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恋はきっと、魔法だ  作者: そそで。
一章 沈黙を破る光
18/22

エピローグ 踏み込めない




 思い出すと、今でも手が震える。


 魔石の起こした揺れで頭上の岩が崩れて。

 下に、彼女がいる。

 気がついたらもう、突き飛ばしていた。



 暖色の光が照らす室内で、ルーディスは窓辺に立っていた。外は暗闇に包まれ、ガラスに浮かぶ彼の姿がくっきり映っている。

 街は夜景を映し、ひっそりとした夜を迎えていた。

 

 情けなく震えている自分の手をしばらく見つめてから、視線を部屋に向ける。


 時計の音すらしない室内は、耳鳴りがする。


 カーテンを閉じ切ってから、足音を立ててダイニングのテーブルに向かう。置かれたままだった複数枚の書類は、どれも、たった一人についてのものばかり。

 

 ーーリフィエル・ローベイン。

 彼女の生み出した、美しい魔術式たち。

 そして、それに対する自分の考察。


 ルーディスはその中から一枚を取り出した。


 部下にするにあたって作成した、リフィエルについての考察、対処法。それらをまとめた自分だけの紙。

 それをゆっくり、目が追っていく。


(ローベインは人を嫌っている。それは間違いない)

 自分自身、人に好かれるような人間じゃないことは分かっている。つらつらと書いてある紙には、仕事面だけではない彼女の“不可解さ”も、記されていた。

 

 僅かに右足を庇う癖。

 張り詰めた笑み。

 仕事に対する勤勉さーー、いや、過剰すぎるほどの自分への戒め。

 いつ倒れてもおかしくない、青白い顔。


 そして、ぼんやりとしているように見える時ほど、何かを耐えている、あの雰囲気。

 

 それらの情報の全てが彼女を“一筋縄でいかない部下”であると結論付けた。

 故に、仕事を円滑に進めるために、善良な上司であろうとした。

 


 不当に彼女を扱わないこと。

 丁寧な対処を心がけること。

 それを徹底してきた。


 功を奏したのかはわからないが、少なくとも初めの頃よりも目は合うようになった。

 己の見定めた通り、優秀な人材だ。魔術界において、彼女の存在は欠いてはならぬものになるだろう。その才を遺憾なく発揮する場所を、自分が作ってやればいい。

 ずっと、そう考えて行動してきた。

 

 ただ、それだけのはずだった。

 

 もう一枚の紙を取り出す。それもまた、彼女に関すること。

 新たに追加された文は、今回の事件の概要。


(……魔術語を、使用しなかった)

 そんな魔術は存在しない。あり得ない。


 まだ鮮明に思い浮かぶ。

 大岩も魔石も全て止めたあの魔力の美しさを。

 倒れ込みかけた己の体も、彼女の体も掬い上げた、柔らかな力を。


 そんな力を、あんな一瞬で。

 故に、至る答えは一つ。

(ーー魔法)


 何を馬鹿な。

 そう思う。

 それでも、その可能性を捨てきれない自分がいる。


 なぜなら彼は一度だけ、魔法現象を見た記憶がある。

 誰も信じてはくれなかった、あの日の記憶が。


 脳裏に焼きつく“あの光”が未だ、己の心を奪っている。


 震えていた指先がようやく治る。

 ルーディスは安堵の息をひとつこぼした。

 魔法なのか、魔術なのか。そこは一旦心に仕舞い込む。踏み込めばきっと、“彼女は逃げ出すから”。


 彼女を失いかけた光景をまた思い出しかけて、ふるり、頭を振る。

 垂れた髪が背中をやわく叩いた。

 

(……俺がローベインを庇おうとした理由が、未だ説明つかない)


 自分の身を犠牲にしてまで誰かを救えるほど、己は出来た人間じゃないはずだ。

 

 ーー予測はある。

 恐らく、その予測は正しいだろうとも、理解している。

 けれど信じられない。


(何かあったわけでもない。心に残るような何かがーーー、)

 紙にある自分の字。

『甘味は苦手』と書かれたその文字を、指が伝う。


 甘い紅茶を勧めてすぐ、否定した彼女の声を思い出した。

 

 動きに釣られて揺れる柔らかな銀髪。

 弱さの中に隠した強い意志を持つ、あの瞳。

 最近見るようになった、紅茶を飲んだ時に僅かに柔らかくなる、あの表情。


 グシャ。

 紙が音を立てて形を崩す。

 どこかに飛んでいた意識が、音に戻された。


(確かめるか)


 紙を置く。

 それから、テーブルに置きっぱなしだったスマホを見た。

 連絡先など知る由もない、ルーディスのスマホは沈黙を守っている。


 ただ黙って、しばらく見続けていた。

 暖色の光を受けるスマホが、自ら光を放つことはなかった。

 

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