第24話:原初なる不浄 vs 万能スクレイパー。神が捨てた泥を剥がせ!
「神が世界を創る際に切り捨てた泥」――それは、あらゆる清浄を拒絶し、触れるものを瞬時に「無」へと変える絶望の塊だった。
マルドゥクは、その泥に自らの体を捧げ、巨大な、形を持たない「汚泥の巨人」へと変貌していた。
「リト……! 貴様の白さなど、この原初の黒の前では、雪の一片にも等しい! すべてを飲み込み、この世界を『未完成の混沌』へと戻してやる!」
巨人が腕を振るうたび、リトが磨き上げたばかりの壁画が黒く腐り、空気は酸欠状態に陥る。
アルテミスが剣を振るうが、その斬撃は泥の中に吸い込まれ、逆に聖剣の輝きが奪われていく。
「アルテミスさん、下がって! その泥、普通の攻撃じゃダメだ。……あれは『概念の焦げ付き』だ」
リトは、これまでのバケツや箒ではなく、腰のポーチから一本の小さな、しかし鈍い光を放つヘラ――「万能スクレイパー(魔王の骨削り)」を取り出した。
「焦げ付き……ですか?」
エルナが当惑しながら問う。
「うん。世界を創るときに、熱が入りすぎてこびり付いちゃった、神様の『失敗の跡』だよ。……これを落とすには、無理やり洗うより、根気よく『削る』しかないんだ」
リトは、汚泥の巨人が迫る中、あえて無防備にその足元へと歩み寄った。
周囲の空気は、リトの肌を焼こうとするが、彼の身に纏う「撥水結界」がそれをパチパチと弾く。
「まずは、端っこから少しずつ……」
リトは巨人の足元、床にこびり付いた黒い泥の層に、スクレイパーを差し込んだ。
ガリリッ……。
不快な音が響く。だが、次の瞬間、巨人が絶叫を上げた。
「ア、ギャァァァッ!? 何だ、この感覚は……! 私の『絶望』が……根こそぎ剥がされる……っ!?」
「焦げ付きはね、無理に水で流そうとすると余計に広がるんだよ。……こうして、隙間に道具を入れて、テコの原理でパカッと……ほら」
リトがヘラに力を込めると、巨人の体を構成していた「原初の泥」の一部が、まるで乾いたシールのようにペリリ、と剥がれた。
剥がれた跡からは、この世のものとは思えないほど純粋な、温かな光が漏れ出す。
「剥がれた……!? あの絶望が、あんなに簡単に!?」
フラウレルムが目を見開く。
「【全自動・剥離結界】起動」
リトがスクレイパーを高く掲げると、彼を中心に数千の「光のヘラ」が発生した。それらは一斉に汚泥の巨人へと取り付き、その表面にこびり付いた「数万年分の絶望」を、一枚一枚、丁寧に、しかし容赦なく剥がしていく。
「やめろ……! 私の闇を……私の『拠り所』を奪わないでくれぇぇっ!」
「大丈夫だよ、マルドゥクさん。……汚れを剥がした後は、新しいワックスを塗ってあげるから。……そうすれば、もう何にも縋らなくて済むようになるよ」
リトの慈悲深い言葉とともに、汚泥の巨人は完全に解体された。
泥が剥がれ落ちた中心にいたのは、本来の、弱々しくも純粋な人間の姿に戻ったマルドゥクだった。彼は剥き出しになった床の上で、赤子のように震えていた。
だが、安堵したのも束の間。
巨人が消えた後の空間に、一人の少女が立っていた。
彼女は、剥がれ落ちた「原初の泥」の欠片を指先で弄びながら、リトを静かに見つめていた。
「……見事な手際ね、掃除屋さん。でも、あまり綺麗にしすぎると、逆に『寂しく』なっちゃうわよ?」
彼女の背後には、教会の象徴であるはずの「後光」が、真っ黒な光輪として浮き上がっていた。




