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恋はきっと、魔法だ  作者: そそで。
一章 沈黙を破る光
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3話 それでも魔法が全て






 リフィエルは、小さなアパートの一角を借りて生活していた。

 蔦の這う外観は古びていて、駅からは遠く、防犯灯すらない。


 ーーだけど、人の気配がない。


 魔術士管理局は給料が良いというのに、彼女はそんなボロアパートに身を置いていた。


 中も外観に相応しい様相だ。黄色の古びた砂壁と入居前に張り替えた薄いフローリング。キッチンから寝るスペースまで一つの空間で収まっている、小さなワンルーム。


 その手狭な部屋は物の代わりに魔法で満たされていた。


 部屋では宙に浮かぶ魔法灯が彼女をしっかり照らしている。

 ポットが一人でにお湯を沸かし、音を鳴らす。

 彼女の髪を梳かすクシは宙に浮いては髪を撫でていく。玄関や窓の防御結界は塵一つ通さない。


 リフィエルはそんな場所で、テーブルに図面を広げていた。

 椅子もない小さなローテーブルのそばに腰を下ろし、右足を投げ出している。


「人工魔石?……この、魔術が廃れている現代に?」


 馬鹿にしたような声が出た。

 


 魔法は既に途絶えている。

 自由自在に魔力を操れた人々はとうの昔に滅び、今あるのは魔力を利用した学問、魔術。

 魔術語を用い魔法に似た現象を生み出す技術だ。


 しかしそれすらも、徐々に滅びへと向かっている。

 

 残り僅かな魔術士たちや魔道具たちも、そのうち歴史上からひっそりと、姿を消すだろう。


 そんな時代に魔石作りなんて、今更無駄だというのが正直な感想だった。


(なのに、ボクはこうやって図面を見てるんだから……)

 本当、自分に笑うしかない。

 そう思う割に、表情に笑みは浮かばなかった。


 髪を梳かしていたクシが静かに元の位置に戻る。ポットは沸いたお湯をコップに注ぎ、冷え切った五徳の上で沈黙した。

 注がれたコップからコーヒーの酸味のある香りが部屋に広がってゆく。ティースプーンが二回、中をかき混ぜた。


 ふわり、テーブルにコップがやって来る。

 リフィエルの指先が、コップの縁を持った。


「あつっ」


 思わず声が出る。

 まだ飲めないや、と手を離した。




 人工魔石の図面は出来が荒い。

 そもそも魔力を入れる対象すら限定しておらず、魔力を注ぐために作られた魔術もまた、無駄が多い。

(これじゃあ半分以上の魔力が空気に霧散するじゃないか)


 冒涜的な魔力の使い方。

 リフィエルの眉間に皺が寄る。

 既に冷たくなったコーヒーは、まだ半分を残していた。黒い液体に緑の光が淡く灯る。


(この完成度で魔石を作りたいだなんて)

 魔術をなんだと思っているのか。


 図面から目を逸らし、ばたん、と後ろに倒れ込む。

 ふわりと浮かぶ魔法灯の緑がかった光が、顔を照らした。

(魔術まで、失うわけにはいかないから、)

 その光へ手を伸ばす。指の間から見える薄緑は、柔らかくて温かい。


「……だって今の人間達は、この美しさを知らないんだ」


 魔法を奪ったのは、自分なのだから。

 宙に揺らめく魔法灯が、一瞬光を落とした。






 夜は明け、また新たな日が始まっている。

 彼女の目の前には男がいる。

 ーールーディス・ヴェイル管理官が、赤い目をこちらに向けて、リフィエルの言葉を待っている。


 彼女は一度唾を飲み込んでから、息を吸い込んだ。


「ーーまずは、魔力を貯める器の選定が必要です」


 リフィエルの静かな声に、ルーディスは何も言わない。ただ、その瞳を細めただけだ。


 狭い会議室では、息づかいすら響く。

 小さなテーブルを挟み、向かい合わせで腰掛ける椅子は、既に体温を移している。

(今日は座るんだ)

 なら先日も座っていたら良かったのに、だなんて、言えるわけもない文句がこぼれ出た。


 彼が指先で紙を弄んだ音、足を組み替えた布擦れの音。それが耳に届く度、逃げ出したくなる。


(緊張で、声が震えそう)

 太陽光すらシャッターで閉じられ、人工的な光だけが、テーブルと頭を強く照らしている。丁寧に手入れされた彼の艶やかな黒髪が、人工の光の下でゆるり垂れ下がっていた。


(でも、魔術についてだけは、妥協できない)

 自分が魔術に関われるのは、この知識だけだ。

 それすらも放棄するなど考えられない。


 たとえどれだけ、目の前の男に恐怖を感じていたとしても。


「魔術式と器の同時進行は?」


 声は以前よりもゆったりとしている。

 それが胸の奥を撫でるようで、息が苦しくなった。


「……このプロジェクトは二人です。人手が足りません」

「まあ、だろうな」


 彼はリフィエルの言葉に苛立ちは見せない。

 分かっていた、とばかりに頷いた。


「魔術式より器が先の理由は」


 彼の問いかけに、リフィエルの喉が鳴る。

(静まれ、ボクの心臓)

 震える息を隠すように、膝の上で拳を強く握った。


「器によって魔術式を変更しなければならないからです。効率的じゃありません」


 ルーディスの口元に、笑みが浮かんだ。

 図面を見続けていた彼の瞳がリフィエルを捉える。


「同意見だ。ならば器の選定から入ろう。身近なところから実験するか。……実験方法は?」


 まるで決められていたように、言葉を吐く。

 それは一つの結論を彼女に与えた。


(こいつ、ボクを試していたな?)


 不愉快だ。


 けれど、声にも、顔にも出さない。

(やめ、落ち着けボク。管理官に嫌な顔してもいいことなんて一つもない)

 

「魔力を込めるだけなら、わたしでも出来ます。効率的とは言えませんが、器の選定だけなら十分です」

「分かった。それで進めて行く。他には?」


 ルーディスの視線が小さなテーブルの上の図面に向けられた。目が逸れてもなお、リフィエルの心は騒がしい。

 無意識に膝の上の拳に力がこもった。痛いほどに。

(ここからが、正念場だ)


「こちらで出来るだけ器になりうる素材をピックアップしてリスト化しますので、」


 効率的に働くならば、こうする他ない。

 散々考え抜いた結論を話すだけだというのに、言葉が一瞬詰まる。


「……その素材の入手は、お願いしたく」

「良いだろう。そこは俺がやる」


 その一つ返事に、強く握っていた拳から力が抜けた。


(……変なの。結構、生意気なこと言った自覚はあるのに)


 それでもルーディスは、一言だってリフィエルの言葉に強い否定も拒絶も示さなかった。


 紙をめくり、ペン先を動かす彼の目はどこか、真剣に見える。


「では次に器に込める魔力量についてだが、」


 淡々と業務的に、リフィエルの意見を丁寧に拾って取り入れていく。

 それがリフィエルには少し、不思議だった。



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