7話 銀糸に触れ
研究室に、大量の資材が搬入されていく。
死んだような目をした魔術士が魔術で浮遊させる金属の箱。
少しずつそれが、鈍い光を滑らせながら奥へと進む。
部屋の隅を覆い隠すように、頑丈な箱が積み込まれていく。
魔力灯の光を反射して鈍く緑がかる金属は、陽の光を受け取り角を尖らせていた。
それを呆然とリフィエルは見ていた。
深い青の瞳に困惑の色を乗せて。
「使用済みの天然魔石の使用許可が降りた」
資材と共にやってきたルーディスが、靴音を立てて彼女の隣に立つ。いつも綺麗にまとめられている黒い髪が、少し乱れを残していた。
リフィエルは、彼の乱れた髪に気付いて視線を上げた。
(なんか、疲れてる?)
いつもの覇気が薄い。
顔を覗き込んだ。彼の瞳が、彼女を捉える。
髪が作る影が余計彼を疲れさせているように見えた。
「大丈夫……?」
喜ばしいことのはずなのに、彼は喜んでいない。現像した写真を持ってきたあの日の方が、よほど楽しそうだった。
それが、リフィエルの眉を下げる。
彼の赤い瞳が、少し逸れた。
「最近忙しそうだったし、少し休んだらどう? ボクの方で色々やっておくし」
「……馬鹿な事を言うな。一人になどしておけん」
「そんな信用ない?」
「ああ。お前はすぐ、無理をする」
リフィエルは、口を閉ざした。
(ボク、無理したつもりないんだけど)
覗き込むようにしていた体を戻し、搬入の終わった箱を見る。
(無理をする、だなんて初めて言われたな)
疲れ切った顔の魔術士が、搬入完了の知らせをルーディスに向けた。
その顔はどこか見覚えがある気がして、首を傾げる。
ルーディスは魔術士に返事をすることなく、リフィエルの表情を見ていた。
「なんだ、覚えていないか?」
「んー……。思い出せない」
リフィエルがルーディスの傍で、彼らに聞こえぬようにそう呟く。ルーディスは「はは、」と少し演技めいた声で笑った。
「知らなくていい。こいつらがここに居るのは罰だ。ただのな」
悪戯じみた言葉に、二人の魔術士はさっと顔を背けた。
窓に映る曇り空は、雨の匂いと僅かな泥の匂いを引き連れていた。
使い終えた天然魔石はやはり国で保管していた。大体の物は砕き、処分してしまったらしいが、まだ保管していた“空の器”が残っていた。
それが今ここにある物たちだ。
箱を開けると、薄青色を携えた透明な石たちが顔を覗かせる。魔力灯の光を受けて、その身に緑を含ませた。
魔法で箱のある場所に結界を施す。“魔力を封じる金属”ので作られた箱に覆われているとは言え、万が一、勝手に魔力を吸い込んで魔石化されても困るからだ。
揺れる魔力がいっぺんに箱を覆う。
それは硬質な壁のようになり、一筋光を放った。
「ん、上出来」
結界の強度を確認し、頷く。
結界が張れたことを報告しようと、ルーディスの姿を探す。目が、ある一点で止まった。
彼は窓辺で、外の曇り空を見つめている。腕を組み、壁に背をもたれ、赤い瞳はどこか遠くを見つめている。
(案外管理官は、自然を好むんだよね)
近寄って窓の端から外を見れば、分厚い雲の下を魔道船が飛んでいた。チカチカと光ながら飛ぶ姿は、優雅で、まるで空を飛ぶ巨大な魚のよう。
「もうそんな時期なんだ」
魔道船は、今は月に一度だけ運航する。
魔道具や書物などの魔術関連の物資が、海外とこの国を行き来する。その為の船。
(昔は月に三回は航行してたらしいけど……、今じゃ月一、か)
寂しさが募る。
魔術も、少しずつ姿を消していることが、悲しいと。
魔道船が、ゆっくり姿を小さくしていく。
それを共に眺めていた。
「……ローベイン」
彼が、窓を見たまま呼ぶ。
リフィエルは外から目を逸らさず、「なに?」と小さく答えた。うっすらとガラスに浮かぶ自分が、穏やかな顔をしている。
「プロジェクトに人員を二人、追加する」
窓に映る自分がふいに情けない顔を見せて、すぐに取り繕う。
(いま、ボク。なにかよくないこと、考えた気がする)
深く考えないように振り払う。
「次は魔術式の構築と、魔術語化の作業。それから魔力補充の実験だ。お前には魔術式構築を担当してもらう」
ルーディスを見れば、彼はもう既にリフィエルの方を見ていた。その赤い瞳をジッと見つめてみたけれど、感情は読み取れない。
リフィエルは少しの間の後、頷いた。
「うん。分かった」
(ボクだけじゃ、手が足りないから)
リフィエルは、魔力量を“偽って”登録している。三級魔術士になれる、ギリギリのラインを狙って。
故に彼女の腕には、二級以上の魔術士が付けるべき“制御装置”がない。付けたくなくて、そうしたのだ。
ルーディスも、リフィエルの書類上の魔力量を把握しているだろう。だからこそ、新しい人員を必要としている。
彼女だけでは全てをこなせないから。
(それに、空の魔石の預かり期間は、あまり長くない)
視界の端に映る曇天の空が、今にも降り出しそうだった。
「こちらで選定は終わっている。どちらも足を引っ張ることはない実力の持ち主だ。……だが、」
ルーディスが、リフィエルに体を向ける。
彼の瞳は疲れも相待ってか、いつもよりも弱って見えた。
リフィエルがじっと目を見ていれば、ルーディスが瞳を僅かに揺らして、視線を逸らした。
眉を寄せて、外を見る。既に魔道船は遥か遠くにいて、もう光しか捉えることは出来ない。
「……性格や性質も加味して、選んだつもりだ。だがもし、お前が不愉快になるようなら考え直す」
「不愉快? なんで」
「人が嫌いだろう」
人が嫌いなどと、リフィエルは彼に言ったことはない。だから目を見開いた。
(なんで、隠してた、はず)
ルーディスは何も言わないリフィエルの顔をちらりと見て、小さく息を吐き出した。
「お前、隠しているつもりだったのか? あれで」
(あれって……、ボク、そんな分かりやすい?)
いや、そんなはずはない。きっと特別、ルーディスの目が良いだけだ。
だって今までは、こんなふうに言ってきた人は一人もーー。
(いや、どう、なんだろう。みんな言わないだけ、とか)
右足が疼く。
それを撫でるように、リフィエルの靴底が床を滑った。
(ーー確かに、ボクは人間が嫌いだ)
リフィエルが心を許しているのはたったの二人だった。つい、最近まで。
(人間が嫌いな自分も大嫌いで、こんな生き方しかできない自分を呪いたくて)
目を閉じる。
痛む右足が、忘れるなと主張する。
「……そうだよ。ボクは、人が怖くて、嫌い」
近寄りたくもない。
けれど、生きてても欲しい。
矛盾した考えだ。自分がよく分からなくなる。
「けど、」
彼女の目が、もう一度彼を見た。
何を考えているのか分からない、ルーディスの表情が瞳に映る。
(少なくとも管理官は、そばにいると落ち着く人だから)
ほんの少しだけ、頬を上げる。
(この人が、三人目だ)
「ボクは、君が嫌いじゃない。……信じてる、つもりだよ?」
雨粒が一つ、ガラスに落ちた。
赤い目が大きく見開かれた。
彼の手が、ぴくりと震えて、強く拳を握る。
「人工魔石を魔術士のために。
ーー君の信念を、ボクは成し遂げてあげたい。だから、協力してる。……君が心配しない、範囲でやるよ」
彼の強く強く握られていた手が、開く。
伸びた手が、躊躇いがちに彼女へ近付く。
不思議そうに、リフィエルが首を傾げた。
銀色の髪が、動きに合わせて揺れる。
その瞳に恐怖はない。
ーールーディスの指先が、銀色の毛先に触れた。
「……なかなかの、口説き文句だ」
そっと、指が離れた。
リフィエルの瞳が、見開かれていく。
毛先が動く感覚が、くすぐったい。
彼が、ほんのわずかに息を吸う。
それから少し笑った。優しさや喜びを滲ませて。
とん、とん。
外では、雨が降り始めていた。




