第22話:異端審問官、泡に沈む。リト、禁忌の鎖を「シルバー磨き」で無力化。
「魂を抜く魔女(掃除夫)」として断罪され、漆黒の鎖に包囲されたリト。
審問官マルドゥクが放つ「異端抹殺の鉄鎖」は、触れた者の魔力だけでなく、存在そのものを「罪」として定義し、腐食させる力を持っていた。
「死ね、偽りの聖者! その小綺麗なツラを、我らの正義という名の錆で埋め尽くしてやる!」
数百本の鎖が、猛毒の蛇のようにリトへ殺到する。
背後のエルナは、その圧倒的な重圧に膝をついた。教会の歴史において、この鎖から逃れられた異端者は一人もいないからだ。
だが、リトは動じない。
彼は霧吹きをシュッと一吹きし、空中に「アルカリ性・界面活性魔力」を散布した。
「【局所展開:つけ置き・ナノバブル結界】」
パチン、と指を鳴らす。
瞬間、リトの周囲に、雪のように白い、キメの細かい「泡」が爆発的に発生した。
殺到した漆黒の鎖は、その泡に触れた瞬間――。
「な……ッ!? 鎖が……止まった!?」
「止まったんじゃないよ、マルドゥクさん。……汚れが浮き上がってるんだ」
リトの泡に包まれた鎖から、ジュワジュワという激しい音が響く。
鎖に塗り込められていた「怨念の塗料」や「呪いの錆」が、リトの洗浄液によって強制的に分離され、真っ黒な汚水となって地面にポタポタと滴り落ちていく。
「な、バカな! 我が『鉄の純血』が、ただの泡に負けるというのか!? 引け! 鎖を引き戻せ!」
「あ、急に引いちゃダメだよ。……仕上げの『磨き』が終わってないから」
リトは、愛用の魔導クロスを取り出すと、目の前に浮遊していた一本の鎖を「キュッ」と一拭きした。
すると、どうだろうか。
ドス黒かった鉄の鎖は、一瞬にしてプラチナのような白銀の輝きを取り戻した。それだけではない。鎖に宿っていた「抹殺」という殺意そのものが洗浄され、代わりに「繋ぐ」という、鎖本来の純粋な概念が覚醒した。
「……あ、あれ? 鎖が、言うことを聞かない?」
浄化された鎖たちは、マルドゥクの命令を拒絶し、リトを守るように円陣を組み始めた。
まるで、リトという主人に磨かれた喜びに震えているかのようだ。
「……信じられん。教会の禁忌を、シルバー磨きの手順で無効化したというのか」
アルテミスが、呆れ半分、感銘半分で呟く。
「マルドゥクさん、君の心も、その服みたいに真っ黒だね。……少しだけ『漂白剤』、強めに設定しておくよ」
リトが手をかざすと、泡の波が武装神父たちを飲み込んだ。
「やめろ! くるな! 私を洗うな……! 私は、この『正義という名の汚れ』の中でしか生きられないんだぁぁぁっ!」
マルドゥクの絶叫は、リトの放つ清涼感あふれる石鹸の香りに掻き消された。
泡が引いた後、そこに残っていたのは、ピカピカの銀色になった鎖と、そして「……私、何をそんなに怒ってたんでしょう。明日、近所の子供たちに飴を配りに行きます」と、悟りを開いたような顔で座り込む過激派たちの姿だった。
だが、マルドゥクだけは違った。
彼はリトの洗浄に耐え、泡の中から這い出してきた。その肌は真っ赤に焼けただれているように見えるが、それは「あまりに清浄な力」に、彼のどす黒い魂が拒絶反応を起こしている証だった。
「リト……。まだだ……。まだ『教会の最深部』には、貴様でも洗いきれない『原罪』が眠っている……。そこへ来い。……そこで貴様を、真の絶望で塗り潰してやる!」
マルドゥクは煙のように姿を消した。
リトは、残された銀色の鎖を見つめ、「……これ、もったいないから、後でフェンスの修理に使おうかな」と、平和な再利用を考えていた。




