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恋はきっと、魔法だ  作者: そそで。
二章 波紋に揺れる光
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8話 新たな風





 テレビのアナウンサーがやけにうるさく梅雨明け宣言を告げている。

 ルーディスはテーブルの上のテレビのリモコンを持つこともなく、赤いボタンを押した。途端に音が消え、彼の息遣いと布擦れの音だけが、部屋を満たす。


 レースのカーテンから溢れる朝の光を受け、マグカップの縁が白く輝く。

 白くたちのぼる湯気の温かさが、柔らかい影を白い壁に映した。


 無骨な手が取手をつかみ、飲む。

 いつもよりも蜂蜜を抑えたそれは、少し甘味が足りない気がする。それでもルーディスは足すことをしなかった。


 ダイニングテーブルにマグカップを戻して、歩く。まだ一つに結ばれていない長い黒髪が、背中に無造作に揺れた。


 身支度をしながら家を歩き回る。

 ネクタイを締め、衣替えしたばかりの薄手の黒コートを羽織る。キッチンのカウンターに置いていた小さな物を取って、胸元に取り付ける。彼の手が離れると、『魔術士管理局 管理官』のネームプレートが光を反射していた。


 赤い目が、棚の上に飾られた写真立てに向かう。

 足が止まった。


「………似た者同士だな」


 ぽつり、呟く。


 写真立てに映るのは、カメラを覗き込む銀色の髪の彼女。目線はこちらになく、深い青の瞳は髪で少し、隠れてしまっている。


『嫌いじゃない』

 そう言った彼女の言葉を思い出して、喉の奥を鳴らして笑った。

 つう、と指先で写真を撫でればつるりとした肌触りに目が自然と細まる。

 指を離し、写真立てを触れた指先を擦り合わせた。


「嘘吐きだ。俺も、こいつも」


 楽しそうに、睫毛を伏せる。

 それから視線を外して、足を踏み出した。







 いつも羽織っていた職員用の白のコートは、衣替えで仕舞われた。その代わり羽織るのは、薄手の白コート。捲り上げが出来るように、袖の部分にボタンが付いている。


 そのボタンを無視して豪快に袖を上げている人を、リフィエルは初めて見た。



 いつもの研究室を、夏の始まりを告げるような太陽が照らしていた。

 梅雨明けと共にやってきた暑さが、じわじわと世間を侵食し始めている。


 太陽の光を浴びて赤茶色の髪の男が、視線を忙しなく彷徨わせている。

 捲り上げのためのボタンを使わず、無理やり袖をめくりあげた腕は筋肉質だ。夏の太陽に照らされた筋に影ができていて、余計大きく見える。けれどシルバーの目は垂れ気味で、どこか犬を思わせるような元気で優しい顔立ちをしていた。


 その隣にいる少女に目を向ける。

 薄緑の髪を長く垂らした彼女は、静かにその場に立っていた。微動だにしないから、リフィエルはつい、「人形みたいだ」なんて思ってしまったほど。

 童顔なのだろうか、リフィエルよりも歳下に見える顔立ちもまた人形のようで、小さな唇は一つも動かない。彼女の緑色の目は、なぜか一度もリフィエルの方を見ない。


 その二人の間を通り抜けて、ルーディスがリフィエルの元に歩み寄った。

 彼女の前で、足を止める。


「新人だ。魔力補充担当、シヴァン・エルダー。魔術語担当、マリアベル・クネアリス」

「はい」


 リフィエルが頷く。

 ルーディスが、自然と彼女の隣に立った。


「エルダーは魔力量が多く、また魔術の扱いに長けている。長期的な実験もこなせるだろう」

「シヴァン・エルダーっす! よろしくお願いします!」


 シヴァンが大きく頭を下げた。リフィエルも合わせて、小さくお辞儀を返す。ぎゅうと、お腹の前で合わせた手に力がこもった。


「クネアリスは魔術語の知識に長けている。また繊細な魔力感知を持っている。万が一の暴走がないよう、見張りも担当させる」


 ぺこり。マリアベルが静かに頭を下げた。

(魔力感知、今時珍しい)

 リフィエルもお辞儀を返しながら、そっとルーディスを見た。彼は一度リフィエルを見て、頷く。


 魔力感知が出来る人間は、もうほとんど残っていない。一部、マリアベルのような人が持ついわゆる“特殊な能力”として僅かに残っているのみだ。


(クネアリスさんの前で、魔法は絶対使えない)

 気を、引き締めなければ。


「貴様ら。こっちが、リフィエル・ローベイン。魔術式構築担当」

「よろしくお願いします」


 リフィエルの顔に笑みが張り付く。

 にこやかにお辞儀を済ませた彼女に、ルーディスの口元が強く結ばれた。


「あの! “教科書の”リフィエルさんっすよね!?」


 シヴァンが駆け寄り、彼女の目の前に立つその前に、ルーディスが動いた。

 間に入るようにして、己の体より少し背の低いシヴァンを不機嫌に染まった赤い瞳が見下ろす。


 シヴァンはぴたりと、足を止めた。


(教科書……)

 ルーディスの背中に少しホッとしたのも束の間。教科書、という単語が彼女の心をモヤで包んでいく。

 あれには苦い思い出しかない。僅かに眉が下がる。

(名前、匿名にしておいたのに)


「エルダー。不必要な接触は控えろ」

「あ、はーい。俺、興奮しちゃって」


 シヴァンのその声はあっけらかんとしていた。ルーディスに相対した人は、大体が怖そうに少し縮こまるというのに。

(すごいな……)


「俺知ってます! 教科書に載ってた魔術式作った人ですよね?」


 シヴァンは怒られてもなお、話を続けるつもりのようだ。ルーディスがため息を吐きながら、彼女の横に戻る。

 笑顔を貼り付けたままのリフィエルの前に、シヴァンが映し出された。


「浮遊魔術ってずっと魔力馬鹿食いしてたけど、あの術式のおかげで効率的になったんだよ! 俺よく使ってたからほんと助かって!」


 小さな足音が、シヴァンの後ろで鳴る。

 マリアベルがひょこり、シヴァンの隣から顔を覗かせた。


『私も知ってます。お会いできて光栄です』


 マリアベルが、ステッキの先から宙に魔術語を描く。

 喉を使えない彼女の、意思疎通手段だ。

 連なる魔術語はとても流暢で、淡い青を帯びた白い光が白い壁に光を落としている。


「……ご丁寧に、ありがとうございます。けど、あの魔術式は本当に偶然の産物で、」

「いやいや! 浮遊魔術以外にも幾つか出してるじゃないっすか! 年下なのに負けてらんねー!って思った記憶あるんで!」

『私も参考にしてます』


 リフィエルは笑みを浮かべたまま、僅かに眉を下げた。じり、と体重が後ろに下がるように、体が少し後ろへ動く。

 ルーディスがその様子を見て、目を細めた。


「そこまで。そろそろ仕事に取り掛かる」

「あ、はーい」

『承知しました』


 強張った彼女の右足が、じり、と後ろに下がった。それでも距離は、あまり変わってはくれなかった。

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