第10話:【帝都ピカピカ計画完結】リトの銅像、立つ。そして舞台は「呪われた宝物庫」へ。
国境の『嘆きの沼地』を、一滴の洗剤と一回の指鳴らしで「奇跡の睡蓮湖」へと変貌させたリト。
この事件は、瞬く間に帝国とバルディア王国の両国を駆け巡った。長年、互いに泥を投げ合ってきた両国が、「リト様の清掃活動を邪魔しないこと」を第一条文とした前代未聞の永久平和条約を締結したのだ。
帝都へと凱旋したリトを待っていたのは、数百万の市民による、地鳴りのような歓声だった。
「聖者リト様、万歳!!」
「世界を洗う主に栄光あれ!!」
帝都の目抜き通りには、リトの偉業を称えるために一晩で建立された巨大な像がそびえ立っていた。
それは、右手に箒、左手にバケツを持ち、凛々しく空を見上げるリトの姿を模した純金製の像――なのだが、リト本人はその像を見て、複雑そうな表情で首を傾げた。
「……あの、皇帝陛下。せっかく作ってもらって申し訳ないんですけど、あの像、表面の仕上げが甘くて数日後には酸化して黒ずんじゃいますよ。もっと耐食性の高い魔力コーティングを施さないと、メンテナンスが大変です」
「おお、なんという先見の明……! 黄金の輝きすら『汚れの前段階』と捉えるとは! さすがは我らが聖者様だ!」
皇帝ゼノス十二世は、もはやリトが何を言っても神の啓示として受け取る状態にあった。
帝都ピカピカ計画は、リトの想定を遥かに超える形で完結しようとしていた。空は常に澄み渡り、犯罪は消え、人々の心までが「リト様に見られても恥ずかしくないように」と清らかに保たれている。
だが、リトにとっては、ここまではまだ「序の口」に過ぎなかった。
祝宴の喧騒が落ち着いた夜、皇帝はリトを城の最深部へと連れ出した。
同行するのは、いつものようにリトの左右をガッチリと固めるアルテミスとフラウレルム王女。そして、数百名の近衛兵が厳重に守護する、重厚なオリハルコン製の扉の前で皇帝は立ち止まった。
「リト殿。帝都の空気を洗っていただいた今、わしが最後にお願いしたいのは……我が帝国の『恥部』とも言える場所の清掃だ」
皇帝が重い口調で語ると、扉の奥から「ドクン……ドクン……」と、心臓の鼓動のような不気味な音が漏れ聞こえてきた。
扉の隙間からは、どす黒い負の魔力が、まるでヘドロのように染み出している。
「ここは『終焉の宝物庫』。数千年前、神話の時代に封印された『呪いの武具』が収められた場所だ。……どれほど高名な鑑定士や解呪師を送り込んでも、扉を開けた瞬間に発狂するか、武具に宿る怨念に魂を食われてしまう。だが、これらが放つ瘴気が、帝国の地下深くを侵食し続けておるのだ」
「なるほど。つまり……『開かずのゴミ捨て場』ってことですね」
リトがバケツをコト、と置いた。
アルテミスが即座に『新生・聖剣』を抜き放ち、リトの前に立つ。
「リト様、ここは危険です。この瘴気は、ただの汚れではありません。数万の戦死者の怨念と、魔神の呪いが凝縮された……」
「大丈夫だよ、アルテミスさん。……汚れっていうのは、放置すればするほど頑固になるだけなんだ。……よし、ちょっと中を見てみようか」
リトが扉の取っ手に手をかける。
瞬間、扉が悲鳴を上げ、噴水のように漆黒の瘴気が吹き出した。
「グアァァァァ……ッ!! 命を……魂を……我が渇きを癒せ……っ!!」
形を成した呪いが、巨大な蛇となってリトに襲いかかる。
後ろにいた近衛兵たちが恐怖で腰を抜かす中、リトは眉一つ動かさず、愛用の霧吹きを取り出した。
「はい、シュッシュッ。……まず、除菌ね」
シュッ、と吹きかけられたのは、リトが朝の洗顔ついでに作った「特製聖水(中性洗剤入り)」。
それが黒い蛇に触れた瞬間――。
「ギ、ギャアァァァッ!? 沁みる! 目が、目が洗われるぅぅっ!?」
数千年の呪いが、まるで漂白剤をかけられたカビのように白く変色し、シュワシュワと音を立てて消滅した。
リトはそのまま、瘴気が渦巻く宝物庫の中へと、散歩にでも行くような足取りで入っていく。
「うわ……想像以上に散らかってるなぁ。ほら、そこの剣、サビがひどくてボロボロだよ。……そっちの鎧なんて、血のシミが定着しててバイオハドロンが発生してるじゃないか」
宝物庫に転がっていたのは、伝説の英雄たちが使い、そして呪いによって主を食い殺したと言われる魔剣や魔鎧の数々。それらが今、恐怖を撒き散らす「呪物」としてではなく、リトの目には「極めて手入れの悪い粗大ゴミ」として映っていた。
「よし。一気に『つけ置き洗い』しちゃうから、みんな手伝って。……あ、アルテミスさんは危ないから、入り口で僕の着替えを洗っておいてくれる?」
「は……はいっ!! 喜んで! リト様の肌に触れた衣を、一糸乱れぬ美しさで仕上げてご覧に入れます!!」
アルテミスが、嫉妬を通り越して「主人の下着を洗える幸福」に身を震わせる横で、リトは巨大な結界を宝物庫全体に展開した。
「【超伝導・重曹結界】!!」
宝物庫全体が、シュワシュワという心地よい発泡音と共に、乳白色の光に包まれた。
呪いの根源である「恨み」や「悲しみ」という名の汚れが、重曹のような優しい魔力によって分解されていく。
リトは、一番ひどく汚れていた一本の漆黒の大剣を手に取った。
「君も、本当はこんなに黒くなりたくなかったんだよね。……大丈夫、今『元の色』に戻してあげるからね」
リトがキュッキュと布で磨くたび、魔剣から不気味な叫び声が消え、代わりに澄んだ音色が響き始める。
数分後。
宝物庫を埋め尽くしていた漆黒の霧は完全に消え去り、そこには――。
見たこともないほど純白に輝く、神々しい武具の山が築かれていた。
ただの呪いの剣は、不純物を一ミリも含まない「神話級の聖剣」へと進化し。
血塗られた鎧は、持ち主の傷を即座に癒やす「奇跡の法衣」へと変貌していた。
「な……な……」
皇帝は言葉を失った。
帝国の負の遺産が、リトが「洗った」だけで、世界を滅ぼせるほどの聖なる戦力に変わってしまったのだ。
「……リト。あなたは、一体どこまでこの国を、この世界を『白く』すれば気が済むの……?」
フラウレルム王女が、壁を伝ってへたり込む。
彼女の潔癖な魂ですら、リトがもたらす「圧倒的な清浄」の前に、もはや跪くしかなかった。
「これで宝物庫の掃除は終わりです。……あ、でも皇帝陛下」
リトがバケツを片手に、少しだけ真剣な顔をした。
「なんですかな、リト殿! 褒美なら何でも取らす! 皇位すら、貴殿に――」
「いや、そんなことより。……宝物庫の地下の排水溝、あれ詰まってますよ。たぶん、魔王軍の『瘴気の残りカス』が長年溜まったせいです。……次は、その根源を探しに行かないと。……『魔王城』の排水管理、一度チェックしたほうがいいかもしれませんね」
リトの目は、すでに次なる「大物汚れ」――魔王軍が支配する地へと向いていた。
伝説の武器を量産し、国家間の不和を解消し、帝都を天界に変えた掃除屋。
リトの「全自動・洗浄結界」が、ついに世界そのものを洗うための次なるステージへと動き出す。
「……どこまでも、お供いたします。リト様。……貴公が世界を洗うなら、私はそのために流れる血を、残さず拭い去る雑巾になりましょう」
アルテミスは、純白に変わった宝物庫の中で、恍惚とした忠誠を誓うのだった。




