合言葉はミルクティー
冬子は急いで帰り支度をしてオフィスを出た。
今日は智と付き合い始めて5年目の記念日で、大事な話があると言われていた。
予約してあったレストランに行くと智はもう席に着いていた。
「ごめん、智。仕事が長引いちゃって」
「……いいよ。いつものことだから」
智は苦笑いしながら言った。
冬子はドキドキしていた。大事な話をいつ切り出して来るのかと待っていた。
メインの料理も食べ終わり、ボーイがデザートと一緒に出すドリンクは何がいいかと尋ねてきた。
冬子はブラックコーヒーを智はミルクティーを頼んだ。
「智はいつでもミルクティーだよね。麦茶にミルクみたいでわたしは無理」
冬子はいつものように澄まして言ったが、智はいつもとは違う答えが返って来た。
「全然違うと言っても聞く耳持たないよね。結局僕たちは分かり合えないんだと思う」
智は寂しげな表情をして顔を逸らした。
冬子は少し驚いた。いつもなら美味しいからと勧めてきていたのに。
「やだ、智ってば。そんな辛気臭い顔して」
「別れよう、冬子」
冬子の中で一瞬ときが止まった。
智はデザートとドリンクが運ばれて来るとすぐに黙って出て行った。
智とは入社1年目のときに同期に無理矢理連れられて合コンに参加したときに知り合った。
智も同じで人数合わせで参加していた。
冬子が面白くない顔をしていると智がコソッと「抜け出そうか」と言ってきた。冬子は頷き、二人で抜け出した。
二人でカフェに入り、ミルクティーを頼んだ智に冬子は面白がって言った。
「ミルクティーってさ、麦茶にミルク入れて飲んでるみたいじゃない?わたしは無理だわ」
「そんなことないって。まろやかで美味しいよ。飲んでみたことある?」
「ない!絶対無理!」
智は冬子の屈託なく笑ったり話したりする姿に好感を持った。
冬子も飾らないでいられる智に安心感を持った。
「僕たち付き合ってみる?」
冬子は照れながら頷いた。そうして二人は付き合うことになった。
初めのうちは良かったが3年経つ頃にはお互い仕事が忙しくてすれ違いが増え、心が通わなくなり始めた。
それでも冬子は智が好きだった。
冬子は口をつけられなかったミルクティーに手を伸ばして一口飲んだ。
「ほんと、まろやか…」
智の言うようにもっと早く飲んでいたら、ミルクティーの良さを知って毎日一緒に飲む朝を迎えられたかもしれないと後悔した。
「やっと飲んでくれたんだね」
冬子が振り返ると花束と指輪を持った智がにこやかに立っていた。




