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恋はきっと、魔法だ  作者: そそで。
二章 波紋に揺れる光
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1話 からっぽの器







 雨粒は途切れることなく外を濡らしている。

 時折跳ねる水音が微かに混じり、緑の葉を揺らした。


 実験室は陽の光が薄く、暗い。リフィエルの前にある機械だけが青白い光を放っていた。

 鼻を掠めるのはアルコールと湿気の匂い。

 あまりいい匂いでないそれも、もう慣れてきた。


 ーー魔石を不合法に入手してから幾日が過ぎた。

 

 魔力検査機に繋がれた魔石が、静かに脈動した。

 しかし波形は一定の数値を保ったまま微動だにしない。

 

 ガガガ、と機械が音を掻き鳴らし、紙を吐き出す。

 それを彼女の手が流れるように引き寄せていた。グレーの床には既に数字の羅列が記された紙が無造作に散らばっている。椅子のキャスターが、その紙の角を少し踏んでいた。


(やっぱりだ。表層と深層で魔力の質が違う)


 排出され続けていた紙が止まる。

 機械音が静止すると、部屋には静けさだけが残っていた。

 巻いた紙を置いてペンを手に持った。


 ペンが走る。

 彼女の瞳はペン先に向けられていた。

 

 扉が開く音、それから靴音が響く。

 強くなった雨足が、部屋を満たしていく。


(少しずつ魔力が貯まった結果、魔石になる、ということ?)

 

 しかし、彼女の耳にはどれも届かない。


(なら、“一番最初”の状態は、なに?)


「ローベイン」

 

 ルーディスの声に思考が止まる。

 振り向けばそこに、いつの間にか彼が立っていた。リフィエルの銀の髪が揺れ、青い瞳が丸くなる。

 それからやわく目尻が下がった。


「管理官、丁度よかった」

「進捗を聞こうと思ったんだが、何かあったようだな」


 ルーディスの視線が彼女の奥へ向けられた。


 デスクの上は書類が散乱している。

 魔力波形の履歴をずらずらと並べた紙と、彼女の考察をメモした紙。

 素材名が書き連なった紙と図鑑が乱雑に置かれている。

 視線が手に移れば、指先に黒いインクが染み付いていた。


「随分と夢中だったようだな」


 ふ、と笑う気配。

 表情はほとんど変わらないのに、不思議と空気が柔らかくなる。


 リフィエルは最近、それが分かるようになってしまった。


(……あんまり、よくない気がする)

 理由は自分でもよく、分からないけれど。


 ルーディスは背を曲げて足元に落ちていた紙を拾い上げた。それをデスクの上に置くと、目が話の続きを催促する。リフィエルはサッと視線を手元の紙に落とした。


「実は、変なことに気が付いて」


 気を逸らすように広げたのは、先ほどまで機械が吐き出していた資料。機械は既に沈黙し、雨音だけが耳に届く。


 ばつばつと激しく鳴る水音の中でも、彼の服が擦れる音が耳元に聞こえる。

 紙をめくる指先が、思わず動きを止めていた。


「……こっちが表層の魔力データ、今持っている方が、深層のデータ」


 見比べやすいよう、並べる。

 視線はできるだけ資料のみを、見つめていた。


 その資料の傍に大きな手が置かれた。手の陰影がモニターの青白い光に照らされて、くっきりと浮かぶ。

 何故かその手に見入る。

(集中、しなきゃ)

 意識して、視線をずらした。


「ここと、ここ。数値が違うんだ」


 爪先が指す先を、彼が覗き込む。視界の隅に入り込むルーディスの黒い髪に、意識が持っていかれそうになる。

 

 ほんの少し動けば肩が触れそうで。

 喉が、鳴りそうだ。

 靴の中で足の指がきゅ、と強張った。


(おねがい。鎮まって)


 心臓が忙しない。

 雨音がかき消すことを願って、唇を噛む。


「……偶々かと思って、別の魔石も試してみたけど、結果は同じ。

 たった二件だから確実とは言えないけど、表層と深層で魔力の質が異なる、のだと思う」


 視線はまた、いつの間にか彼の手にある。

 吐息が耳を掠めるようで、指先すらうまく動かせない。


(あれ以来、距離感がすこし、おかしい……)


 前みたいに、絶対触れない場所には立っていてくれない。

 リフィエルが緊張していることなど、彼はとうに見抜いているはずなのに。



「……なるほど。言いたい事は理解した」


 手が、デスクから離れる。

 ゆったり離れるその指先が、何故か名残惜しそうに見えて、目が離せない。


 耳元にあった気配が離れて、ようやく胸を撫で下ろす。


「……そう。つまり、」

「元々魔石は、」


『空の器』


 二人の声が、合わさる。


 魔石を覆う魔法が、淡い光を揺らめかせた。






「盲点だった。魔石は魔力がなくなれば砕ける物だとばかり考えていたからな」


 彼の言葉に頷く。

 魔石の交換は専門の技術職だ。魔力が空になった後の魔石の状態など、普通は知る由もない。

 知っているのは砂状になった、淡い光を放つ魔石の最終状態。瓶に詰められ、一般的に売られている高価な装飾品。


 しかしながら、目の前の魔石はこうして無事に此処にある。


 魔力を失った魔石が。


 揺らめく光はなく薄青色の透明な石。

 これが魔石の大元。

 探し求めていた、『空の器』。


「でも、そうであったとしても入手は難しいよ」


 例え国から許可が降りたとしても、実験には危険が伴う。


 リフィエルは指先で僅かな魔力を注いでみた。しかし魔石にはほとんど魔力が入らず、魔力波形の波は最低値で落ち着いている。


「安全性を追求した魔術式の構築と、補充率の効率化。かなり手間もかかる」

「だが折角見つけた手掛かりだ。有効活用せねば」


 リフィエルが、椅子から立ち上がった。

 一歩離れた場所にいる男と目が合う。彼女は、ただ真剣な眼差しを向けていた。 


「それは、確かにそうだけど」

「まずは実験だ。使い終えた魔石の処分方法を確認しておく。もし溜め込んでいれば、譲ってくれるかもしれん」

「そう簡単に?」

「魔石はまだ実用価値のある資源だ。国だって“ゴミ”くらいは出してくれるだろう」


 口角が上がる。

 それは彼が、不機嫌な合図だ。


(……って、分析してどうするんだよ、ボク)


 思考を追い払うように、視線を彷徨わせる。視界の端に映った悲惨なデスクに、目を取られた。

 散乱した様子に、「あー……」と、情けない声が落ちる。


「一旦片付けしようかな」

「その前に昼食の時間だ。手を洗って来い」

「そうする」


 昼食の時間が迫っていることすら、気が付かなかった。

 窓の外を見れば、しとしと、とめどなく雨が降っている。

 雨は時間の経過をゆっくりにしていた。


「ああ、そうだ」


 忘れていたと、彼は呟く。

 ルーディスは彼女に手を差し出した。

 

「なに?」

「スマホを出せ」


(急に何?)

 少し眉を寄せながら、ポケットを探る。

 それから、会社支給の仕事用スマホを彼の手に乗せた。


「………ローベイン?」

「なに」

「わざとか?」

「いや、何が?」


 リフィエルの顔は、もう前のように笑みを張っていない。不思議そうに小さく首を傾げた彼女に、ルーディスがため息を吐き出す。

 それから手の上にあったスマホを、彼女の手に渡した。


「違う。個人の方を出せ」


 スマホの画面に映る自分が、不思議そうに目を瞬かせている。

 それから、あ、と小さく声を上げた。

 彼女はスマホをほとんど使わない。連絡するのはキアナと父だけ。

 故に彼女のスマホはいつも、仕事鞄に入ったままだった。


 軽い足音が立つ。リフィエル専用となった休憩スペース横の小さなデスクのそばに歩き、上にあった鞄を漁る。奥の方で眠っていた冷たいスマホを手に取った。電源ボタンを押すが、反応は何もない。


(……やっぱり付かないか)

 充電すら忘れていた。

 目の前の板は、無音のまま手に冷たさを与えている。


「……貸せ」


 ため息混じりの声が、すぐ背後から聞こえた。

 上から彼の手がスマホを取り上げる。かすかに、指先が触れた気がした。


 振り向けば彼は、彼女のスマホを回して何かを確認している。

 近さに一歩足が下がる。

 デスクに腰を打ち、カタンと音が鳴る。


「これならケーブルがある。充電しておく」

「……ボクがケーブルを持ってるとは、考えない?」

「電源すら付かない状態で放置してる奴が?」


 何も言えなくなった。

 彼の手の中にある空っぽな自分のスマホが、光を反射した。それがいつもと異なる色を見せている気がして、見ていられなくなった。

 

 視線を逸らした彼女に、また彼が笑う気配がする。


(……なんか、居心地が、わるい)


 けどそれでも。

 その違和感が不愉快でないのは、なぜ?


 


 

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