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恋はきっと、魔法だ  作者: そそで。
一章 沈黙を破る光
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2話 小さな牙を剥く





「ローベインさん、大丈夫?」


 穏やかな昼時の休憩室で、リフィエルの隣に座るノエ・ティーストンは、青い髪を垂らして彼女の顔を覗き込んだ。

 赤いリップの唇と、スカートを丁寧に履きこなした華やかな装い。

 けれど彼の喉に落ちる影は、確かに男性であることを指していた。


「……大丈夫です。驚きは、しましたが」


(嘘だ。大丈夫じゃない。すこしだって、全然)

 内心の毒は、いつもよりも弱い。

 気を抜けば、箸を落としてしまいそうだった。


 それでも平気な顔だけは、もう癖になっている。




 ルーディス・ヴェイル管理官の下に配属。

 それは彼女にとって苦い現実だ。


 呆けて執務室から戻って来た彼女に、職員達は心配の声をかけた。

 ルーディスが管理官に就任してまだ数日。そんな時にあった呼び出しだ。心配の声など建前で、本当は“何の用件だったか”を聞きたいことくらい、人付き合いの下手なリフィエルだって分かっている。

 けど彼女には言葉を濁して笑うしかなかった。


 それを思い出すだけで、口の中が酸っぱいもので満たされていく。


「それなら、いいけど」


 彼の声で過去の記憶から今に戻って来る。やかましく「美味しい」と騒ぐ、休憩室に設置されたテレビから流れるアナウンサーの声が、不愉快だった。

(呑気に美味しいだなんて言える人が羨ましい……)


 ノエは丁寧に箸入れに箸を戻した。


「実はさ、少し前から噂があったんだ。新しい管理官は直属の部下を探してるって」


 いつもよく食べる彼のテーブルには、大きなタッパー二つとカップスープ、おにぎりの入っていたラップのゴミが並んでいる。

 対してリフィエルの方は、進んでいない。

 半分以上残っている冷食ばかりの弁当は、もう色艶を失っていた。


 彼女の瞳が、ゆっくりと周囲を見る。


 魔術士管理局の休憩室は、賑わいを見せている。


 ヨーグルトやパンの販売員が部屋の隅で片付けを始めている。遠くで職員が冷蔵庫を開けている。

 広々とした部屋に並ぶ白いテーブルとパイプ椅子は、どれも清掃担当者が魔術で清めているおかげで、艶やかだ。


 リフィエルのすぐ近くにある窓が大きな風を受けて、音を立てて揺れている。

 それを誰かが「春一番」だと言った。


「部下は誰になるのか、本当に上官は来るのか。みんなよく噂してたよ。……もしかして今日の話って、それだった?」


(知らなかった……)


 そんな噂、リフィエルは全然知らなかった。

 いや、興味すらなかった。


 リフィエルは箸を置いた。

 胸がいっぱいで、もう食べる気にもなれなかった。


 小食の彼女に、彼は困ったように眉を下げる。けどその口は、「もう少し食べないと」とは言わなかった。


「うん、まあ、何かあれば力になるよ。二級魔術士になったし、前よりは役に立てると思う」

「……ありがとう、ございます。ティーストンさん」

「いえいえ。ローベインさん」


 彼が笑う顔から、そっと目を逸らす。

 

 窓の外を見れば、遠くに街並みが見えた。

 その上を月に一度しか浮遊しない魔道船が、静かに渡って行く。その身体に魔力の色を宿し、チカチカと色鮮やかな光を発している。


 街が魔道船の影に、ゆったりと沈んでいった。

 

 



 


『必要になったら呼ぶ。それまでは普段通りの仕事をしていろ』


 あの日。リフィエルの配属を冷たく言い放ったその最後、ルーディスはそう言った。

 宣言の通り、彼女は一時の平穏を取り戻した。

 それでも「管理官」の噂を耳にする度、リフィエルの頭の中はすぐにあの低い声に侵略されてしまう。


(――いつ爆発するか分からない爆弾抱えてる気分だ)

 気分は、あまり良くない。



 国で定められている魔術士階級の、下からニ番目である“三級魔術士”の彼女は、魔術を使った実務を担当する事はほとんどない。上層部はみな彼女の能力を『魔術は下手だが知識がある』と評価している。故に、舞い込んでくる仕事はどれも「翻訳」や「解析」、雑務などだ。

 

 

 魔術研究課はいくつかのフロアに分かれている。その中でも一番大きなフロア、実務室では職員が皆それぞれの資料を持ち寄って、研究をしている。


 リフィエルはその実務室の端、一人で使うには大きなテーブルの前に立っていた。

 その天板には紙が一枚置かれている。テーブルを覆い隠すほどのそれは壁画の模写品だ。

 最近はずっと、この壁画の解析を担当していた。


(――つまり、これは光の魔術の応用だ。しかし、何故こんな面倒な回り道を?)


 こんな魔術、術として考えなくてもすぐ出来る。

 そう考えてしまって、思考を取り繕う。


(いや、普通の人間はそんなこと出来ないんだった)


 己の感覚が『異端』であると認識してから、もう長い時間が経つ。

 だと言うのに、時折昔の癖が顔をのぞかせる。特に疲れている時などは、顕著だった。


(疲れてるのかな、ボク)


 それでも手は動く。

 壁画の解析結果を、ノートにつらつらまとめていく。ペン先が走る音だけが、耳に届く。


 その音を聞いていると少しだけ、気持ちが落ち着いてくる。実務室では小さな話し声と、紙の音、ペンの走る音ばかりが聞こえていた。

 

 深い青の瞳が、睫毛に隠れた。


 ブー、ブー。


 スマホの振動が、コートのポケットから伝わってくる。

 気付いてしまうと、どうしても眉間に皺が寄る。


 会社支給の、仕事用スマホ。

 画面が映す差出人は――ルーディス・ヴェイル管理官。


(……最悪だ)

 毒を吐きながらも、彼女の指先は通話ボタンを押していた。





 執務室は、あまりにも静かだ。相変わらず椅子を使わない彼は、入室したリフィエルをゆるりと見る。

(座ればいいのに)

 悪態を吐く。彼が立っているから、見下されている気分になるんだと、心が荒む。



 血のような目が、ずっと自分を見ている。

 それこそ、頭のてっぺんから靴先まで。


 居心地の悪さに、靴の中の足がじっとりと、汗をかきだした。


 緊張に高鳴る胸を押し殺して、扉を閉める。


 金具の音が耳に届く。

 閉じた扉は、まるでもう開かないかのように感じる。

 手を動かせば開けると言うのに、何を考えているのか。リフィエルには分からなかった。


 彼に向き直る。それから挨拶をしようと口を開いた。


「ローベイン。仕事だ」


 こっちに来い、と彼が言う。

(挨拶すら、させないつもり?)

 なら、それでいい。相手が遮ったのだから。


 扉の前から一歩進めば、痛む右足が「行くな」と訴える。

 それでもリフィエルは足を進める。この痛みはいつものことだ。


 ルーディスは、彼女の様子を見て目を細めた。

 何かを探る目だ。居心地が悪い。


「……昔、コレが開発されていたのは、知っているな?」


 赤い瞳がふと逸れた。

 デスクにまとめられた書類の一枚を、彼女に手渡す。


 間違えても手が触れないように、そっと受け取り、見る。


(……魔石?)


 記載されているのは、人工魔石についての設計図だった。

 




 魔石は年々、採掘量が減少している。



 魔術士が減るにつれ、人々は魔力を含む魔石をエネルギーとして、使用するようになった。

 科学と魔法を合わせた画期的なアイディアは、瞬く間に全国に広がり、


 ――そして、衰退しつつある。


「既に開発は止まって久しい。しかし俺は、人工魔石を完成させたいと思っている」


 ルーディスの声が、どこか遠く聞こえる。


 魔石の枯渇は昔から問題視され続けていた。

 よって、既に現代ではほとんどの技術が魔力から電力に代わっている。


(でも魔道列車や魔道船はまだ、魔石運用なんだっけ……)


「人工魔石についての噂は多少。眉唾ものかと、思っていました」


 恐怖も息苦しさも忘れ、書類を見る。


 よく出来ている、とは言い難い内容。

 人の魔力を媒体に宿し人工的に魔石を作る――。しかし、魔術士の数は減っている。


「無駄な労力……」


 それが彼女の率直な意見だった。


 眉が寄る。

 二枚目を捲るが、どれも現実を見ていない。

 

 ――いや。


(魔術士は、その仕事を減らしつつある……。だから、魔力を、資源に……)


 脳裏にちらつく赤い光と男達の嗤い声が急に押し寄せてくる。

 心臓が嫌な音を立てて、右足が酷い痛みを訴えた。


 

 視界が歪む。

 息が、急に出来なくなる。



「ローベイン!」


 男の声がして、急に意識がハッキリし始める。

 短い息を何度も吐き出し、少しずつ、自分を鎮めていく。


「もうしわけ、ありません。少々……、考え事を」


 見苦しい言い訳だ。自分でもそう思う。


 それでも、この人に弱さを見せたくはなかった。

 ――いや、自分は誰かに弱みをさらけ出すほど、強くないだけだ。


 一つ、爪がデスクを弾く音が耳に届く。


 ぼやけた視界のまま、目の前の書類から向こう側に視線を移す。ルーディスは眉をしかめて、ため息を吐き出していた。


「貴様に倒れられたら困る。頼みたい仕事があると言っただろう」


 トーン落とした声はいつもの威圧感が僅かに減っていた。

 心配されている響きでもないけれど、どうやら彼はリフィエルを気にかけている。それだけは伝わってきた。


(……魔術士としては底辺のボクに、頼みたい仕事?)

 分からないことだらけだ。


「倒れる前に体調不良は報告しろ」

「……はい」


 素直に頷く。

 けれどその心は、絶対言うものか、と密やかに決めていた。

 

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