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恋はきっと、魔法だ  作者: そそで。
二章 波紋に揺れる光
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7話 銀糸に触れ





 研究室に、大量の資材が搬入されていく。

 死んだような目をした魔術士が魔術で浮遊させる金属の箱。

 少しずつそれが、鈍い光を滑らせながら奥へと進む。


 部屋の隅を覆い隠すように、頑丈な箱が積み込まれていく。

 魔力灯の光を反射して鈍く緑がかる金属は、陽の光を受け取り角を尖らせていた。


 それを呆然とリフィエルは見ていた。

 深い青の瞳に困惑の色を乗せて。


「使用済みの天然魔石の使用許可が降りた」


 資材と共にやってきたルーディスが、靴音を立てて彼女の隣に立つ。いつも綺麗にまとめられている黒い髪が、少し乱れを残していた。


 リフィエルは、彼の乱れた髪に気付いて視線を上げた。

(なんか、疲れてる?)

 いつもの覇気が薄い。

 顔を覗き込んだ。彼の瞳が、彼女を捉える。

 髪が作る影が余計彼を疲れさせているように見えた。


「大丈夫……?」


 喜ばしいことのはずなのに、彼は喜んでいない。現像した写真を持ってきたあの日の方が、よほど楽しそうだった。

 それが、リフィエルの眉を下げる。


 彼の赤い瞳が、少し逸れた。


「最近忙しそうだったし、少し休んだらどう? ボクの方で色々やっておくし」

「……馬鹿な事を言うな。一人になどしておけん」

「そんな信用ない?」

「ああ。お前はすぐ、無理をする」


 リフィエルは、口を閉ざした。

(ボク、無理したつもりないんだけど)

 覗き込むようにしていた体を戻し、搬入の終わった箱を見る。

(無理をする、だなんて初めて言われたな)

 


 疲れ切った顔の魔術士が、搬入完了の知らせをルーディスに向けた。

 その顔はどこか見覚えがある気がして、首を傾げる。


 ルーディスは魔術士に返事をすることなく、リフィエルの表情を見ていた。


「なんだ、覚えていないか?」

「んー……。思い出せない」


 リフィエルがルーディスの傍で、彼らに聞こえぬようにそう呟く。ルーディスは「はは、」と少し演技めいた声で笑った。


「知らなくていい。こいつらがここに居るのは罰だ。ただのな」


 悪戯じみた言葉に、二人の魔術士はさっと顔を背けた。

 窓に映る曇り空は、雨の匂いと僅かな泥の匂いを引き連れていた。





 使い終えた天然魔石はやはり国で保管していた。大体の物は砕き、処分してしまったらしいが、まだ保管していた“空の器”が残っていた。

 それが今ここにある物たちだ。


 箱を開けると、薄青色を携えた透明な石たちが顔を覗かせる。魔力灯の光を受けて、その身に緑を含ませた。


 魔法で箱のある場所に結界を施す。“魔力を封じる金属”ので作られた箱に覆われているとは言え、万が一、勝手に魔力を吸い込んで魔石化されても困るからだ。


 揺れる魔力がいっぺんに箱を覆う。

 それは硬質な壁のようになり、一筋光を放った。


「ん、上出来」


 結界の強度を確認し、頷く。


 結界が張れたことを報告しようと、ルーディスの姿を探す。目が、ある一点で止まった。

 

 彼は窓辺で、外の曇り空を見つめている。腕を組み、壁に背をもたれ、赤い瞳はどこか遠くを見つめている。

(案外管理官は、自然を好むんだよね)


 近寄って窓の端から外を見れば、分厚い雲の下を魔道船が飛んでいた。チカチカと光ながら飛ぶ姿は、優雅で、まるで空を飛ぶ巨大な魚のよう。


「もうそんな時期なんだ」


 魔道船は、今は月に一度だけ運航する。

 魔道具や書物などの魔術関連の物資が、海外とこの国を行き来する。その為の船。

(昔は月に三回は航行してたらしいけど……、今じゃ月一、か)


 寂しさが募る。

 魔術も、少しずつ姿を消していることが、悲しいと。


 魔道船が、ゆっくり姿を小さくしていく。

 それを共に眺めていた。


「……ローベイン」


 彼が、窓を見たまま呼ぶ。

 リフィエルは外から目を逸らさず、「なに?」と小さく答えた。うっすらとガラスに浮かぶ自分が、穏やかな顔をしている。


「プロジェクトに人員を二人、追加する」


 窓に映る自分がふいに情けない顔を見せて、すぐに取り繕う。

(いま、ボク。なにかよくないこと、考えた気がする)

 深く考えないように振り払う。


「次は魔術式の構築と、魔術語化の作業。それから魔力補充の実験だ。お前には魔術式構築を担当してもらう」


 ルーディスを見れば、彼はもう既にリフィエルの方を見ていた。その赤い瞳をジッと見つめてみたけれど、感情は読み取れない。


 リフィエルは少しの間の後、頷いた。


「うん。分かった」


(ボクだけじゃ、手が足りないから)

 リフィエルは、魔力量を“偽って”登録している。三級魔術士になれる、ギリギリのラインを狙って。


 故に彼女の腕には、二級以上の魔術士が付けるべき“制御装置”がない。付けたくなくて、そうしたのだ。

 ルーディスも、リフィエルの書類上の魔力量を把握しているだろう。だからこそ、新しい人員を必要としている。


 彼女だけでは全てをこなせないから。

(それに、空の魔石の預かり期間は、あまり長くない)

 

 視界の端に映る曇天の空が、今にも降り出しそうだった。


「こちらで選定は終わっている。どちらも足を引っ張ることはない実力の持ち主だ。……だが、」


 ルーディスが、リフィエルに体を向ける。

 彼の瞳は疲れも相待ってか、いつもよりも弱って見えた。

 リフィエルがじっと目を見ていれば、ルーディスが瞳を僅かに揺らして、視線を逸らした。

 眉を寄せて、外を見る。既に魔道船は遥か遠くにいて、もう光しか捉えることは出来ない。


「……性格や性質も加味して、選んだつもりだ。だがもし、お前が不愉快になるようなら考え直す」

「不愉快? なんで」

「人が嫌いだろう」


 人が嫌いなどと、リフィエルは彼に言ったことはない。だから目を見開いた。

(なんで、隠してた、はず)

 ルーディスは何も言わないリフィエルの顔をちらりと見て、小さく息を吐き出した。


「お前、隠しているつもりだったのか? あれで」


(あれって……、ボク、そんな分かりやすい?)

 いや、そんなはずはない。きっと特別、ルーディスの目が良いだけだ。

 だって今までは、こんなふうに言ってきた人は一人もーー。

(いや、どう、なんだろう。みんな言わないだけ、とか)


 右足が疼く。

 それを撫でるように、リフィエルの靴底が床を滑った。


(ーー確かに、ボクは人間が嫌いだ)


 リフィエルが心を許しているのはたったの二人だった。つい、最近まで。


(人間が嫌いな自分も大嫌いで、こんな生き方しかできない自分を呪いたくて)


 目を閉じる。

 痛む右足が、忘れるなと主張する。


「……そうだよ。ボクは、人が怖くて、嫌い」


 近寄りたくもない。

 けれど、生きてても欲しい。

 矛盾した考えだ。自分がよく分からなくなる。


「けど、」


 彼女の目が、もう一度彼を見た。

 何を考えているのか分からない、ルーディスの表情が瞳に映る。

(少なくとも管理官は、そばにいると落ち着く人だから)

 ほんの少しだけ、頬を上げる。

 

(この人が、三人目だ)



「ボクは、君が嫌いじゃない。……信じてる、つもりだよ?」


 雨粒が一つ、ガラスに落ちた。


 赤い目が大きく見開かれた。

 彼の手が、ぴくりと震えて、強く拳を握る。


「人工魔石を魔術士のために。

 ーー君の信念を、ボクは成し遂げてあげたい。だから、協力してる。……君が心配しない、範囲でやるよ」


 

 彼の強く強く握られていた手が、開く。

 伸びた手が、躊躇いがちに彼女へ近付く。


 不思議そうに、リフィエルが首を傾げた。

 銀色の髪が、動きに合わせて揺れる。

 

 その瞳に恐怖はない。



 ーールーディスの指先が、銀色の毛先に触れた。



「……なかなかの、口説き文句だ」


 そっと、指が離れた。

 リフィエルの瞳が、見開かれていく。

 毛先が動く感覚が、くすぐったい。


 

 彼が、ほんのわずかに息を吸う。

 それから少し笑った。優しさや喜びを滲ませて。


 とん、とん。

 外では、雨が降り始めていた。

 

 

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