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恋はきっと、魔法だ  作者: そそで。
二章 波紋に揺れる光
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5話 変化は水面下で




 

 昼下がりの研究棟。


 廊下には大きな窓があり、陽光が薄く差し込んでいる。

 その光の影に隠れるように、リフィエルは右足を静かに、後ろへ下げた。


「ねえ、ローベインさん。管理官って、どんな方?」


 背後にある資料室の扉のドアノブが、背中に触れる。


(……えっと、)


「怒られたりは?」

「人工魔石の研究って、今からでも参加できたりしないですか?」


(……邪魔、なんだけど)

 毒が、どこか弱々しかった。


 リフィエルの周りには、珍しく人の姿があった。

 彼女達の視線の先に、以前までは気にもしていなかったリフィエルがいる。

 

 みな、リフィエルに興味津々に“人工魔石プロジェクト”のことについて、矢継ぎ早に質問してくる。

(人工魔石については誰も期待していなかったはずなのに、一体、どうして)

 馬鹿にするような雰囲気すらあったというのに。


 資料棚が立ち並ぶ細い廊下の圧迫感が、さらに彼女を逃げにくくしていた。

 古い紙の匂いと乾いた空調の風が混ざり、胸の奥がじわりと重くなる。


 視界に映る彼女たちの瞳には、隠し切れない好奇心が滲んでいた。


「……じ、人工魔石プロジェクトについては、管理官が管理してますから、“ボク”からは、なんとも……」


 確かにリフィエルは研究員として配属されているが、自分から言えることは何もない。研究内容を社内でも勝手に洩らさないことは、暗黙のルールだった。

(先輩方は理解しているだろうに、何故?)

 

「一緒に二人で研究してるんですよね? どんな感じなんですか? やっぱり怖い人?」

「……管理官は理不尽にはお怒りにはなりません。時折、きつい言い方をするときもありますが、筋の通った方です」


(頭が、混乱しそう)

 なんとか、受け答えをしている。

 けれど、この状況と視線の多さに、眩暈がしそうだ。


 右足が小さな痛みを与えてくる。

 それがなんだか、叱咤のように感じられた。

(わかってる。ちゃんと、やるって)


 それでも、彼女たちの質問は止まらない。

 人工魔石のこと、研究の進捗、そして何よりーー管理官のこと。


 いつの間にか話題のほとんどは、ルーディスのことばかりになっていた。

 それに気が付くと、なんだか胸に小さな針を刺したような、微かな痛みがあった。

(管理官について聞かれたって、ボクは何も答えられないのに)

 なんだか少し、息がしにくい。

 



 資料を取りにきただけなのに、もう数十分もこうして拘束されている。

 窓の外では太陽が雲に隠れて、足を照らしていた光が消えていた。遠くで談笑していたはずの人の声はもう聞こえない。


(はやく、資料を探さないと、怒られる)

 失礼のないように受け答えするので精一杯で、立ち去る隙が見つからない。


 資料室の扉はすぐ後ろなのに、まるで透明な壁に塞がれたようだった。

 冷たいドアノブは、未だ背中に張り付いたまま。


 ルーディスに許可をとって資料室に来ているのに、これほど時間をかけてしまうと、彼が怒るかもしれない。

 

 あの赤い瞳が自分を見て、口角を上げる。

 それを想像しただけで胸が苦しくなる。

 それはとても怖いことだ。

 だって彼は理不尽に怒ったりしないから、余計に。

 

 リフィエルはそれでも、目の前の彼女たちを無碍にはできなかった。

 異端ではいたくない。


(早く、どっか行ってくれ)

 心では毒を吐くのに、行動は伴わない。



「あの、」


 その時。


 着信音が鳴る。

 仕事用のスマホから流れる音に、彼女たちの口が止まった。

 どうぞ、と彼女たちが手で合図をする。


 リフィエルは、スマホを手に取った。


 表示されている名前は、想像していた通りの人だった。

 緊張を滲ませて、耳にそれを当てる。

 冷たさが、耳から頬に伝わっていった。


「……はい」

『なにをしてる』


 早口なルーディスの声。その声に怒りはなくけれどどこか苛立ちを含んでいる。通話の向こうで早い足音が鳴っていた。

 

 ぞわりと、粟立つ。


 耳元で響く低い声が、心臓を撫でていくみたいだ。

(なんだ、これ。なんか、へん)


「……すみません。資料を探すのに、手間取ってまして」


 少しだけ声が震えた。

 耳にあてたスマホから聞こえる微かな吐息すら、胸の奥をくすぐる。

(ボク、なんで、)


 下がった視線の先で、靴先が光を受けていた。

(なんで、怖くないの……?)


『………まだ資料室だな? すぐ着く』

「え、あの。すぐ戻り、」


 切れた。

 思わず、スマホを耳から離して画面を見る。

 通話終了の文字が、切られたことを告げている。


(まって。すぐ着くって、言った?)

 今更言葉を認識した、その直後だ。

 

 硬質な足音が向こうから聞こえてきた。

 最近覚えてしまった彼の足音。

 何を考える間もなく視線が向かう。



 資料室前廊下の空気が、ぴんと張りつめた。

 靴音が近づくたび、周囲のざわめきが静まっていく。


 彼の足音に合わせ、周囲の私語がひとつ、またひとつと消えていく。

 静寂がじわりと資料棟の廊下を満たしていく。


「あの、管理官はなんて?」


 女性の一人が、声を出した彼女の肩を叩いた。

 指先を口元にあてて、下がるようにと引っ張る。


「ローベイン、戻って来ないと思ったら」


 黒いコートを靡かせてやって来る。

 

 彼が、彼女たちを見た。

 すう、と赤い瞳が細まる。


 冷たい空気の中で、その視線だけが鋭く突き刺さる。

 廊下全体が一瞬で静まり返る。


 彼女たちの肩が、静かに震えた。

 

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