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恋はきっと、魔法だ  作者: そそで。
一章 沈黙を破る光
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7話 小麦畑のような



 桜の花びらが風に舞ってゆく。

 薄ピンクの花弁は銀色の髪に触れて流れていく。


 リフィエルはほんの少し伸びた髪を風になびかせながら、歩いていた。

 見知らぬ人が、満開の桜にスマホを向けている姿が目に入る。

 けれど目はそれ以上追う事なく、そっと視線を外した。



(……ここだ)

 両足が、少し時間をおいて揃う。

 彼女の後ろを、誰かが通り抜けてもなお、足はその場にあった。

 

 ビル一階にある、ガラス張りの店。

 中では美容師たちが忙しなく働いていた。


 目線が下がる。

 少し経ってから、彼女は取手に手を添えた。


 カランコロン。


 戸を開くと、鈴の音が出迎える。



 いらっしゃいませ、と誰かの声が響いた。


「……予約していたローベインです。」

「確認します。……リフィエル・ローベインさんですね。担当の者を呼びますので、少々お待ちください」


 受付がなごやかな声でそう伝え、去っていく。

 それを見ながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。


(何度来ても、ここの雰囲気は慣れないな……)


 もうずっと通っている美容室だが、いまだに慣れる気がしない。


 毛先にまでこだわった美容師たちは、服装までこだわっているようだ。


 カラフルな服装に、ヒラヒラと揺れる布。

(あんな服、どこで売ってるんだろ)

 検討もつかない。

 いつも黒か青ばかりの自分の服を、つい眺める。


 カタカタとなる金属音。

 ドライヤーの音。

 人の話し声。


 音はどれもこれも、耳障りな騒音ばかり。

 自分の部屋を思い出す。何もなくて、外の音すら魔法で届かない、あの静かさを。

(……帰りたい)


「リフィー、来たわね」


 甲高くよく通る声が耳に届いた瞬間、ホッと胸を撫で下ろす。

 小麦のような、柔らかそうな金色の髪を靡かせて、彼女がやって来る。


「キアナ。予約通り来た」


 キアナが呆れた顔をする。

 それに、思わず苦笑した。

 彼女の顔を見るだけで、先ほどまであった居心地の悪さが、霞んでいく。


「予約を守るのは、当然でしょ?」


 彼女の手が椅子へと誘導する。

 リフィエルは足を一歩、動かした。


 それでもなお、他人の気配を意識しながら。





「うん、ちゃんと手入れしてるみたいね」


 キアナが、リフィエルの毛先を弄りながら、そう呟く。椅子に座る自分の目の前にある大きな鏡には、無表情な顔が映っていた。


「なんだかんだ言いながら、アタシの言う事ちゃんと守るんだから」

「守らないと小言がうるさい」

「小言ってなによ!」


 彼女は二級魔術士の資格を持ちながら、美容師になった変わり者だ。

 曰く、

『アンタの才能に打ちひしがれたのよ』、とのこと。

 魔術の才能だけで言えば遥かにリフィエルよりも高いのにも関わらず、だ。


 キアナの腕には鈍色の腕輪がある。

 それは、蛍光灯の光を帯びて光を反射していた。

 

「学生の時のアンタは長ったらしくてボッサボサで。それと比べたら雲泥の差ね」


 キアナの声に、腕輪に向かっていた意識が戻る。鏡の中の自分が、口を開いた。


「あれは仕方ない。ボクは他人に自分を触らせたくないから」

「だからって伸ばし放題はどうなのよ!

 まあ今は、ちゃんと来てくれるからいいけど」


 鏡越しに目が合う。

 キアナは、ほんの少しだけ照れたように笑顔を見せていた。



 魔術士学園は寮制で二人部屋が基本だ。

 キアナは、リフィエルの同室だった。


 ファッションやメイクが好きなキアナと、魔術にしか興味のないリフィエル。

 初めての頃は相性があまりにも悪く、衝突だって何度もあった。


 ーーけれど今は、こうして髪を整えてくれる関係にまで、なっている。

 触れられても平気だと感じるのは、彼女と育ての父だけだ。



 シャ、シャ、と柔らかなハサミの音。

 髪を整え、両端の長さを鏡で確認し、またハサミを取る。

 真剣な彼女の顔を見ながら、ぼんやりと考えごとに沈んだ。


(器の実験は失敗ばかり……、進捗が何もない)


 完成したところで近い将来使われなくなる。それが分かっていてもなお、停滞は心を波立たせる。


(管理官は何も言わない。だからこそ、怖い)


 叱咤もない。

 焦りもない。

 その目にあるのは、『観察』。


 あの瞳に見られると、心の奥底まで覗かれるような感覚になる。リフィエルはそれが、酷く苦手だった。

(なんでボクを選んだのかも、聞けてないし)


 キアナが、うん、と言葉を呟く。

 意識がゆっくり、現実に戻ってくるような感覚があった。


「良いバランス。リフィーは前下がりボブが良く似合うわ」

「……よくわからないけど」

「いいのよ。アタシが分かってれば」


 納得のいく仕上がりになったのか、彼女はクシを置いて、リフィエルの体に纏わせていた布を取る。切った髪が床に散らばった。


『清涼なる風よ。吹きて示したまえ』


 簡素な魔術語がキアナの口から溢れる。

 柔らかな風が足元を吹き、散らばった髪が一つにまとめられる。

 その見事な術捌きに、「さすが」とリフィエルの口が動いた。


「相変わらず丁寧な魔術だ」

「うるさいわね」


 口は文句を言いながら、その顔には照れが滲んでいる。


 ハサミを片付ける彼女の腕に光る、腕輪が目に入った。


 それは二級以上の高位魔術士である証。

 そして魔術を制限された者の、枷。


 視線に気が付いたのか、キアナが腕輪を上げる。

 鈍色に光る、彼女の腕には合わない無骨な物が痛々しく見えた。


「もう、またこれ? 制約がないと怖がる人が多いからね、仕方ないわよ」

「……」


 リフィエルの腕には、それはない。

 魔力値最低、実技魔術が壊滅的だった彼女には、そもそも与えられていない。

 この腕輪の製造は高コストなのだと、学生の頃教師が言っていた言葉をふと思い出した。

 

(絶対に付けたくなくて、魔力を押さえ込んだから)

 リフィエルの魔力は今も、奥底で沈黙している。誰にもこの魔力量に気付かないように常に押し殺して。


 けれど、キアナの腕を見ると罪悪感が募る。


 パンッと軽やかに背中を叩かれる。

 急になんだと文句を言う前に、キアナが声を荒げた。


「ほらもう終わり! 払うもん払って帰りなさい!」

「……傍若無人」

「アンタにだけは言われたくないわよ!」


 まるで風に靡く小麦の様な髪と、輝く彼女の瞳は眩しくて、そっと、目を細める。


(次こそ、結果を出そう)

 せめて、キアナが少しでも誇れるような、そんな自分で在りたい。


 ーーーそれに。


(管理官に、使えないやつだ、なんて思われたくない)


 結果を、残さなければ。


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