第13話:【新展開】聖都が発光!? リト、ステンドグラスを磨きすぎて神を降臨させる。
教皇インノケンティウス三世をはじめ、教会の重鎮たちの「腹黒い心」を根こそぎ漂白してしまったリト。
大聖堂内は、かつてないほどの静謐と、石鹸のような爽やかな魔力の香りに包まれていた。だが、リトの目は、誰もが「浄化された」と満足している中で、一点の「曇り」を見逃さなかった。
「……うーん。やっぱり、あそこが気になるな」
リトが指差したのは、大聖堂の中央、高さ三十メートルを超える巨大なステンドグラス『創世の瞳』だった。
それは教会の開祖が神から授かったとされる、世界最古にして最大の芸術品。色とりどりの魔石が埋め込まれ、神の奇跡を物語る絵柄が描かれている。
「リト様、いかがされましたか? あのステンドグラスは、教会の至宝中の至宝。……まさか、あれも汚れているとおっしゃるのですか?」
聖女エルナが、リトの横で掃除用バケツ(リトの魔力が定着した聖なる道具)を抱えながら尋ねる。
「汚れてるなんてレベルじゃないよ、聖女様。……表面の油膜が層になって、光の屈折がバラバラだ。それに、魔石の継ぎ目に『信仰の燃えカス』が詰まって、神様の光を遮っちゃってる。……あんなの、サングラスをかけて夜の道を歩くようなものだよ」
「信仰の燃えカス……。数千年の祈りが、汚れになっているというのですか……」
教皇は驚愕に震えた。人々が捧げてきた祈りが、リトの目には「メンテナンスを怠った塵」に見えているのだ。
「アルテミスさん、ちょっと支えてて。……一番上の隅まで、一気に磨き上げるから」
「御意に、リト様。この私の背、存分に踏み台としてお使いください!」
アルテミスは迷いなく四つん這いになり、リトの「足場」になろうとしたが、リトは「いや、流石にそれは危ないから」と苦笑いしながら、自身の洗浄スキルを応用した。
「【洗浄魔力展開:高所作業用・泡の足場】!」
リトの足元に、弾力のある巨大なシャボン玉のような泡が発生し、彼をステンドグラスの最上部へと運び上げる。
リトは懐から、特製の「魔力中和スクイジー」を取り出した。
「よし。……まずは、表面の古い執着を剥がすところからだね」
リトが窓に手を触れた瞬間、大聖堂全体が「キィィィィィィン……!」という、澄み切った高周波の音に包まれた。
彼がスクイジーを一撫でさせるたび、ステンドグラスにこびりついていた数千年分の「重み」が、光の粒子となって剥がれ落ちていく。
キュッ、キュッ。
その音が響くたびに、大聖堂内の光の密度が変わっていく。
それまで「神々しい」と思っていた色ガラスが、実は本来の色の百分の一も発揮できていなかったことが判明した。リトによって磨かれた箇所からは、物理的な光を超えた「根源の輝き」が溢れ出し、大聖堂の床を虹色の業火のように焼き尽くす……のではなく、温かく浄化していく。
「あ、あぁ……目が、目が洗われる! 本当の色が見える!」
枢機卿たちが涙を流して叫ぶ。
「見てください! ステンドグラスに描かれた神々が……動いています!」
エルナが絶叫した。
汚れが落ち、魔力の循環が完璧になったことで、ステンドグラスに封じられていた「神話の情景」が、高精細な立体映像のように空中に投影され始めたのだ。
だが、リトは止まらない。
「……よし、仕上げだ。魔石の芯まで『超音波洗浄』をかけるよ」
リトがステンドグラスの「瞳」の部分に指を添え、微細な振動を送り込んだ。
ドォォォォォォォォン!!
次の瞬間、聖都ルミナリスの全住民が目撃することになった。
大聖堂の屋根を突き破るように、一本の純白の光柱が天へと昇ったのだ。
それはあまりに清浄で、あまりに高純度なエネルギー。
リトがステンドグラスを「磨きすぎた」結果、天界と地上を繋ぐパスの抵抗がゼロになり、本来なら年に一度、数分間だけ繋がるはずの「神の道」が、フルオープンで開通してしまったのだ。
「な……なにごとだ!? この眩しさは!」
光の中から、重厚な、しかしどこか困惑したような声が響いた。
天界の門番、あるいは上位の天使と思われる存在の影が、光の柱の中に現れる。
「地上より、あまりに異常な清浄の波が届いたゆえ、何事かと降りてみれば……。……ん? 貴殿か、私の『窓』を拭いているのは」
降臨しかけた神の使いが、脚立代わりの泡に乗って窓を拭いているリトと目が合った。
「あ、すみません。今、仕上げなんで、そこ動かないでもらえますか? 影になると拭き残しが出ちゃうんで」
「……は、はい。承知した」
上位存在であるはずの使者が、リトの圧倒的な「掃除屋の風格」に圧され、思わず神聖な光を放つのをやめて大人しくなった。
数分後。
リトが「ふぅ、終わった!」と満足そうにスクイジーを収めると、光の柱は穏やかに収束していった。
残されたのは、もはや物質とは思えないほど透き通り、見る者の魂を強制的に「善」へと作り変えてしまうような、究極のアーティファクトと化したステンドグラスだった。
天界の使いは、去り際にリトをじっと見つめ、深く一礼した。
「……掃除屋殿。天界の玉座も、近頃少々煤けてきておりましてな。……いずれ、招待状を送らせていただこう」
「あ、出張費が出るなら検討します」
神を「客」として扱うリトの言葉に、教皇たちは白目を剥いて卒倒した。
その日の夜。
聖都の宿舎で、アルテミスはリトの足をもみほぐしていた。
「リト様……。まさか、神の使いまで掃除の虜にされるとは。……貴公は、いずれ天上の神々をもエプロン姿に従えるおつもりなのですか?」
「そんな大げさな。……でも、高いところの窓拭きは、やっぱり腰に来るね」
「ならば、このアルテミスが、貴公の腰の疲れを『情熱』で溶かし去りましょう……。さあ、力を抜いて……」
アルテミスの手が、リトの太ももからじわじわと上に這い上がろうとした、その時。
「リト、私も手伝うわ。王家に伝わる『究極の癒やし(オイルマッサージ)』を教えてあげる」
フラウレルム王女が、透け感のある寝衣で部屋に入ってきた。
「……王女様、貴女はリト様の『汚れ』を拭う役目ではありません。下がりなさい」
「あら、アルテミス。貴女のマッサージこそ、筋肉質で無骨だわ。リトを洗うには、もっと繊細な指先が必要よ」
またしても始まる、女たちの「リトの清掃権」を巡る戦い。
リトは「二人とも、せっかくお風呂で綺麗になったのに、喧嘩したらまた汗かいちゃうよ」と溜息をつき、部屋の隅の埃を見つける作業に戻った。
一方、聖都の暗がりでは、ある人物が歯噛みしていた。
リトを追放した元パーティ『暁の牙』のリーダー、カイルだ。
彼は教会の不浄な依頼を受け、聖都に潜入していた。
「……あのゴミ掃除野郎が、神の使いと対等に話していただと? 笑わせるな。……あいつさえ、あいつさえ戻れば、俺たちの装備はまた輝きを取り戻すんだ。……力ずくでも、連れ戻してやる」
カイルの瞳は、どす黒い執着(不純物)に濁っていた。
彼が次に仕掛ける「卑劣な罠」が、リトの清潔な旅に一筋の影を落とそうとしていた。




