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恋はきっと、魔法だ  作者: そそで。
二章 波紋に揺れる光
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9話 実験、実験、実験





 『魔空石』ーー空の魔石に魔力を詰め込む実験が始まってから、研究室の空気は熱を帯びた。


 魔力灯の光が、夜でも落ちない。

 結界の中で魔力がうねり、機械の音が止まらない。

 いつからか、昼と夜の境目さえ曖昧になっていた。


 リフィエルは、魔術式の構築を任されている。

 隣でマリアベルが静かに構築式を魔術語に変換する。


 防魔装置の中では、シヴァンが魔術語を唱え、魔空石へと魔力を注いでいた。


 「ストップ」


 低い声が響くと、シヴァンの詠唱が止まり、空気がわずかに軽くなる。

 モニターの光に照らされたルーディスが、数値を記録している。

 その手つきはいつも通り落ち着いているのに、額の下の影だけが深かった。


 魔空石は、淡く色づく。


 シヴァンがそれを取り出して渡すと、ルーディスは無言で魔力波形装置へ取り付けた。

 機械が音を立て、白い紙を吐き出す。


「上昇値は……二パーセント。微妙だな」


 淡々とした声。

 マリアベルがその紙を受け取り、ファイルに綴じる。

 リフィエルは新しい魔術式を組み直し、再び組み立てる。


 ーーその繰り返し。

 息をするように、延々と。




「休憩!」


 ルーディスの声に、シヴァンが崩れ落ちるように腰を落とした。その額には汗が滲み、手に持つステッキが床に転がった。這い出る様に防魔装置の外側へ出ると、「涼しいぃ」と声を上げた。


 外は既に太陽が消え、月が昇っている。

 しかしそれはシャッターに塞がれ、魔力灯だけが部屋を明るく照らし、デスクの上で散乱した書類に色を付けている。

 ペンを持ち続けていたリフィエルの手のひらの一部が赤く染まっている。空気に触れてひりひりと、少し痛んだ。

 その手を暫く見てから、シヴァンの方を見る。彼の額には光に照らされて汗が幾つも滲んでいた。


(魔力補充は常にエルダーさんが行うから、しんどいだろうな……)

 自分自身にも結界を張りつつ、魔石に魔力を注ぐ。万が一にも暴発しないようにと魔空石には軽い封印魔術が施してあるものの、それでも危険であることには変わりない。心労も疲労も計り知れない。


 しかし今更、彼以外に変更することはできない。

 これまで蓄積されたデータは全て彼の魔力で算出されている。

 一からやり直す覚悟がなければ、シヴァン以外への変更はできない。それが現実だった。


「リフィエルさんー、俺ちゃんとやれてます?」


 シヴァンが床に転がりながら、そう言う。

 声は疲れ切っていて、少し掠れていた。


 リフィエルが立ち上がる。

 デスクに置いたままだった彼のペットボトルを持って、傍に近寄った。シヴァンが午後に買い足したばかりの麦茶はもう半分も残っていない。

 それを彼の手が届く範囲に置いた。


「もちろんです。決まった魔力量を流してくれているから、比較がしやすくて助かります」

「それなら、いいっすけど」


 それにシヴァンほどの魔力がなければ、こうして残業してまでの実験は出来なかっただろう。魔空石の預かり期間が定められている以上、時間は一つも無駄にしたくはなかった。

 

 シヴァンの手がペットボトルを持った。

 それを確認してから、リフィエルがデスクを見るとマリアベルと目が合った。


『リフィエルさんも、お疲れ様です』

「クネアリスさんも、お疲れ様です。補助助かってます」


 マリアベルのステッキがまた宙に魔術語を浮かばせる。


『私はただ、リフィエルさんが出した構築式を魔術語にしているだけです』


 リフィエルの作った構築式を魔術語に変換する。

 簡単なように聞こえるが、実質かなり難しい技術だ。詠唱しやすいよう多少改良や言い換えをしなくてはならず、ニュアンスが異なってしまうと魔術の効果が発揮できなくもなる。

 とても繊細な作業だ。

 それをこともなくやってのける能力を、リフィエルは持ち合わせていない。


(凄いな、二人とも。ボクにはないものを持ってる)


 魔法は使えても、魔術は難しい。

 構築式を編めても、魔術語への変換は時間がかかる。


 それを補い、埋めてくれるのがこの二人だった。


 立ち上がると冷房の風が髪を揺らす。唇から息をゆっくり吐き出した。

 それは、僅かに震えている。

(……情けない。頼ってばかりだ)

 人が嫌いだと言う割に、人に頼らないと生きていけないだなんて。

 

 

 カパッと軽めな扉の開く音がする。視線が無意識に音のした方を見た。


 ルーディスは夏に入る前に、出入り口のすぐ近くに設置した冷蔵庫の中から、作り置きのアイスティーを取り出していた。視線に気が付くと、「飲むだろう?」と言うように顔を向けて、ガラスピッチャーを持ち上げる。

 

 リフィエルは、一つ頷いた。

 ルーディスの姿を見たリフィエルの指先が無意識に毛先に触れる。ルーディスがそれを見て僅かに嬉しそうに眉を垂れた。


「あ、ずるい! 俺も管理官の作ったアイスティー飲みたい!」

「却下だ。貴様らの分は作ってない」

「またリフィエルさんだけエコ贔屓!」

「当たり前だ」


 軽い応酬。

 それは、夏前までなかったものだ。

 

(なんでみんなには紅茶、作ってあげないんだろ)

 彼らがこのプロジェクトに参加してから、一度だって見たことがない。いつも自分にだけ。

 ルーディスがリフィエルに紅茶を差し出す度に、胸の奥がくすぐったくなる。


(優越感……? もしそうだとしたら、ボクはだいぶ性格が悪い)

 

 椅子に戻ったリフィエルに、ルーディスがコップを手渡す。透明なガラスに注がれたアイスティーは、赤茶色を穏やかに揺らしていた。


「ありがとう」


 受け取れば、冷え切ったコップが掌の熱を下げていく。

 優しい色の紅茶に口をつけた。

 華やかさの中に甘みのある香りと喉を通り抜けていくスッキリとした味わいに、冷たい息を吐き出した。

 からり、氷が音を立てる。


 涼しげな音に、熱くなっていた頭が穏やかに熱を下げていく。


「ローベインは放っておくと水分も取らない。こちらで調節してやらねば、倒れるまで仕事をする」


 ルーディスの言葉に、そっと視線を逸らした。

(夢中になるとつい、飲食って忘れちゃうんだよね)

 そんな言い訳は胸にしまっておく。口に出したところでルーディスに咎められるだけだ。


「君の前で、倒れたことはないけど」


 しかし声に出たのは、言い訳がましい言葉。

 気まずそうに視線を泳がせ、コップを持つ手がそわそわと動く。

 

 ルーディスの口角が、上がった。


「ほう? ならば、俺の前以外なら倒れたと」

「ち、違うよ倒れてない」


 この管理局に入ってから、倒れたことは“まだ”一度もない。リフィエルは常に自分を律して、耐えてきたのだから。


「ははあ、確かにこれじゃ“鬼管理官”も過保護せざるを得ないっすねー」

『エルダーさん、失言です』


 魔術語が浮かぶ。

 やべ、と言わんばかりの顔を、シヴァンは隠した。


「鬼か。可愛いあだ名だ」


 前の職場では死神だったと、彼はそう呟き。

 ぐいと、アイスティーをあおった。


(死神……、似合わないな)

 ぽつり、呟く言葉は空気を震わせることはなかった。

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