4話 ボク
昼休みの休憩室は変わらない姿を見せている。白い長テーブルも椅子も、どれもいつも通りだ。
喧騒の中耳に届くのは、設置されたテレビから流れるアナウンサーの声。
『新たに発掘された魔法遺跡についての新情報です。海外メディアによりますと、古代魔法時代の遺跡に残存する“魔法兵器”がーー』
別の大陸で発見された魔法遺跡についてのことが、口早に語られている。
最近はどのチャンネルも、同じことばかり放映していた。
それでもリフィエルにとっては飽きもしない、何度も見ていたい話題だ。
そのニュースが流れるたびに、リフィエルの視線はいつも釘付けだ。
新たな魔法遺跡。そこから発掘される古代の物品に、技術。それらはリフィエルの心を掻き立ててくれる。
テレビ画面が、遺跡を映した。
古びた遺跡から、大きな剣を運び出す人の姿が映っている。
大きな剣に付いていた不気味な赤い石が太陽に触れて、光を放つ。その赤に右足が疼くような気配がしたその瞬間だった。
「わあ、綺麗な紫陽花だね」
その赤に奪われていた感覚が、彼の一言で引き戻される。
声のする方に視線をあげれば、ノエが丁度隣に腰を下ろしているところだった。
大きなお弁当袋が音を立ててテーブルに置かれた。
「紫陽花……」
彼女の手元には、あの写真たちがある。
開けてもいないお弁当袋の上に、それは置かれていた。ノエを待つ間、写真を眺めていたのに、テレビにつられて忘れていた。
下を向けば紫と青のコントラストが目に飛び込む。
「それ魔道カメラの写真だよね? 触ってもいい?」
「いい、ですよ。どうぞ」
「ありがとう」
ノエが一枚写真を取る。
彼の指が少しだけ写真に魔力を流した。
ゆらり、魔力の光が揺らめいて写真が“動く”
紫陽花の花が風に揺れ、葉に乗る雫が落ちていく。まるで、写真の中で生きているように。ぽたんと音が鳴った気がするほどに、リアルで、未だ記憶に新しい。
魔力の揺らぎが静かに消えていく。
写真は動きを止め、静寂を戻した。
「いいなあ、僕も魔道カメラ欲しいな」
今はもう高くて手が出せないや、とノエは苦笑する。写真をそっと戻して、彼は自分のお弁当を広げた。
「ローベインさん、カメラ趣味なの?」
「いえ、ボクは……、あ」
(しまった……っ)
慌てて口を閉ざすと、ノエが驚いたように彼女を見ている。
「なーんだ。お揃いだね。僕も、僕だから」
彼はあっけらかんと、そう言った。
視線はもう彼女になく、目の前のお弁当に注がれている。
揚げ物の香りが、鼻を通り抜けていった。
「………変、じゃないですか?」
「なんで? 似合ってると思うよ」
いただきます、と箸と手を合わせる。
その姿はどこにも、お世辞のようなものはない。
(無理を、しなくてもいいのかな)
少しだけ、まだ怖いけど。
「……ボク、カメラはあんまり」
「そうなの? じゃあこれは?」
「これは、えっと……、カメラを、管理官が貸してくれて」
ぼたん。
ノエが、大きく食らいつこうとしていた唐揚げを落とした。珍しい光景に、リフィエルが数回瞬く。
彼はいつも米粒ひとつ残さずきれいに食べる人なのに。
リフィエルの手がそっと写真を持って、外側へずらした。
自分のお弁当袋を指先が開いていく。
「……管理官が?」
「はい」
「そうなんだ……、へえ、なんか、意外」
彼は唐揚げを箸で持ち直す。
それから大きな口を開けて、ぱくりと食べ始めた。
リフィエルも、合わせてお弁当の箱を開けた。
相変わらず冷食ばかりの小さなお弁当。
しかし、なぜだろう。
いつもより少し美味しそうに見える。
(……? 変だな)
いつも通りのはずなのに。
テレビが、宣伝を流している音が聞こえる。
音を立てずに手を合わせて、箸を手に持った。
「でも確かに管理官って、思ったよりも怖い人じゃないみたいだね」
口の中のものを飲み込んだ彼が、言葉を繋ぐ。
彼の箸が今度は、卵焼きを掴んだ。微振動する卵焼きは、ぷるぷると柔らかそうだ。
(卵焼き……、冷食にあるかな)
「同じ管理課の子たちが騒いでたよ。なんか、褒めてもらったって」
「………」
(確かに彼は、たまに褒めてくる)
本気かどうか、よく分からなくて流していたけれど。
(そっか、他の人も褒められてるんだ)
ツキン、と、不思議な痛みが胸を打つ。
思わず胸元に手を添えた。
「……?」
「カメラ貸してくれるくらいなら、信用されてるんだね」
思ったよりも上手くいってるみたいで良かった。
彼はそう言い残してから、食事に夢中になった。
リフィエルはただ、写真を眺めていた。
胸にやってきた違和感を言葉に出来なくて。
テレビがまだ魔法遺跡についての放映をしている声と、それをかき消すような喧騒が耳に残る。それでも意識は写真にあった。
少し指で写真をずらす。
間に紛れた、赤い瞳に……、目を奪われる。
(なんだろう。変な感じ)
痛みとも違う。
苦しみとも、違う。
この妙な感覚は、何?
(……分からないや)
目も、逸らせないのは何故。




