第8話:【泥沼】聖女vs王女! リトを取り合う二人の「汚れ」をまとめて洗浄!
「……フラウレルム様。その手を、今すぐリト様から離していただきたい」
アルテミスの声は、地を這うような低さだった。
彼女が放つ殺気は、先ほどまでの「清涼な空気」を物理的に押し潰し、離宮の美しい調度品をビリビリと震わせる。その手に握られた『新生・聖剣』は、彼女の嫉妬心に呼応するように、まるで警告灯のような鋭い蒼光を放っていた。
「あら、アルテミス。随分と無作法ね。任務を放り出して戻ってくるとは、帝国騎士団・第三部隊長としての矜持はどこへ行ったのかしら?」
フラウレルム王女は、リトの胸元に寄り添ったまま、挑発的に口角を上げた。
彼女は今、人生で初めて「不純物のない多幸感」の中にいた。リトの指先が触れていた箇所から、温かな魔力が全身の隅々まで行き渡り、あれほど嫌悪していた「他者の体温」が、リトのものに限っては至高の癒やしに感じられたのだ。
「私の矜持は、リト様を護り抜くこと。……そして、リト様に群がる不浄な羽虫を叩き落とすことにあります」
アルテミスが一歩、踏み出す。
その足元、リトが丹念に磨き上げた石畳に、彼女の激しすぎる情念が「魔力の足跡」として焼き付く。
「不浄な羽虫? 面白いことを言うわね。このリトこそ、私が一生をかけて探し求めていた『究極の清浄』。彼こそが、汚れたこの世界で唯一、私の隣に立つことを許される存在だわ。……騎士である貴女こそ、その穢れた武具を置いて下がりなさい」
「……リト様は、私のものです」
アルテミスの瞳からハイライトが消えた。
彼女は、リトに「洗浄」されることで、騎士としての理性までもが綺麗さっぱり洗い流されていた。残っているのは、リトを独占したいという、純粋すぎて猛毒に近い本能だけだ。
「……あ、あの。二人とも、落ち着いて?」
リトが困り果てたように声を出す。
「王女様、そんなに強くしがみつかれたら服がシワになっちゃうよ。それにアルテミスさん、そんなに怖い顔してたら、せっかくピカピカにしたお肌に『心のシワ』が寄っちゃう。……せっかく綺麗にしたんだから、もっと大事にしなきゃ」
「「……!!」」
二人の女性が、同時にリトを見た。
リトにとっては、あくまで「物の管理」や「メンテナンス」の延長線上の言葉だ。だが、愛に飢え、リトに心酔しきった二人にとっては、それが極上の殺し文句に聞こえた。
(……私の肌を、大事にしろ……と? 嗚呼、リト様は、私のすべてを管理し、愛でてくださるつもりなのだ……っ!)
(……心のシワ、まで。私の内側まで見通し、それを伸ばしてくださるというの……? なんて深い愛なの!)
二人の妄想は、あらぬ方向へと加速していく。
だが、その火花散る沈黙を破ったのは、王宮の警備兵たちの怒号だった。
「曲者だ! 王女殿下の離宮に、巨大な魔力反応を確認! 突入せよ!」
アルテミスが放った殺気を、外敵の襲撃と勘違いした騎士たちが雪崩れ込んできた。
さらには、フラウレルムの「潔癖症」を逆手に取って彼女を暗殺しようと企んでいた、隣国の刺客たちまでが、この混乱に乗じて影から飛び出した。
「死ね、潔癖症の王女! この『腐蝕の魔煙』を浴びるがいい!」
刺客が放ったのは、触れるものすべてを腐らせる、禍々しい紫色の毒煙だった。
それは瞬時に部屋を満たし、白磁の壁を黒く変色させ、高価な絨毯をボロボロに朽ちさせていく。
「きゃあっ!?」
「リト様、危ない!」
フラウレルムが悲鳴を上げ、アルテミスが剣を抜こうとしたその瞬間――。
「……うわ、最悪だ」
リトの声が、部屋中に響いた。
その声には、恐怖ではなく、明確な『怒り』がこもっていた。
「せっかく、さっき、全部屋掃除したばっかりなのに……! 換気扇のフィルターまで洗ったのに! またこんなに汚して……!!」
リトにとって、刺客の殺意などどうでもよかった。
許せなかったのは、「掃除したばかりの空間を、一瞬で台無しにされたこと」だった。
「【最大出力・全自動・全方位超洗浄結界】!!」
リトが床を強く踏みつけた。
その瞬間、帝都全体が揺れるほどの衝撃波と共に、純白を超えた「虚無の白」の光が炸裂した。
光に触れた紫の毒煙は、悲鳴を上げる暇もなく消滅した。
影に潜んでいた刺客たちは、その心に抱いていた「殺意」や「暗殺計画」という名の精神的汚れを強制的に洗浄され、光の中で「……あれ? 俺、なんでこんな悪いことしてたんだろう。お母さんに会いたい」と、生まれたての赤子のような顔で膝をついた。
さらに、アルテミスとフラウレルムも光に飲み込まれた。
「あ、あぁぁぁぁぁぁっ!!」
「はあぁっ、これ……は、凄すぎる……っ!!」
アルテミスの抱えていた嫉妬という名の「濁り」。
フラウレルムの抱えていた独占欲という名の「シミ」。
それらが、リトの圧倒的な洗浄パワーによって、まとめて強引にスクラブされ、洗い流されていく。
数秒後。
光が収まった室内は、もはや「部屋」ですらなかった。
壁は宝石のように透き通り、空気は一息吸うだけで寿命が延びるほどの霊気に満ちている。
刺客たちは全員、真っ白な顔で「今日から街の清掃ボランティアをします……」と涙を流して去っていき、突入してきた騎士たちは、磨き上げられた床に自分たちの姿が映りすぎて、恥ずかしさのあまり後ずさりした。
そして。
アルテミスとフラウレルムは、魂を丸洗いされた後のような、茫然自失とした表情でリトを見ていた。
「ふぅ……。これでようやく、元通りかな」
リトは額の汗(聖水)を拭い、腰に手を当てて満足そうに頷いた。
「リト、様……。私、わかりました」
アルテミスが、どこか憑き物が落ちたような、しかしより深淵な瞳で言った。
「嫉妬などという汚れは、私には不要でした。私は、ただ、貴公に洗われ続ける『器』であればいいのだと……」
「私もよ……。帝国なんて、どうでもいいわ。この清らかな世界を維持するためなら、私はなんだってする」
フラウレルムもまた、恍惚とした表情でリトの手を取った。
リトは、二人の美少女が同時に自分を見つめる視線の「温度」が、先ほどよりもさらに上がっていることに、やはり気づかない。
「それならよかった。……あ、アルテミスさん。さっき結界を強くかけすぎたせいで、剣の鞘の裏側に『微かな指紋』が残っちゃってるよ。……もっと近くにおいで。夜通し磨いてあげるから」
「は、はい……っ! 喜んで!!」
アルテミスの狂喜乱舞の声が響く。
その横で、フラウレルムも「私の魂の裏側も、まだ少し汚れている気がするわ……!」と、負けじとリトに詰め寄った。
帝都は、かつてない平和と、かつてない「愛の汚れ(重い女たち)」に包まれていくのだった。




