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「あなたはしっかりしてるから」と言われ続けた私は、実家の鍵を返しました

作者: 七瀬リコ
掲載日:2026/08/19

「みずき、悪いんだけど、お父さんの入院の手続き、お願いできる?」


母からの電話は、いつもこの言い方で始まる。

お願いできる?と聞かれているのに、断るための隙間が、どこにも空いていない。


「あかりは仕事が忙しいから。……ほら、あなたはしっかりしてるから」


私は三十四歳。妹のあかりは二十九歳。父が玄関の上がりかまちで足をすべらせて、太ももの付け根を折ったのは、六月十六日のことだった。


その日から今日まで、病院に行ったのは私だ。書類を書いたのも私だ。

あかりは一度だけ来た。母は一度も来ていない。腰が痛いから、というのが理由だった。


 ◇


病院の入退院支援センターは、平日の午後でも椅子が全部埋まっている。


私は膝の上でバインダーを支えて、入院申込書の保証人欄に自分の名前を書いた。続柄、長女。二枚目は限度額適用認定証の申請の控え。三枚目は入院中の持ち物の一覧。バスタオル六枚、フェイスタオル六枚、蓋つきのコップ、吸い飲み、前開きの寝間着を三組、名前は全部にマジックで。


四枚目は転院先の希望を書く紙だった。五枚目には、退院したあとどこで生活するのかを書く欄があった。まだ何も決まっていません、と書きたかったけれど、そういう選択肢はなかった。自宅、施設、その他。私は「自宅(要相談)」と書いた。


「ご家族の方、ほかにいらっしゃいますか」


窓口の人が言った。悪気はない。ただの手続きの確認だ。


「母がいます。あと、妹が」


「じゃあ転院先のご相談は、みなさんで一度……」


「私が来ます」


言ってから、自分の声のなめらかさに少し驚いた。練習した覚えもないのに、私はこの台詞をもう何十回も言っている。


 ◇


四階の病室に寄った。父は窓のほうを向いて横になっていた。


「お父さん、来たよ」


父は首だけこちらに向けて、「おう」と言った。それだけだった。折れたのは足なのに、この二か月で、父はずいぶん喋らなくなった。


ベッドの脇の棚に、私が持ってきたコップとタオルが積んである。マジックで書いた名前は、全部私の字だ。


「リハビリ、どう」


「まあな」


「転院の話、来週決めるね」


「そうか」


看護師さんが体温計を持って入ってきて、私を見て「今日もいらしてるんですね」と言った。岡西さんだ。この二か月で、私はこの階の看護師さんの名前をほとんど覚えてしまった。あかりは一人も知らない。


帰りぎわ、父が「あかりは」と聞いた。


「仕事」


「そうか」


父はそれ以上、何も言わなかった。父はあかりのことを、いつも一度だけ聞く。私が来ていることには、何も聞かない。来ているのが、見えているからだ。


 ◇


鞄の中でスマホが震えた。あかりだった。


『お姉ちゃんごめん! 今日どうしても抜けられなくて』

『ほんと無理そう』

『お姉ちゃんいるから助かる~』


うさぎが手を合わせているスタンプが、続けて二つ。


私は「大丈夫」と打って送った。三文字。打つのに十秒もかからない。

この十秒を、私はもう二十年やっている。


駅のホームで、今度は母から電話がかかってきた。今日で三度目だった。


「みずき? あのね、お父さんのパジャマ、あれ、洗濯どうしたらいいのかしら」


「病院で借りてるやつだから、洗濯はいらないよ。前に説明したでしょ」


「そうだったかしら。……あかりに聞いても、分からないって言うのよ」


聞いていないのだと思う。あかりは「分からない」と言えば、母がそれ以上聞かないことを知っている。


「じゃあ、お願いね。あなたはしっかりしてるから」


電車が入ってきた。風で前髪が持ち上がった。私は「うん」と言って、電話を切った。


 ◇


私の仕事は、住宅地図の校正だ。


一軒ずつ、表札の名前と、番地と、アパートの部屋数を、前の版と突き合わせる。表札が「渡辺」から「渡邊」に変わっていれば直す。角の家が更地になっていれば、駐車場になるのか、まだ何も決まっていないのかを、外業の担当に確認する。


地味な仕事ですね、とよく言われる。実際、地味だ。

でも、この地図を持って走る人がいる。郵便も、宅配も、訪問看護も、救急車も。番地がひとつずれていれば、誰かの家の前を通り過ぎる。


去年、消防から問い合わせが来たことがあった。現場の表示と地図が合わない、という話だった。調べたら、うちの地図のほうが正しくて、現場の街区表示板が古いままだった。私のミスではなかった。それでも私は三日間、眠りが浅かった。


就職が決まったとき、母は「みずきらしいね」と言った。ほめ言葉のつもりだったと思う。


たしかに私は、間違いを見つけるのが得意だ。

どこで身についたのかも、知っている。


 ◇


実家の二階には、部屋が二つあった。


南向きの、日の入る六畳がぜんぶあかりの部屋で、北側の四畳半が私の部屋だった。あかりは寒がりだから、というのが理由だった。冬の朝、私の部屋の窓は内側が白く曇って、指で押すと水になって落ちた。


高校を選ぶとき、私は自分から近くの県立を選んだ。学費がかからないほうがいいでしょ、と言ったのは私だ。大学にも行かず、卒業してすぐ働きはじめた。五年後、あかりは私立の高校に入り、そのまま私立の専門学校に進んだ。母は「あかりは手に職をつけないと不安だから」と言った。


ピアノは、あかりが「やりたい」と言って始めて、一年半でやめた。私は最初から習っていない。習いたいと言わなかったからだ。言わなかったのは、うちにそんな余裕がないことを、私は知っていたからだった。


成人式の振袖も、あかりのは呉服屋で誂えた。私のときは、母の従姉が昔着たものを直して着た。写真を撮るとき、母は「みずきは背が高いから、こういう古典柄が似合うのよ」と言った。似合っていたと思う。それは本当だ。

ただ、あかりのときに「似合う」という言葉が使われなかったことを、私は覚えている。誂えるのに、理由はいらないからだ。


そのたびに母は言った。


「みずきはしっかりしてるから、分かってくれるよね」


私は分かる子だった。だから分かるふりを続けた。分かるふりを二十年続けると、それはもう、ふりではなくなる。


 ◇


一度だけ、言ったことがある。


二十三の年だった。働きはじめて五度目の冬に母から電話が来て、あかりの専門学校の入学金が足りない、と言われた。私は「なんで私に言うの」と聞いた。自分の声が震えているのが、自分でも分かった。


母は泣いた。電話口で、子どもみたいに泣いた。


「みずきまで、そんなこと言うの」


その日から、私は言わなくなった。

私が何かを言うと、この家では誰かが泣く。泣かれるくらいなら、自分でやったほうが早い。

私がこの家で身につけたのは、たぶんそれだ。


 ◇


父が足を折ってからの二か月で、私がやったこと。


介護保険の申請。要介護認定の訪問調査の立ち会い(平日の午前十時。有給)。主治医との面談(平日の午後三時。有給)。回復期のリハビリ病院の見学が三か所(一か所は土曜、あとは有給)。父の年金の振込先の確認。実家の電気とガスと水道が父の口座からの引き落としだったので、止まる前に母の口座へ変更。庭の水やり。入院着のレンタル契約。おむつの追加注文。親戚への連絡が十一人。それから、母から日に三回か四回かかってくる電話の対応。


有給は今年の分を使い切って、去年の繰り越しに入った。チーフには「家の事情で」としか言っていない。詳しく話せば同情されるし、同情されると、次に休むときに言い出しにくくなる。休む理由を説明する体力も、そのころにはもう残っていなかった。


母からの電話は、たいてい用件が一つで、その一つが五分ではすまない。テレビでやっていた保険の話。隣の家に新しく停まっている車の話。あかりが最近元気がないという話。私は洗濯物を畳みながら聞いて、最後に「で、どうすればいい?」と聞く。すると母は決まってこう言う。


「あなたが決めてちょうだい」


あかりは一度だけ病院に来た。父の手を握って、泣いて、写真を撮って、一時間で帰った。

母はその日のことを、いまでも親戚に話す。


「あかりが来てくれてね。お父さん、ほんとに嬉しそうで」


私が来た日のことは、話さない。話すようなことが、何も起きないからだ。私が来ると、書類が減る。それだけだ。


一度だけ、母に「私、毎週来てるよ」と言ってみたことがある。母は「知ってるわよ」と言った。

知っていて、話さないのだ。話すほどのことでは、ないから。


久美子おばさんは父の妹で、電話をかけてくるとこう言う。


「みずきちゃん、あかりちゃんのぶんまで頼むわね。あの子、昔から要領が悪いから」


私は「はい」と言う。

「はい」は、いちばん短く電話を切れる言葉だ。


 ◇


その週、私は仕事で初めて大きなミスをした。


北のはずれに新しくできた分譲地の住居表示が、六月に一斉に変わっていた。外業の久保さんが上げてくれた報告書は、ちゃんと私の机の上にあった。私はそれを開いて、確認済みの印まで押していた。

なのに、直していなかった。


十七軒。丸ごと、古い番地のまま刷り上がった。


チーフは怒らなかった。それがいちばんこたえた。


「みずきさんが見落とすとは思わなかったから、二次校正、軽くしちゃった。こっちのミスだよ」


違います、と言うべきだった。でも喉の奥が詰まって、声にならなかった。


その日、私は会社のトイレで、声を出さずに泣いた。


間違いを見つけること。それが私の、たったひとつの取り柄だった。

その取り柄まで削って、私はいったい、何を守っているんだろう。


 ◇


土曜日、私は実家へ行った。電車で一時間半。


抱えていったのは、A4のファイルが一冊。厚さは五センチ近くあって、鞄のファスナーが閉まらなかった。


台所のテーブルに置くと、ごとん、と鈍い音がした。


「なに、それ」


母がお茶を淹れる手を止めた。あかりはソファでスマホを見ていて、顔だけこっちに向けた。


冷蔵庫には、私が書いた予定表が貼ってあった。面会の時間、リハビリの曜日、支払いの日。マグネットで四隅を留めてある。

この家のなかで私の字が残っているのは、たぶんこれだけだ。


「お父さんのこと、ぜんぶ」


私はファイルを開いた。インデックスが二十二枚立っている。


「一番が保険証と限度額適用認定証。認定証は八月三十一日までだから、更新の申請がいる。二番が介護保険。要介護二で認定が下りてるけど、退院してリハビリが進んだら区分変更をかけたほうがいい。三番が転院先。三か所の資料と、それぞれの空きの状況。今のところ第一候補が二十日までに返事をくれって言ってる。四番が年金。五番が光熱費。名義はお母さんに変えたけど、口座の残高は毎月見ておいて。六番が親戚の連絡先。誰にどこまで話したか、日付を書いてある。七番が入院費の明細。十番までが病院からもらった説明の紙で、十一番が――」


「ちょっと待って」


母がさえぎった。


「なんでそんな、言い方するの」


私は手を止めた。ここから先は、何度も頭のなかで言った台詞だった。声に出すのは初めてだ。


「私、もう、しません」


台所が静かになった。冷蔵庫の音だけがしていた。


「……お父さんを、見捨てるの」


「見捨てません。私がやるのを、やめるだけです」


「同じことでしょう」


「同じじゃないです。私がやめたら、お母さんとあかりがやる。それだけです。誰も見捨てられません」


「私、六十四よ」


「私は三十四です」


言ってしまってから、少し息が上がった。こんなに短い文で人と言い合うのは、生まれて初めてだった。


あかりが立ち上がった。


「お姉ちゃん、そういうとこだよ」


「そういうとこ、って」


「なんか、怖いんだよ。全部きっちりしてて。私、そういうの、ムリだから。ほんとにムリだから」


ムリだから。

その言葉を、私は数えきれないほど聞いてきた。ムリだから、が言えるということは、代わりにやる人がいるということだ。私はそれを言ったことがない。言ったら、誰もやらないからだ。


「お姉ちゃんはさ」


あかりが、床のほうを見たまま言った。


「私のこと、ずっと馬鹿にしてたでしょ」


「してないよ」


「してたよ。何にも言わないで、全部やって、ため息ついて。あれ、いちばんきついんだからね」


そうかもしれない、と思った。ため息をついていない、とは言えない。

でも、ため息をつかずにやる方法を、私は知らなかった。やめるには、やめるしかなかったのだ。


母がテーブルに手をついた。


「だってあなたは、頼まなくてもできる子だったじゃない」


そこで初めて、母の声が震えた。


「あかりは、言ってあげないと何もできないの。私はずっとあの子が心配で、心配で。……あなたのことは、心配しなくてよかったの。それって、いいことでしょう」


ああ、そうか、と思った。


母は手をかけることを愛情だと思っていて、手をかけなくていいことを、安心だと思っていた。母のなかで筋は通っている。通っているけれど、その筋の下に私が敷かれていた。二十年ぶん、私はきれいに安心されていた。


「お母さん」


「なに」


「私、心配されたことなかったよ」


母は何か言いかけて、やめた。


私は鞄から鍵を出して、ファイルの上に置いた。かちり、と、思ったより小さな音がした。


「合鍵、返します。何かあったら電話してください。出られるときは出ます」


母は鍵を見て、それから私を見た。手は動かなかった。


「みずき」


「はい」


「……気をつけて帰って」


玄関を出るとき、あかりが追いかけてきた。何か言うのかと思ったら、「お姉ちゃん、傘」とだけ言って、傘立てから私のビニール傘を出してくれた。三年前に置いていったものだった。


私はそれを受け取って、頭を下げて、歩きだした。


 ◇


帰りの電車で、窓に映る自分の顔を見ていた。


私は見捨てたのかもしれない、と思った。父は六十八歳で、まだ自分では歩けない。母は六十四歳で、スマホの通知の消し方が分からない。あの家は、私が抜けたら回らない。


回らないことは、知っている。

知っていて、抜けた。


乗り換えの駅で、私はホームのベンチに座って、電車を二本見送った。膝の上に何もないのが、変な感じだった。この一年、実家からの帰りはいつも、鞄のなかに持ち帰る書類が入っていた。


三日後、母から電話が来た。取らなかった。次の日も来た。取らなかった。夜、留守番電話に「あのね」とだけ入っていて、その先は何も入っていなかった。何を言えばいいのか、母にも分からなかったのだと思う。


一週間後に一度だけ出た。母は転院先の書類の場所を聞いてきた。私は「ファイルの三番です」と言った。母は「あなた、冷たくなったね」と言って切った。


この二か月、夕飯は駅で買って帰るおにぎりか、立ったまま食べるパンだった。その夜、私は久しぶりに台所に立った。しめじと豚肉を炒めただけのものを、テレビもつけずに食べた。おいしいとも、まずいとも思わなかった。ただ、明日の朝までに片づけないといけない用事が、ひとつもなかった。


そのことに気づいて、皿を持ったまま、しばらく動けなかった。


食べ終わってからスマホを見た。通知はゼロだった。ゼロの画面を、私はしばらく眺めていた。この二か月、この画面にはいつも赤い丸がついていた。


 ◇


三週間が過ぎた。


あかりから、長いLINEが来た。


『お姉ちゃん、限度額のやつって何?』

『市役所から茶色い封筒きてる』

『介護保険の区分変更って期限あるの?』

『あと転院、二十日までに返事しないと部屋なくなるって言われた』

『ていうかこれ、全部お姉ちゃんがやってたの?』


私は「ファイルの一番と三番に全部入ってる。日付も窓口の名前も電話番号も書いてある」とだけ返した。


既読がついて、それきり返事は来なかった。


母は、市役所に行ったらしい。あかりが後から教えてくれた。

高齢者福祉の窓口で、母が申請書の書き方が分からずに手が止まっていたら、職員の人がこう言ったそうだ。


「これまでのお手続き、ずいぶんきちんとされてますね。どなたがされてたんですか」


母はそれに答えられなくて、しばらく黙っていたという。


「それで、お母さんなんて言ったの」


「なんも言えんかったって。悔しかったんじゃない、たぶん」


あかりはそう言って、少しだけ笑った。庇っているのが私なのか母なのか、私には分からなかった。


 ◇


久美子おばさんは、今度はあかりに電話をかけるようになった。


あかりから電話が来たのは、九月の終わりだった。


「おばさんに言われた。『あかりちゃんはしっかりしてるんだから、お母さんのぶんまで頼むわね』って」


「そう」


「……お姉ちゃん、あれ、ずっと言われてたの」


「うん」


あかりは、少し黙った。


「重いね、あれ」


「うん」


それだけだった。あかりは謝らなかったし、私も許すとは言わなかった。ただ、あかりは今月、要介護認定の区分変更の申請を自分で出した。書き方はファイルの二番を見たそうだ。二回書き直したと言っていた。


私は「そう」と言った。すごいね、とも、やっとだね、とも言わなかった。

言うと、また私が採点する側になってしまう。私はもう、あの家の採点係を辞めたのだ。


 ◇


父から電話が来たのは、十月に入ってからだった。


転院先のリハビリ病院の、談話室からかけているらしかった。テレビの音が遠くに入っていた。


「みずきか」


「うん」


「……書類の字な。あれ、ぜんぶお前だったんだな」


私は返事をしなかった。


「入院してから、俺の名前がいろんな紙に書いてあるのを、ぼんやり見とった。字がきれいだな、と思っとった。あれ、お前の字だったんだな」


「うん」


「悪かったな」


父はそれだけ言って、じゃあ、と切った。

ありがとう、ではなかった。私は、ありがとうよりも、そっちのほうがずっとよかった。


母から電話が来たのは、その週の日曜だった。身構えて出たら、用件がなかった。


「みずき。ごはん、ちゃんと食べてる?」


「食べてるよ」


「そう。……そう」


用件のない電話を、母からもらったのは、たぶん初めてだった。


私は実家には戻らない。手続きも代わらない。あの家の鍵も、もう持っていない。

でも、電話には出ようと思った。それくらいなら、私の生活はへこまない。


 ◇


十一月に出た新しい版の地図には、あの十七軒の番地が正しく入っている。


自分で直した。外業の久保さんに現地をもう一度回ってもらって、表札まで一軒ずつ確かめた。


地図の奥付には、小さい字で校正担当の欄がある。今度の版から、そこに私の名前が載った。自分のやったことの隣に自分の名前があるのを、私はずいぶん久しぶりに見た。


刷り上がりを見ていたら、久保さんが後ろから覗きこんできた。


「みずきさん、今度の土曜、空いてます?」


「空いてます」


即答してしまってから、少し恥ずかしくなった。土曜が空いているというのは、私にとってはまだ新しくて、うまく扱えない。二十年ぶんまとめて返ってきた休みの日は、思っていたよりずっと長い。


「地図に載ってない道、歩きに行きませんか。西の谷のほう。畦道みたいなのがいくつかあって、あれ、載せるかどうか毎回もめるんですよ」


「お仕事ですか」


「違います」と久保さんは笑った。「載せるかどうかで悩むのは、月曜の私です。土曜は、ただ歩くだけです」


地図に載っていない道は、歩いてみるまで、どこへ続いているか分からない。


私は、行きます、と返事をした。


(了)

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― 新着の感想 ―
これって両親や妹も悪いけど周りを甘やかした主人公も問題あるよね。もっと以前に話し合って少しずつ負担を分け合う事も出来たんじゃないかな。さすがに34歳でこれは無責任な気がします。 何も言わずに溜め込ん…
ジャンルは現実恋愛なのに、内容が文芸のヒューマンドラマだったことにモヤっとする
格差姉妹だけど過剰なざまぁでもなく距離を取ることで家族の関係を全員が見つめ直す、 というのは良かったと思います ただ姉が思いきるまでの年月がかかりすぎてるのが私はちょっとモヤりますが… 本文中二十年以…
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