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恋はきっと、魔法だ  作者: そそで。
二章 波紋に揺れる光
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3話 レンズの向こう側

明けましておめでとうございます。

今年良い年になりますようにと、念を込めて。





 彼女の手にはカメラがある。

 魔力で動く小型カメラは、手のサイズに合わせたように持ちやすい。

 歩く動きに合わせて、共に揺れていた。


 右隣から足音がする。

 それはリフィエルの足の速度に合わせて鳴っている。

 僅かにずれている自分と彼の靴音が妙に気になって、気にしないようにと意識を逸らすのに。

 いつの間にかまた自分は、また足音を気にしていたらしい。

 

 視線が隣に移る。

 黒い髪は陽の光を浴びて、かすかな赤を示している。

 赤い瞳はただ前を向いていた。

 彼の向こう側の車道に車が走り通り抜けていく。揺れる黒髪は青空の光を浴びて艶やかさを見せていた。


 視界を前へ戻す。

 歩道ですれ違う人々が目の端に映る。右耳が、タイヤが水を弾く音を聞いていた。


(……なんで、休日に管理官といるんだろ)

 不思議だ。

 想像すら、していない事態。

(すごく、変な感じ……)

 


 晴れ渡る青空と、白い雲。

 ビルのガラスに反射する深い青色。


 鳥が木の上に立つと、緑が昨夜の雨の雫を落とす。

 小さな音を立てて、アスファルトの上を跳ねた水が靴にかかる。

 

 この空の下にはいられないって思っていたのに、いざ出てみると、美しさに目を奪われる。


「この先だ。連なる紫陽花が、今の時期は壮観だぞ」


 彼の声は、いつもよりもどこか柔い。

 湿気を含む風が葉を揺らし、水たまりに波紋を立てた。

 

「はあ、そう、ですか」

「敬語」

「……」


 黙る。

 思わず、手元のカメラを見た。

(ボク、使ったこと、ないんだけど)


 スマホのカメラ機能すら満足に使ったことはない。

 けど、そんな文句すら今は出てこない。

 


 赤いシャツに、薄手の黒ジャケット。

 いつもより少しラフな姿の彼の視線は、空を見ていた。赤い瞳を眩しげに細めて。

 その表情はいつもよりどこか穏やかだ。


「……なんだ? 休日に俺の顔を見たのがそんなに不思議か」


 また、リフィエルの視線は彼に向かっていたらしい。ルーディスが揶揄うような目でこちらを見た。

 ーー思わず、視線を逸らした。


「いや……、うん、それはそう」

「断っても良かった。無理強いをするつもりはない」

「紫陽花、ちょっと気になって」


 何故誘うのが自分だったのか。

 どうして『悪かった』なんて送ったのか。リフィエルには分からないことだらけだ。

 気になることはたくさんあるのに、やっぱり言葉にはならない。


(ボクがなんで、良いだなんて言ったのかすらも)

 

 彼の足が止まる。

 続けて、リフィエルも足を止めた。


 彼の指先が、左を指す。つられるように目が向く。

 

 緩やかに続く石段の脇を、紫と青が埋め尽くしていた。雨粒を抱いた花弁が、光を反射して揺れている。


 その景色に、息を呑む。


 視界の端で彼が、カメラを構えた。





 カシャ。

 シャッター音。


 「ボタンを押すだけ」と、彼が指示した通りに、彼女はボタンを押す。

 画面に綺麗だと思ったものを写して、シャッターを切る。ただ、それだけ。


 時が緩やかに流れるような感覚。

 会話はなく、時折シャッター音が鳴るだけ。

 リフィエルの背後、緩やかに続く石階段を人が喋りながら通って行く。その声すらどこか遠い。


「綺麗だね」


 ぽつり呟いた言葉は、誰に対してでもなかった。

 

「……ああ」


 けどルーディスは律儀に返事をしてくれる。

 

 シャッター音。

 彼が空を背景に、紫陽花を写す。

 

 その光景をただ眺めていた。

 青空と紫陽花と、黒い姿の彼。いつも鋭くしていた目元は緩み、表情からはどこか力が抜けている。


(こんな顔、するんだ)

 

 リフィエルはいつの間にか、カメラのボタンを押していた。


 画面に映るのは、紫陽花と、カメラを構えたーー彼。


(あれ、なんで、ボク)

 何故、彼を撮った?

 分からない。


(勝手に撮っちゃった。えっと、消すって、どうやる? こっち? いや、違う)

 ボタンをいくつか押す。削除をどうやればいいか分からない。

 人々の笑い声が遠くに聞こえる。近付いてくる足音に焦りが募った。

(早く消さなくちゃ、)


「なんだ、俺を撮ったのか」


 カメラを彼が奪う。

 指先が一瞬触れて、あ、と声がこぼれた。


「初心者の割には、よく撮れている」

「……間違えて押しちゃったんだよ。消し方が分からない」

「いい、このままで。俺は自分の写真は撮らないからな。貴重だ」


 カメラを返される。

 弄り倒して文字だらけだった画面に映るのは、彼のシャツだけで。


 もう、視線を上げられなかった。







 仕事の日だ。

 一昨日の出来事が嘘のように、いつもの日常が戻ってきた。

 

 ネームタグを機械に当てれば小さな音が鳴って、カチッと鍵の開く音がする。冷たいドアノブを持って扉を開く。

 ここでいつもは、誰もいない実験室が出迎える。


「来たな、ローベイン」


 だが今日は、珍しく先に彼がいた。

 その手に小さな袋を抱えて、椅子に座っている。

 既に実験室は紅茶の匂いに包まれていた。


 たっぷりと、蜂蜜を含んだ。


「朝からまたそんな甘いもの飲んでたんだ?」

「頭の覚醒には糖分が一番だ。さあ、そんなことよりこっちに来い」


 手をこまねく。

 珍しく高揚した姿の彼に、速る気持ちを押し除けて一歩、足を踏み出した。



 彼はリフィエルが辿り着いてすぐ、紙袋を渡してきた。

 困惑したまま受け取る。カサリ、音を鳴らしながら。


「見てみろ」


 言われた通りに袋を開ける。中を覗き込んでーーー、思わず彼を見た。

 ルーディスは蜂蜜の香りを漂わせてそこにいる。また、視線が紙袋に戻った。

 

 あの日、彼女が撮った写真がたくさん紙袋に入っている。ゆらり、微かな魔力が残っている。

(わざわざ、現像したの)

 魔道カメラの現像をするのは、無魔の彼では大変だったろうに。


 それを手に持ってただ呆然と眺めた。

 唇が勝手に動く。


「わざわざ、印刷してくれたの」

「思い出は“形”に残した方がいい」


 彼はティーカップを手に取り甘ったるい紅茶を飲み、それから笑みを浮かべた。

 自然に笑う彼に、目を奪われる感覚。


(……そうだ、写真)

 指を入れれば硬質でつるりとした感覚が、リフィエルを歓迎するかのようだ。

 引き出せばそれらは光沢を見せた。


 ぱらぱらとめくる。

 紫陽花と青空、帰り道で撮った街並みや、街灯。

 色々な“思い出”がーー。


(え、)


 一枚。


 たった一枚彼を撮ってしまった、あの写真があった。

 驚き彼を見れば、ようやく気が付いたかとばかりに、面白いものを見たような顔をしていた。

 ルーディスはティーカップを置いて、デスクに肘をついた。少し首を傾げてリフィエルを見上げる。


「いるだろう?」

「なんで」

「なんだ、いらないのか? 俺の写真」


 ぐ、と喉が詰まる。

 なんだか顔が熱くなるような気配がして、慌てて写真を紙袋に沈ませた。


「冗談だ。要らないなら返せ」

「……やだよ」


 差し出された手を拒むように体を背けた。

 紙袋を、仕事鞄に詰め込んで閉じる。


「いるよ、全部」


(これは、ボクのだろう)

 何故だろう。そんな気持ちが溢れ出た。

 

 背後に視線が突き刺さる。

 なのに彼は何も言わなかった。

 

 彼の靴が床を滑る音だけが、耳に残る。


「ーーまあ、」


 小さな呟き。

 リフィエルの視線がそっと、彼を見る。


「俺も、同じことをしたが」


 そう言って彼は、一枚。

 デスクの上の封筒から写真を取り出した。


 遠目からでも分かった。

 そこにあったのは。

 いや、そこに映っていたのは。


「あ、えっ、ぼ、ボク」

「ああ。つい、俺も“間違えて”な」

「間違え……」


 彼の持っていた写真にはリフィエルが写っている。

 カメラを真剣に見ていて、目線はもちろん、こちらにはない。


「嫌ならデータも消すが、どうする?」


 リフィエルは悩んだ。

 悩んで、悩んで。


 悩んだ末に、そっと見て見ぬ振りをした。

 

「……………い、いいよ」


(だって、これでおあいこだ)


 笑う気配。

 見たいと思っても、体は動いてはくれなかった。


 

 

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