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恋はきっと、魔法だ  作者: そそで。
一章 沈黙を破る光
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9話 不器用だから




 手当てをしてやる。

 そう言って救急医療セットを持ってきた彼の手を、思わず払いのけた。


 触れられたくない。

 やめてくれ。

(ボクの血に、触るな!!)


 そんな気持ちが通じたのかは分からないが、彼はそのセットをデスクに置いた。

 白い箱が所在なさげに光を淡く反射している。


 それから音を立てずにリフィエルから距離を取った。





 リフィエルの指に、絆創膏が巻かれている。


 椅子に座った彼女はまるで、指先よりも右足が痛むかのように、幾度か足を動かす。

 床に落ちる自分の影が、やわく揺れていた。


(……やってしまった………)


 心は後悔で埋め尽くされていた。

 管理官に反抗し、怪我をし、魔力灯を切らしーー。

 挙げたらキリがない程、この短時間で幾つもの失敗を重ねた。

 それが胃をきりりと締め付ける。


 彼女の目の前には、ルーディスがいる。

 椅子に座り、足を組んだ彼の顔を魔力灯が照らしている。


 その表情を、まだリフィエルは読み解くことが出来ない。


 彼が、息を吐き出した。

 僅かな、震える息を。


 体が自然と縮こまる。何を言われるのか、分からないから。

(管理官は、ここまで失敗しても、一度も怒鳴らないから……)

 いっそ怒鳴ってくれればいい。そうすれば諦めもつく。


「ーー俺は魔術が使えない。無魔だからな」


 リフィエルの瞳が見開かれた。

 気にしていた足が、微細な動きを止める。

(急に、なに?)


「だが、俺は魔術を気に入っている」


(……それは、知ってる)

 少ない情報の中、リフィエルでも把握していることだ。彼が魔術を好んでいることは。

 それがどの程度のものなのかまでは、判断出来ずにいたけれど。

(けど、なんで、……突然)


 彼は組んでいた足をゆっくりと戻した。その動きは、音も立てない繊細さがあった。


「……このまま歴史が進めば、魔術士は世界から消える。いつかは管理局も解体され、名残すら解けて、消えゆくだろう」


 ルーディスの赤い瞳が伏せられた。

 いつもなら血のようだ、と思うその色が影に隠れて、今日ばかりは違う色に見える。


「人工魔石は、その歴史を少しでも伸ばす……手段だ」


(……そうだ。紅茶の色)

 こんな色の紅茶がある。

 それをふと、思い出した。

(違う。今考えるのはそんなことじゃ、)


「手段に犠牲は必要ない。よって、貴様の焦りは迷惑だ」


 言ってすぐ、彼の睫毛が影を落とした。僅かに揺れる息が消えていく。


(……迷惑)

 強い言葉なのに、不思議と怒られている感覚がない。何故なのか理由を考えても、よく分からない。


(………でも怒って、ない?)

 変な気分だ。縮こまっていた体から力が少しだけ、抜ける。


 ルーディスは、少し視線を彷徨わせた。

 口を閉ざし、何かを考えるように、口元を動かす。

 けれど、音にはならない。

 彼の、自分のものよりもずっと大きい両手が合わさる。


「……管理官は、」


 思わず上げた声が震えた。

 恐怖はもうなく、痛みも和らぎ、緊張もない。

 なのに喉が、震えている。


「人工魔石を……、魔術士の救済措置だと?」


 赤い瞳が瞼に消える。

 口だけが緩やかに動いた。


「そう、なれば良い」


(………魔術士の、救済……)

 そこには自分の償いに通じる、確かな志があった。



 

 時計の秒針が、時を刻む。

 数回目のあと、ルーディスが立ち上がった。

 キャスターが床を這い、音を鳴らした。


「紅茶を用意しよう。……砂糖と蜂蜜は?」


 踵を返し、電気ポットの元に向かう。

 目の前で、一つ結びの黒い髪が背中で揺れる。


「……要らないです」


(……たぶん、これは……、管理官なりの、慰め?)

 人付き合いが下手だから、リフィエルには判断が出来ないけれど。

 けど確かに彼は、彼女の『焦り』を解こうとしている。

 それがなんだかーーー。


 少し、くすぐったい。

(変な気持ちだ)

 悪くはないけれど。


 









 手元にあるティーカップは温かい。

 冷めた指先にじんわりと熱が戻ってくる。

 華やかな香りが、鼻を通り抜けていく。


(ボク、なんであんなに焦ってたんだろう)


 今考えても、不思議だった。


 最初からこの研究には疑心暗鬼で、無駄と評していたはずなのに。気が付けばのめり込んでいる。


(元々研究は好きだし、魔術理論を考えるのも好き。……だから?)


 それとはまた少し、違う気がする。


(見限られると、思っていたから?)

 あんなに彼から離れたいと思っていたはずなのに。それもまた、おかしなことだった。


 目の前で、琥珀色の液体が揺れる。

 淡い緑がかった魔力灯が紅茶の中で浮かんでいた。

 混ざり合うことのないその色に、なんだか自分と彼を見た気がした。


 


 ルーディスは紅茶を用意したきり、何も言わない。その視線は彼女にはなく、時折指先が紙を弾いて、僅かな音を立てている。

 視線を少し向ける。

 彼は五歩分ほど離れた場所で、一枚の紙を眺めていた。紅茶を片手に、口を閉ざしたまま。


(……器のリスト)

 魔力灯に照らされて、裏側に少し赤ペンの跡が見えている。ほとんどにバツがついたそれは、これまでの失敗の証。


 華やかな香りに、意識が戻る。

 カップを口につけて、鼻を抜ける香りに、ほっと、息をこぼした。


「魔石、調査できたらいいんですけど」


 ぽつり、こぼす。

 普段なら考えて、考えて、発言するのに。

 今はいつの間にか勝手に言葉が出ていた。


 自分でも、その理由が分からないままに。


 ルーディスが顔を上げる。

 紅茶を見たままの彼女は、ぼおっと何処かを見ていた。


「天然魔石はもう、国の管理下にあるから現物を見る事すら、敵わないんですよね」

「………そうか。その手があった」


 紙がデスクに落ちる。

 靴音が鳴り始め、リフィエルは顔を上げた。

 いつの間にか飲み終えていたカップをシンクに置き、ルーディスが扉の取手に手を掛けている。

 

(え? どこ行くの?)

 そんな疑問を察知したのか、それとも、偶々か。

 彼は一度、彼女の方を見た。

 

 目が合う。


「天然魔石の調査がしたいんだな。分かった」

「管理官、あの、」

「問題ない。今日は帰れ。機械の電源を切ることを忘れるなよ」


 扉が開く。

 黒い髪が揺れ、扉の向こうは消えていく。


 ばたん、と。

 音を立てて、閉じた。


「……え?」


 少し呆けた彼女を残して。


 まだ温かいティーカップの中で、琥珀色の液体がゆったりと揺れていた。


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