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恋はきっと、魔法だ  作者: そそで。
二章 波紋に揺れる光
19/22

プロローグ





(魔石の件、相当無理してたみたいだ)


 リフィエルは窓の外に広がる雨模様を見つめていた。ガラスに映る自分の姿が、情けなく眉を下げている。

 慌てて、笑顔を貼り付けた。


 視線を逸らし、足音を立てず廊下を歩く。

 白い床に反射する蛍光灯が、少し眩しい。



 ルーディスは、あの事件以降忙しそうにしている。

 実験室に顔を出すことが減り、朝会でよく「管理官不在」の連絡をバーナードから耳にしていた。


 その忙しさはきっと、魔石が原因だろうとは想像に難くない。



(俺が責任を持つって、そういうこと……)


 手に持っていた書類の束が、音を立てずれていく。それを持ち直して、廊下の端を通り抜けた。

 エレベーターに乗り込んで、ボタンを押す。扉が閉まり、階層を示す光が数字を照らしていく。


(こんなことなら大丈夫だなんて、言わなきゃ良かった)

 自分に出来ることなど少ないが、それでも何か役立てたかもしれない。

 後悔が胸の奥に噛みついて、離れない。


 ちん。

 軽やかな音が鳴る。

 扉が開き、足を踏み出した。


 長い廊下が続き、扉が間隔を空けて配置されている。

 右側に点在する窓が廊下に等間隔に光を落としていた。

 

 リフィエルの視線の先は、窓の光を追い越していた。

 いつもの部屋、実験室六号の扉の前に黒い姿があって、足を止める。


「……管理官」


(今日も、不在って言ってなかった?)

 バーナードの朝会での言葉を思い出しながら、足早に彼の元に駆け寄る。それが右足に負担をかけて、痛みをもたらした。靴の中で、足の指が縮こまる。

 

 けれど今、彼女はそれどころじゃない。


「走るな」


 ぴたり。リフィエルの足が一度止まる。それからゆったりと一歩を踏み出した。

 

 ルーディスはリフィエルを見て、それからゆっくり近寄って来た彼女の手元の書類を見る。

 彼女の持つ書類には『魔石の調査記録』と記されている。リフィエルが視線に気が付き、「これは、」と呟いた。


「資料室から借りてきました。かなり昔の記録ですが、魔石の調査をした資料が奥にありました」

「……実験室に入ってから話そう」


 ルーディスが部屋のロックを開ける。それから、扉を大きく開いた。部屋に入ることなくリフィエルを見る彼と扉を交互に見る。

(入っていいって、こと?)

 リフィエルが通れるほどの間を開けて扉を抑える彼は、何も言わない。


「あ、ありがとう、ございます……?」


 そっと間を通り抜けると、微かに香るルーディスの香りが鼻を掠める。甘やかさの中にあるスパイスが妙に心臓を掻き立てた。


「それから」


 扉の閉まる音。

 リフィエルは書類をデスクに置く。緑色の天板に、白い紙はよく目立った。


「職場でも敬語は不要だ。ローベイン。特にこの部屋にいる時は、な」

「………なら、そう、させてもらう」


(ぎこちない)

 自分の言葉の情けなさに、指先が書類の角を弄った。

 それから一つ、ため息のような、長い長い息を吐き出して。


 ゆっくり彼を見る。

 ルーディスは扉の前に立ったまま、デスクのそばにいるリフィエルをただ見つめていた。


「その……全部後処理を任せちゃって、ごめん」

「なに、構わん」


 ルーディスは笑う。

 僅かに疲れた色を乗せて。


「これが俺の仕事だ。このプロジェクトをやりたいと言い始めたのも、お前を引き抜いたのも、俺が招いた事。

 お前はただ、この実験室で研究を重ねていればいい。


 無論、倒れない範囲で」


 彼の手がポケットにしまわれる。

 顔に影が落ちても、その赤い瞳だけは凛と前を見据えていた。


(……なんか少し、分かってきた)


 リフィエルの口元に、僅かに笑みが浮かぶ。

 デスクに置いた手がさらりとした紙を撫でた。


(この人は、たぶん、不器用なんだ)


 自分と、同じで。


「さて、俺はこの後も会議がある。一人で実験するのは構わないが、勤務時間は守れ」


 くるり。踵を返す彼の背中を見る。

 黒い髪は少し乱れ、揺れていた。

 彼の手がドアノブを握り、扉を開く。きい、と金属が擦れる音がした。


「何しに、ここへ?」


 思わず問いかける。

 彼は、答えない。

 足音を立てて、部屋を出ていく。


 ばたんと、扉が閉まった。


「………何しに、来たんだろ」


 首を、傾げた。

 デスクの上の魔石が、僅かに光を揺らがせていた。

 


 

 

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