさ」


 うう、まじかよ。そんなのあるなんて分かるわけないっつうの。

 しかもこれだけ聞けばサラは最初から思わせぶりなこと言って俺にケンカさせようと仕向けていたわけだ。チクショウめ。


「それで、俺はなんと報告されるわけです?」

「そうさな。周りに対する被害の配慮がみられ、感情より理性的であることから慎重な依頼に向くと思われるが、反面怒ると手の付けられない可能性があり、特に騙されることに強い不快感を示す様子。こんなところだね」


 ・・・微妙だな。

 最後だけするどいけど周りに配慮したことじゃなくて面倒と揉め事が嫌いなだけ。

 感情より理性というが命の危険がなかったから感情を優先させる必要がなかっただけだ。


「魔導師でどういった道具を使ったとか強さは報告しないんですね」

「あくまで私達がみるのは危機にどう対応するかという人間性だけさ。どういった方向の依頼を将来受けさせるかっていう指針になるからね。強さなんかは二の次三の次、それで問題になるのはあんたらが死ぬかどうかってだけさ。とは言ってもあんたはランクCの冒険者をあの場にいた奴らに気づかれること無く倒せる腕があるってことは知れ渡っちまったがね」


 正直ギルドに入るのを辞めようかと思うくらいに失敗の嵐だ。

 静かに平穏に金を溜めて自堕落に生きようと思ったのに・・・。

 はぁ。ため息しか出ないよまったく。


「わかってくれたらこいつを何とかしてやってくれ」


 それを合図に土下座二人も再度頭を下げる。


「この人剣を抜いたでしょ、それってケンカじゃ当たり前なんですか?」


 俺はそれを無視して質問した。

 これが一番気になる。刃を向けられた以上どうしても相応の対応をしないといけなくなる。


「こいつは怒りやすいからね、あんたが煽ったせいもあるがケンカだったら抜かないのが決まりみたいなもんさ」


 煽ったつもりは全然無いがそれを聞いて安心した。

 とりあえずこの髭もじゃが馬鹿なだけだったらしい。


「煽ったつもりはありませんよ。俺は平和主義者なんです。だから殴られるまでは無視しましたし、事実しか言ってません。勝手に怒って剣を抜いたから自分を守るために殺すことにしただけです。それよりお腹が空きました、朝ごはんを出してください」


 俺はそう言ってカウンターに腰掛けた。

 しかし俺の言葉に全員が呆然としている。


「ちょっと待って!?今殺すことにしたって・・・」


 サラが青い顔で俺の言葉を繰り返した。


「ここでは剣を抜いては駄目、それなのにこの人は抜いた。つまりそんな人に私が反撃した所で罪に取られることがない。だからもうぎっくり腰で動けなくなったとか嘘つく必要はないでしょ?周りの人達のおかげで俺が何かしたって事は知れ渡ったのもあるし。ああ疲れた」


 ご飯~ご飯~っと軽く口ずさむ。


「そんな・・・。旦那待ってくださいよ!」

「お願いだぁ~兄貴を助けてください!!」

「あんたらもさっきから旦那旦那って、俺はあんたらを嫁に貰ったつもりも無けりゃ、年もいってない。不愉快だから黙れっての」


 仕事始めてから妙に年上に見られるからコンプレックスなんだ。まったく。

 さらに俺は未だに動けないでいる髭もじゃに顔を向けて話しかけた。


「新人いびりはとっても楽しかったでしょうね。それも今日で最後です。余計なちょっかいと短慮じゃなけりゃ長生きできたでしょうに残念でしたね。死んでしっかり後悔してください」


 ニヤリと笑みも追加してあげた。

 さっきからの会話で青くなっていた顔が白くなりさらに涙が流れていく。

 眼と口が必死に何かを訴えかけてくるがそれも無視。

 あとは鼻歌交じりでご飯を要求。っと。

 静まり返った食堂に俺の歌だけがしばらく流れたがそれは笑い声によって止められた。


「はっはっは。若いのに人が悪いな。ほら飯だ。これ食ったら意趣返しもそれくらいにしてやってくれ」


 出てきたのは店のマスター。

 年齢は50代くらい。少し肥えているが元がいい男だとわかる中々の顔をしている。

 天辺の黒い髪が減っているのが少し残念だが。


「ばれましたか?」


 遊ぶのもいいがお腹も減ってるし疲れたのであっさりとばらす。

 だまされるのは大嫌いだがだますのは大好きだ。


「ワシも長年宿屋をやっているから人を見る目があるつもりだ。あんたは騙されるのが嫌いで、許せないから仕返しをした。そうだろ?さっきこの部屋に入ったときそいつが動けないでいるのを見て驚いていたからな」


 よく見てらっしゃる。

 マスターがいるのに気が付かなかったから表情は隠して無かったよ。


「その通りです。こっちが騙されるだけってのは楽しくないですから。少しくらい楽しんでも罰は当たらないでしょう?」

「その通りだ。ワシは新人を試すやり方が嫌いでね。普段口は出さんことにしてたがすっとしたぞ」

「そいつはどうも。私も同感ですよ」


 二人で笑いあう。これは愛想笑いじゃない。

 他の五人はあっけに取られたり力が抜けてへたりこむなりしている。

 騙される気持ちが分かったかっての。バーカ。


「とりあえず腹ごしらえしたら解除します。一応言いますけど二回目は問答無用で殺すから覚えておいてください」


 目の前の料理に眼を奪われながら言葉だけを投げる。

 A・Bともにへへーとひれ伏す声が聞こえ「やっぱり魔導師だ・・・」とサラの嫌な呟きが聞こえたが続いて頭を叩く音がした。




 まったくここの料理は美味しいね。

 朝ごはんはスクランブルエッグにソーセージ、サラダとパンはデフォルト。

 飲み物は牛乳ではなく果実飲料。中身は不明だけど黄色で甘くて美味しい。

 シンプルだけど何かコツがあるのか素材がいいのか旨かった。

 ふぅ。わざとゆっくり食べ終えて立ち上がる。

 A・Bは土下座のままだった。別にいいのに。気分はいいけど。


「さてと、それじゃ解除しますかね」


 俺の言葉に二人が泣き笑いで顔を上げた。汚い顔だ。

 そして再度へへーとひれ伏す。

 椅子に座っていたおばさんもサラも待ってましたと立ち上がった。

 おじさんは厨房にいて出てこない。


「一言だけ。ここであったことは誰にも言わない。約束できますか?」

 

 全員頷く。

 しかし、みんな真面目な顔をしているのにサラだけは興味深々と顔に書いてあって微妙に心配になる。

 うーん、でも、まあいいや。

 髭もじゃにも顔を向ける。


「おじさんもです。もし解除した後に切りかかってきたり、誰かに話したりしたら殺して・・・いや、苛めてあげますからそのつもりで。分かったのなら目を下に。理解できないなら横にやってください」


 じっと目を見つめると、髭もじゃの目は確かに下に動いた。


「あと、ちゃんと体洗ってください。臭いです。そっちの二人も」


 また眼が動く。二人も頷く。

 さてと。俺はしゃがんで刺さっていたナイフをひょいと引き抜く。

 すると魔術が切れたのかあっさりと髭もじゃは床に崩れ落ちた。

 A・Bは兄貴!と駆け寄って様子を伺っていく。かなり荒い息をしているが生きているみたいだ。

 よかった・・・え、いや、違う。

 ちっ、そのまま死ねばよかったのに。


「たったそれだけなんだ。誰が触っても抜けなかったから怪しいとは思ってたけど・・・」


 サラが引き抜いたナイフをしげしげと眺める。

 この子は分かってないのだろうか?俺はナイフを手渡して言っておく。


「詮索は禁止。さっきのはそういう意味もありましたよ?」


 ちょっと眼を細めてみる。


「う、うん。何も知らない聞かない分からない!!」


 ぶんぶんと首を振る。うんうん、物分りの良い子だ。

 好奇心は身を滅ぼすってね。


「それじゃ私は出かけます。部屋の掃除お願いしますね。あと魔道具には触らないように」

「わかったけど持っていかないの?魔道具でしょ?」

「ギルドの登録にいって市民権を買うだけですから。っとお金持っていかないと」




 俺はいったん部屋に戻り鞄にお金と魔石をつめて必要な準備をする、ついでに野菜とかも持ってくる。

 三人組は水を飲ませたり、タオルで汗をぬぐったりと何やら色々とやっていた。

 もう、特に用事が無いので無視して、サラに持ってきた野菜を渡しておく。


「これ、旅で用意していた野菜とかですけど、しばらくここにいて使わないので貰ってください。品質は大丈夫だと思います」

「ありがとう。うん、見たところ大丈夫みたいね。夕食にでも使わせてもらうわ」


 サラは中身を少し覗いてみて言った。


「お願いします。・・・あとそこの三人組!」


 ふと思いついたので三人組に声をかけた。

 俺に声をかけられると思ってなかったのかビクッと驚いている。

 何もそこまで警戒して驚かなくても・・・。


「冒険者ギルドに登録できる場所と市民権が買える場所、魔石を高く買ってくれるところを教えてください」


 一瞬顔を見合わせる三人組。

 ほんのちょっとお見合いを続けたが青白い顔をしたままの髭もじゃが口を開いた。


「ギルドは店を出て北側に大通りを進めばすぐだ。看板が出てるから分かるはずだ。魔石は物によってはオークションに出すべきだが市民登録してなきゃできない。今はそのままギルドに売るべきだ。あと市民権もギルドで買える。代行手続き費用がかかるがな」


 なるほど、しかし辛そうだったがこれだけ喋れるなら全然大丈夫そうだな。


「そうですか。ありがとうございます」


 一応礼を言ってから扉に手をかけた。


「・・・すまなかったな」


 小さい呟きのような謝罪だったが背後から確かに聞こえた。

 少し立ち止まって手だけで答えて俺は外に出た。

 案外いいおっさんなのかもね。臭かったけど。

 俺の顔に少しだけ笑みが浮かんだかもしれない。

 



 外は沢山の人で賑わっていた。

 太陽に明るく照らされたヨーロッパ風の町並みはすごく美しかった。

 歩いている人たちも元気一杯溢れてますといった感じだ。

 人種の坩堝と化した大通りに思わず眩暈が起きそうになる。

 夜見たのとは違う、朝の光景。

 活気の溢れる世界に顔もほころび、背筋も自然と伸びる。

 それでは行きますかね。

 左は南。右は北と道をしっかりと確認してからと歩き出す。

 宿屋と酒場だけかと思ったが商店も沢山並んでいた。

 服や鎧を売る店。

 剣や槍を売る店。

 宝石店に雑多で意味不明な道具を売る店。

 保存食や旅の道具を売る店。

 どれもこれも興味を引かれる店ばかり。

 こうなると帰りはウィンドウショッピングを楽しむのもいいかもしれない。

 あっちこっちと頭を左右に振りながら歩いているとすぐに冒険者ギルドに到着した。

 剣、槍、弓、杖、筆。

 それらが五角形に配置された大きな看板が掲げらた白い建物。

 辺りの建物より二階分でかい。庭があったらどこのお屋敷だといわんばかりに豪華で綺麗な建物。

 周りも綺麗でゴミも落ちていない。

 ギルドの前は多くの冒険者がたむろしていて邪魔ではあるが荒れている雰囲気は一切無い。

 本当にここは冒険者ギルドか?

 看板的にここだと思うが疑問に思ってしまうほど綺麗なところだ。

 かなり悩んだがとりあえず中に入ってみる。

 中は大きなホールになっていてダンスでも出来そうだ。

 天井には綺麗な絵とシャンデリアがあって、どこのお城だよ!と脳内で突っ込んでしまった。

 しかしまぁなんというかイメージと全然違う。

 冒険者ギルドって荒くれ者の冒険者達が値踏みの視線を送りまくってケンカが耐えない場末の酒場といった汚らしい混沌としたところだと思っていた。

 もしかして間違った?

 そんな言葉が頭を過ぎるが、とりあえず正面の受付に近づいてみる。


 「冒険者ギルドにようこそ!どのようなご用件でしょうか?」


 清潔感のある女性用のスーツといった感じの衣装を身に着けた女性が大企業の受付なみにすばらしい笑顔を向けてきた。

 しかも清楚系美人とか。

 ギルドで間違ってなかったけどかなり面食らう。

 俺が戸惑っていると先んじてくれた。


「初めての方ですね。ご登録でしたらこちら。右手の方向、階段を上がって二階の左手二番目の扉の中にある手続きカウンターになります。依頼の発注と受注でしたら左手のご依頼カウンターでお申し付けください」


 手を向けて綺麗に案内してくれる。

 完璧すぎる。なにこれ。


「え、ええとギルド登録と市民権を買いに。あと魔石を売りに・・・」


 駄目だ。半引籠りだった俺にはこれは強敵すぎる。

 仕事でそういうところにも行ったことあるし誤魔化せてたけどイメージとのギャップが酷すぎて旨くつくろえない。

 完全にあがってしまっている俺に受付嬢は笑顔を崩さない。


「魔石でしたら右手方向、階段を横を通りました一番奥にあります依頼終了窓口で、その他の素材や薬草類と一緒に買取を行っていますのでそちらに提出してください。市民権はギルド登録と一緒に手続きカウンターで行えますのでそちらにお越しください」


 ぐはぁっ。血を吐きそうになるほどの完璧な対応。

 舐めてたぜ冒険者ギルド。

 俺を騙したとは思えない美しい先制攻撃。

 き、気を引き締めねば。

 内心で息をすって活をいれる。


「完璧な対応ですね。びっくりしました」

「ありがとうございます」


 俺の賛辞にしっかりと頭を下げる。


「冒険者ギルドってもっと荒れているところかと思ってました」


 思ったことそのままに聞いてみる。


「地方の小さな街や村でしたら酒場や宿屋に委託しているところもあってあまり対応の良くない場合もございますが、ここは王都。この国のギルド本部があるところです。それ相応の対応をさせていただいております」


 受付嬢は胸をはって答える。

 なるほど。確かにそうだわな。どんな会社でも地方の支店と本店じゃ差があって当然だわ。


「失礼、そうですよね。案内ありがとうございます。とりあえず魔石を売って登録しに行ってきます」

「はい、お気をつけて」


 お辞儀でのお見送り。

 俺は緊張しながらも気分良く向かった。





 中は本当に綺麗で所々に坪や絵などの美術品が置かれている。

 日本のおしゃれな美術館と言われても全然違和感が無いくらいだ。

 窓も大きく取られていて明るく綺麗で暗い雰囲気がまったく無い。

 剣や槍を持った大きな男やローブ姿の魔導師が闊歩しているのに荒れもしないとは・・・。

 辺りを観察しながら大きな廊下を抜けると広い部屋に出た。

 体育館、バスケットコート四面は入りそうな部屋で天井も高い。

 少し騒がしいく人も多い。

 あと臭いも雑多でちょっとクラっとした。

 壁の周り一面を残してコ型のカウンターになっており、そこで手続きが行えるようだ。

 一面開いた先は大きな扉が開けっ放しになって外へと繋がっている。

 外はかなり広い庭になっていて馬車ごと運び込まれた荷物が清算されているようだ。

 そして雑多な臭いの原因は持ち込まれた荷物ようだ。

 ざっと見ただけで馬鹿でかいトカゲの生首とか、人の体した木とか、何かの目玉とか、たとえようの無い緑の塊とか、正直グロ耐性が無ければどうにかなってしまいそうなものばかり。

 ここは黒魔術用アイテム市場ですと言われても即座に納得できてしまうような場所だ。

 そして一番驚きなのが受付やってる三分の二が女性。

 さっきの受付嬢と同じ衣装を着て笑顔で魔物の腕とか鱗とかを扱っている。

 なんという仕事に対する熱意というか職業意識というか。

 さすが冒険者ギルド。

 とりあえず開いているカウンターに向かってみる。

 そこに座っていたのはお下げ髪のギルド嬢で何か書類に書き込んでいたがすぐに気が付いて笑顔で挨拶してきた。


「魔導師様、お疲れ様です。ギルドカードと依頼主からの証明証。なにか換金アイテムがあればお出しください」

「えっと。初めてここに着たんです。登録はまだしてなくて、魔石の売りたいのですが」

「そうですか、失礼しました。それでは身分証明証と魔石をお願いします」


 俺は頷いて持ってきた身分証明証と魔石を全部出す。

 ギルド嬢は魔石を見て軽く眼を見開く。


「これは綺麗な魔石ですね。しかもかなり大きい、二等級はありそうですね。失礼ですがこれをどちらで?」

「師匠が旅の旅費にとくれたんです。こんな魔石が取れるくらいのランクまで早くなりたいものですよ」


 やっぱり気になるらしい。無駄な詮索を避けるためにいつも通りの嘘を言っておく。

 受付嬢も納得という感じで頷いた。


「そうですか、鑑定しますのでしばらくお待ちください」


 そう言って色々と調べていく。

 メジャーのようなもので大きさを測ったり、形を眺めたり。

 俺にはどんな意味があるのか分からない道具で調べたり。

 本を取り出して見比べたりしている。


「私も二年くらいここで仕事していますが二等級でこれだけ綺麗なものは始めてみました。少し前なら安く買い取れたのですが、今は色々と需要がありまして高騰しているんです。魔導師の方々は少し苦労しているようですが」

「貴族の娘さんにですか?」


 すぐにオレリイさんが言っていたことを思い出したので聞いてみた。


「知っていましたか、ですがそれ以外にも色々と物騒な話もあるんですよ。北の王国と戦争になるからとか、魔導師ギルドが怪しい実験のために買い集めているとか。大小はありますがいつでもあるような噂と言ってしまえばそうなんですけどね」


 話をしながらも調べる手を休めない。

 全部調べるのに5分ほどかかったけど見ていて感心するほど手際のいいものだった。


「それにしてもここはすごいですね」

「やはり驚かれますか?地方から出てきた冒険者さんはそうみたいですね。私は残念ながらここしか知りませんが」

「女性が多いのも驚きです。魔物の腕とかそんなのを扱っているので男性ばかりかと思っていました」


 俺の質問にギルド嬢はクスクスと笑った。


「ここは確かにきつい職場ですが、町の女性にとってはいい所なんですよ?将来有望な男性が見つかるかも知れませんから」


 頭に疑問符が浮く。

 首をかしげている俺を見てギルド嬢は笑って話してくれた。


「結婚すると男性の市民権が女性の市民権になるんです。ここだと有望な冒険者は一足飛びで3等市民になりますから。今のうちによいお相手と出会っておいてあわよくばと考える人が多いんですよ。だからギルド職員には女性が多いんです。純粋にお給金が良いというのもありますが」


 なんという肉食系女子達。恐ろしや恐ろしや。

 そうだ、少し意地悪な質問をしてみようかな。


「あなたはどうなんですか?」

「私も良い人がいればと思いますが他の子達ほど積極的にはなれませんね。荒くれ者も多いですし上の街に行っても苦労しそうですから」


 市民権が高くなれば富裕街に、そして富裕街には富裕街での付き合いがあるんだろう。

 そんなところにぽっと入れば確かに苦労しそうだ。

 でも、俺には関係ないね。デカイ家と美しい奴隷に囲まれさえすれば、村八分でも気にしない。


「・・・そうでしょうね。でもそんな話してもいいんですか?」

「ここだとみんな知ってますよ。『男がいい女と結婚したければギルドに行け、ただし尻にしかれないように注意しろ。彼女達は爪を隠したドラゴンだ。Aランクでも敵わない』ってね」


 それだけ言われるなんて・・・、かなり体験談が入ってないか?

 残念ながら俺は結婚するつもりがなく奴隷買ってウハウハするつもりだから関係ないけど。


「さて、出ました」


 綺麗に魔石が並べられて説明される。


「二等級の茶魔石は白金貨2枚と金貨25枚。こちらの三等級の魔石12個は一つ金貨22枚合計で金貨264枚になりますがよろしいでしょうか?」


 ユエちゃんやオレリイさんが言っていたより多分高くなった。

 うろ覚えではっきりしないけど。


「それでいいです」

「はい。お支払いは白金貨でよろしいですか?」

「はい、どうせ市民権を買うのに使いますから」

「分かりました。白金貨4枚と半枚。金貨39枚になります。しばらくお待ちください」


そうして一回席を離れてすぐに小さな袋を持って帰ってきた。


「こちらになります。お確かめください」


 さっと袋をあけて数える。うん、問題なし。ちゃんと入っている。

 礼を言ってから立ち去ろうとすると。「待ってください」と引き止められた。


「なにか忘れてましたか?」


 ちょっと不安になった。手続きミスでもあったか?


「はい、私の名前はノルト=キイノです。縁があればまたお願いします。紳士な魔導師様」


 立ち上がってお辞儀。

 ・・・そういうことか、本当に油断ならんね、狙わないと言っておきながら・・・。

 俺も軽く頭を下げて返礼してから部屋を出て行った。

 次の目的地は二階の手続きカウンターだ。

 幅の広い階段を上がり左側の二番目の扉。

 幸いにも扉は開いていてから部屋に入るのに無駄に緊張する必要は無かった。


「ようこそ。各種手続きはこちらで行っています」


 妙齢のギルド嬢がにこやかに挨拶してきた。

 部屋は学校の教室くらいで、下の喧騒が聞こえない。

 椅子も幾つか置いてあって銀行の窓口といった感じだ。

 中は職員だけで他に手続きをしている人はいなかった。


「ギルド登録と市民権を買いたいんですが」

「はい、こちらへどうぞ」


 招かれたカウンターの椅子に腰掛ける。


「はじめまして。今回担当させていただきますノイン=フィテスといます。よろしくお願いします」


 やっぱり丁寧だ。

 しかもロングの黒髪の和風美人。絵になるなぁ。


「まずはギルド登録からさせていただきます。身分保障証をお願いします」


 はい、と返事をしながらポケットからプレートを取り出して渡した。


「お名前はリョウ=ノウマル様で間違いないですね」

「はい」

「登録の前にご説明させていただきます」


 話は長かったので大まかに割愛。

 言われたことはグエンさんから聞いたランクについてや依頼について。

 ランクが上がれば富裕街のギルドへ行ける事や、ギルドからの指名依頼が入ることもあるとか、ランクがあがれば市民としての等級もあがるとか、依頼料の10パーセントはあらかじめギルドに入るとか、その分で事前に仕事内容を調べたりもしてくれるみたい。

 他はギルドに規約があってそれを破ると罰則もある。例えば街の人に意味も無く怪我を負わしては駄目とかね。

 正直多すぎてやばい。

 覚えきれるか!説明だけで30分は聞かされたよ。

 そして驚いたのは職員さんが全部何かを見ること無く説明しやがったことだよ。

 よく覚えてるな職員さんは。


「以上になります。理解できましたでしょうか?」

「うう、正直いっぱいっぱいです・・・」


 唸ってる俺の様子がかなり可笑しかったのか上品に微笑んでから職員さんは続けた。


「ふふふ。全て覚える必要はありません。ほとんどが普段ならどうでもいいことですし分からないことがあればその時聞いていただけたらお答えしますよ」


 本当に優しくて丁寧だ。

 もしかしたら日本の役所より丁寧じゃね?

 ファンタジーな中世的世界だから日本と比べて見下してたけど見直さないけないかもしれない。


「それでは登録料は半銀貨かギルドからの依頼になりますがどちらにしますか?」

「半銀貨でお願いします」


 カウンターに一枚置く。

 ノイン嬢が色々紙に書かいて最後にこちらに向けてくる。


「それではこちらにサインをお願いします」

「すいません字がかけないんです」

「それは困りました。これだけは直筆じゃないといけないので・・・そうですね。こちらに私が字を書きますからまねをして書いてもらえませんか?」

「分かりました。助かります」


 ノイン嬢が別の紙に文字を書く。

 さっきまでの文字と違い微妙に硬い。

 どうやらさきほどまで英語の筆記体のようなもので書いていたらしい。


「こちらがリョウ。これがノウマルになります」


 次数は三文字と四文字。

 日本語と同じで読みと字数は一緒っと、文字自体も難しくは無いな。

 それをまねて何とか署名をする。


「こちらはお持ち帰りください。署名は度々必要になることがあると思いますので」


 ノイン嬢が書いた紙を貰う。これはかなり助かる。


「ギルドカードの発行は明日の昼までかかりますので又後日いらしてください。続いて市民権の販売ですが、代行手続料に金貨一枚かかりますがよろしいですか?」

 

 これも聞いてたから頷いて了承。


「それではどの等級をお求めですか?」


 今俺が持っているお金は白金貨5枚と半枚、金貨が50枚と半金貨が12枚、銀貨が200枚ほど。

 残りは銅貨が大量。

 ご飯は朝夕と二ヶ月は気にしないでいいけど、色々入用になったら困るから使えるのは白金貨5枚までかな。


「白金貨5枚で買えるのってどの等級ですか?」

「それですと三等級で白金貨1枚となります。次の二等級は白金貨10枚になりますから」

「ちなみに一等級は?」

「白金貨100枚です」


 なんとまぁ先はかなり遠い・・・。

 二級の魔石で約50個。依頼を受けずに倒しまくるにしてもかなり苦労しそうだ。

 上の街。富裕街で生活したいから二等級でもいいけど、できれば一番上がいい。


「それ以上は無いんだ?」

「特一級がありますがこれは何か多大な功績を残した場合にのみ与えられます。冒険者ギルドだとSランクになるとかですね。それ以上は貴族階級に入るしかないです。例えば婿入りするとかですね。でも、身分的には貴族のほうが上ですが、内外的に一級でも名ばかりの騎士爵や男爵よりは上に見られますし、特1級になれば候爵より上で公爵とも対等に話せますよ。小国程度ならSランク冒険者一人でその国の騎士団と渡り合えるといいますからある意味当然かもしれませんが」


 Sランク恐るべし・・・。

 中二病ネームは伊達じゃないということか。

 でも、そっか、そうなるとランクを上げるのも考え物だな。

 ギルドからの指名依頼とかもあって面倒みたいだし。

 そこらへんはうまく避けていかないと。


「聞くことは失礼にあたるかもしれないので答えられなければそれでいいのですが、ここの職員の方々はランクとか等級はいくつなんですか?」

「ここにいるのは三等以下ですよ。それ以上は上に住んでいますから。ここのギルド長だけは特1等を持っています。クラスについてはギルドから特別Cクラスを貰っています。依頼を受けれない名誉クラスです。男性の職員の中には元冒険者もいらっしゃるのでそれより上のランクという場合もありますが」

「そうですか、教えていただいてありがとうございます。お金も足りないので三等級でお願いします」「はい、わかりました」


 もう一度署名してお金を払ってまた説明を受けた。

 今度は一時間近くかかった。またしても何も見ないで説明する職員さん。

 二回目になるが良く覚えているよ、ほんと。

 これらも聞いていたことと知らないことが色々、家を買うには市民権が必要とか奴隷を買うにはうんぬんかんぬん。

あとは一般的なことがほとんど。結婚したらの話もあった。

 ちょっと驚いたのが税金は支払いに行かないといけないが、ギルドに登録していると依頼料から引いてくれたりもするって。便利だね。


「お疲れ様でした。こちらの市民証も明日にはできていますので後日取りに来て下さい」

「わかりました。ありがとうございます」


 俺がそういうとその場にいた職員が全員たち上がって俺の方を向いた。


「私達『冒険者ギルド』は新しい仲間を歓迎し、これからの活躍に期待します」


 そして一斉に礼。

 いきなりのことだったから無茶苦茶びっくりした。

 向こうでもこういうのは初めてで心底びっくりした。

 フリーズしそうになる頭をなんとか動かして考える。

 えーっとこういう場合は。


 俺も立ち上がって礼


「今だ何も成してはいない若輩者ではありますが、これから皆様の期待に答えられるようがんばっていきたいので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします」


 猫かぶり猫かぶり。なんとか噛まずに言えた。

 アニメや小説も見ておくべきだね。とっさのことだけどこういう場面の言葉が結構あるからとっさに引っ張り出せたよ。。

 しかし頭を上げるとみんなさんびっくりしている。ありゃ失敗した?


「えっと間違いました?」


 俺の質問にノイン嬢は驚いていた顔を笑顔に戻して答えてくれた。


「いいえ、そういった返答をされた方は初めてで驚いてしまって。特に魔導師の方は気位が高いですから。でも嬉しいですよ。そう言ってもらえて」


 好感触でよかった。

 でもやっぱり魔導師か・・・そうだ!区切りがいいからここから訂正していこう。


「俺のことは出来れば『魔術師』と言ってもらえませんか?」

「『魔術師』ですか?魔道師とどう違うものなんでしょうか?」

「ただの言葉遊びみたいなものです。俺がそう呼んでもらいたいっていうね」


 日本だと厳密には違うものであるとされるが、ここでは『魔術師』という言葉は一般的では無いらしい。

 名乗ったところで問題は無さそうだ。


「わかりました。それでは『魔術師リョウ=ノウマル』様これからよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 再度互いに頭を下げる。

 周りから拍手が起こった。

 このときはとても気分がよかったが・・・





 




 まさかこれが後々語られることになる俺の中二病ネーム『灰色の魔術師』や『氷結の魔術師』の原形となるとはそのときは考えもしなかった・・・。















とかナレーションが流れるんだろうか?



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