第25話:黒い後光の少女「ネフィリム」。汚れを愛でる反・聖女。
漆黒の光輪を背負い、静かに佇む少女。
彼女の名はネフィリム。教会の極秘記録にのみ記された、神の「影」を宿して生まれた存在――いわば「不浄の聖女」であった。
リトが「原初の泥」を剥ぎ取り、回廊を清浄にしたことで、彼女を封印していた「闇の調和」が崩れ、彼女は目覚めてしまったのだ。
「ネフィリム……。まさか、実在したなんて」
エルナが震える声で呟く。教会の伝承では、彼女は世界の汚れを一手に引き受けるための「生け贄」として、地下深くで永遠の眠りにつかされたはずだった。
「あら、エルナ。今の代の聖女様かしら? ……ずいぶん、白っぽいわね。まるで洗いたてのシーツみたい。……でも、シーツって汚れやすいのよね」
ネフィリムが指をパチンと鳴らすと、リトがせっかく磨き上げた回廊の壁に、不気味な「シミ」がじわりと広がった。それはカビのようでもあり、あるいは誰かの恨み節のようでもあった。
「あ。……せっかく、さっきスクレイパーで仕上げたのに」
リトが少しだけ頬を膨らませる。彼にとって、この少女の行動は明確な「清掃妨害」だった。
「ねえ、掃除屋さん。あなた、汚れを『悪』だと思ってるんでしょ? でも、汚れがあるからこそ、光は際立つのよ。……私は、この世界を『最高のビンテージ』にしてあげたいの。……埃とカビにまみれた、歴史の重みを感じる世界にね」
ネフィリムが両手を広げると、彼女の背後から「深淵の墨」が溢れ出し、リトたちを飲み込もうとする。
それは先ほどのマルドゥクの泥とは違い、もっと知的で、侵食性の高い汚れ。リトの撥水結界すらも、少しずつ「染まって」いくような感覚。
「リト様、危ない!」
アルテミスが前に出るが、ネフィリムの影が彼女の足を掴む。
「騎士様も、その輝く鎧が曇っていくのを見るのは辛いかしら? でも、その曇りこそが、あなたの『愛の重さ』なのよ」
「……黙れ、不浄の娘。私のリト様への愛を、汚れ扱いするなど……!」
アルテミスは必死に抵抗するが、ネフィリムの影は彼女の心に眠る「リトを独占したいというドロドロした感情」を刺激し、物理的な重みに変換していく。
「……うーん。ビンテージ、か」
リトは、迫りくる影をじっと観察していた。
「いい考え方だけど、ネフィリムさん。……ビンテージっていうのは、ちゃんと手入れを続けて、その上で残った『艶』のことを言うんだよ。……君がやってるのは、ただの『放置』だ」
リトがバケツから、見たこともない透明な液体を取り出した。
それは、教皇や王女から贈られた数々の高純度魔石を、リトが自ら「溶剤」として煮詰め、抽出した究極の洗浄液――『エターナル・シャイン・ウォーター』。
「放置された汚れは、ただのゴミだよ。……今から、君のその『黒い後光』ごと、ピカピカに洗い流してあげる」
リトがその液体を、自らの箒に浸した。
戦いは、ついに「聖女」と「反・聖女」、そして「掃除屋」の三巴へと発展していく。




