ウザがられても愛してる(あたりまえか)
男が部屋を出ようとすると女が追いすがってきた。
「待って、私も一緒に行くわ」
「ええ!?」
男は露骨に嫌そうな顔をする。
「駄目な理由でもあるの?」
「そりゃあ.........理由なんて無いけど……」
男の言葉は徐々に尻つぼみになり、それに反比例して女の口角が上がった。
「よかった! じゃあ決まりね」
「俺はまだ良いなんて言ってないだろ!」
男が怒鳴るように返すと女は少し眦を下げた。
「ダメ? せっかく一緒にお出かけできると思ったのに……」
「俺は別に一緒に行きたくない」
「そんな……昔はあんなに喜んでくれたのに……」
男の言葉に女は口に両手を当てた。そのままちょっとプルプルと震えている。
女の事は大事に思っているし、なんなら愛してもいる。
だけど、その愛情を最近は素直に口に出せない男だった。
昔なら素直に大好きと言えていたのだが……
そんな葛藤を押し隠すように男は声を荒げた。
「昔の事なんて持ち出すなよ! とにかくダメなものはダメなんだ! 俺一人で行く!」
「だって! 一週間後に着て行く服を買いに行くんでしょう? 私にも選ばせて欲しいの」
その言葉にグッと一瞬つまる。たしかに洋服選びに自信は無い。女のセンスの方が信頼できることは決まっている。だけど……
押し黙った男に了承が得られたと思ったのか、女は上機嫌で男の腕に縋りついた。
「んふふー、一緒に出掛けられるの嬉しいわ。ねえねえ、お洋服を選んだらお洒落なカフェでお茶しない? 私、行ってみたいお店があるの。季節のフルーツタルトがね……」
男と腕を組んだまま嬉々として話す女。
男の目線よりほんの少し小さな彼女を見下ろして男はちょっと顔をほころばしかけたが、次の瞬間、ハッと我に返った。
急いで女の手を引きはがす。
「まとわりつくなよ! カフェなんか絶対に行かない!」
「どうして? 美味しいって評判なのよ。甘いもの、好きだったわよね」
「どうしてって、は、恥ずかしいからだよ! 一緒になんて歩きたくないんだ! あー、ウザい! 五月蠅い! ついてくんなっ!」
踵を返す男の前にもう一人の男性が立ち塞がった。
男が尊敬する男性だ。今までは敵わない男性だった。その背中を目標にしていた。でもいつか超えたい男性だった。
その男性が男に言った。
「彼女に謝りなさい」
わかってる、酷い態度をとったことは。だけど素直になれない。
「いいのよ、私は気にしていないわ。ごめんね、無理言って」
「君は許すのか? あんな暴言を」
「ええ許すわ、だって——」
男性に向かって話す女は凪いだ表情をしている。まるで、仕方が無いわねえと言うような。その言葉で男のとんがっていた何かが溶けた。何を意地張っていたんだろう。
「ごめん......母さん」
「いいのよ、それより健太もそういうお年頃になったのねえ」
「お年頃?」
「ほら、あれよ、反抗期ってヤツ。母さん、初めて体験しちゃったわ!」
母さんが大好きだった。だけど、難しいお年頃、先月一緒に出掛けたのを友達に見られて、「マザコン」とからかわれたのだ。それを好きな女の子に見られて余計意地になった。
「あ、それよりもう行かなくちゃならない時間よ、あなた」
「まったく嫌になるよ、今日も休日出勤なんて」
「いつもご苦労様です。少し寂しいけど感謝しているのよ、お仕事が一段落したら親子三人で出かけたいわね」
「そうだな、俺もそうしたいよ。多分来月には落ち着くから。じゃあ行って来る」
慌ただしく父親が出かけた後に健太は母親に向き直る。
「それで? 一緒に行くの? 行かないの?」
反抗したい気持ちは溶けたけど、ちょっと残ってる。反抗期だからなんて悟られるのも癪に障る。そっぽを向いたままつっけんどんに聞くと母親はちょっと目を丸くした。
「あら、行っていいの?」
「ホントはオレ一人で選ぶの、自信ないし」
「来週、みんなで遊園地に行く時に着ていく服を買いに行くのよね、任せて、恵美ちゃんが「かっこいい!」って思ってくれるような服を選んであげるから」
「な、何で知っているんだよっ!」
「ふふーん、ヒミツ。カフェでお茶してくれたらお父さんには黙っていてあげる」
健太は小声で、「くそばばあ」と呟いた。




