第23話:地下千年の闇「隠蔽の回廊」。消臭できない「過去の罪」。
逃走したマルドゥクを追い、リト一行は大聖堂のさらに下、教会の公的な記録にも存在しない『隠蔽の回廊』へと足を踏み入れた。
そこは、歴代の教会指導者たちが「不都合な真実」を文字通り「投げ捨てて」きた場所だった。
「……う。ここは、これまでの場所とは訳が違うわ」
フラウレルム王女が、鼻にハンカチを当てて顔を顰める。
彼女の潔癖な感覚が、この空間に充満する「腐敗」を敏感に察知していた。
そこには、かつて異端として処刑された者たちの遺品、不正を記した帳簿の残骸、そして人々の信仰心を裏切って蓄えられた禁断の秘宝が、うず高く積み上げられ、腐っていた。
それらが発する瘴気は、もはやガスのような物理的なものではなく、「絶望」そのものが空気中に結晶化している状態だった。
「リト様、ここは……。教会の、本当の影です」
エルナが悲しげに呟く。聖女として光の中を歩いてきた彼女にとって、この足元の泥はあまりに重く、暗い。
「……うん。これは確かに、手強いね」
リトの表情も、いつになく真剣だった。
彼の「清掃眼」に映るのは、単なるゴミの山ではない。数千年分の「嘘」が重なり合い、地層のように定着してしまった『概念の頑固汚れ』だ。
「アルテミスさん、王女様。ここから先は、僕が一人で行くよ。……ここにある汚れは、吸い込むと『自分を信じられなくなる』毒を持ってるから」
「何を仰るのです、リト様! 貴公が泥の中を行くなら、私はその足場となる盾になりましょう!」
アルテミスがリトの手を強く握る。その献身的な眼差しが、リトの周囲に微かな光を灯す。
「大丈夫だよ、アルテミスさん。……こういうときはね、『中から』洗うんじゃなくて、『外から』一気に浸透させるんだ」
リトがバケツを置き、深呼吸をする。
彼は自らの魔力を「酸素」と「洗浄剤」の混合体へと変換し、それを肺いっぱいに溜め込んだ。
「【大規模展開:超音波・酸素漂白】!!」
リトが叫ぶと同時に、不可視の振動波が回廊全体を駆け抜けた。
それは、壁の一枚一枚、ゴミのひと欠片ひと欠片に潜む「嘘」の分子を揺らし、剥離させるための衝撃。
ガガガガガッ……!
回廊が鳴動する。
積み上げられた遺品や帳簿から、黒い「嘘の煤」が剥がれ落ちていく。
リトは休まず、さらに「聖水ミスト」を全方位へ噴射した。
「嘘はね、隠そうとするから臭うんだ。……全部さらけ出して、日光に当ててあげれば、ただの『古い紙』や『鉄くず』に戻るんだよ」
リトの洗浄波動が、回廊の最深部へと浸透していく。
すると、どうだろうか。
あれほど不気味だった瘴気が、リトの「超音波」によって細かく分解され、キラキラとした光の粒子へと変わっていく。
腐っていた帳簿からはインクの染みが消え、そこには隠されていた真実の記録が、真っ白な紙の上に整然と浮かび上がった。
「見て! 回廊の壁が……透き通っていくわ!」
フラウレルムが驚愕の声を上げた。
泥にまみれていた壁面からは、教会の創始者が本来抱いていた「純粋な祈り」の壁画が、数千年ぶりにその色鮮やかな姿を現したのだ。
だが、その壁画の奥から、再びマルドゥクの声が響いた。
「……無駄だ、掃除屋。この回廊の底には、我が教会の創始者が封印した『原初なる不浄』……すなわち、神が世界を創る際に切り捨てた『泥』が眠っている。……それを今、解き放つ!」
回廊の最深部の床が割れ、そこから、この世のすべての色を飲み込むような「真の闇」が溢れ出してきた。




