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~新しい人生をありがとう~ 嫌いだった義妹へ ③アルミスカの余波

「アズラインってあれか? どうみても僕の方が格好良いのに。サフランの目はどうかしてるよ! まったく」


 

 サフランの勤めるパン屋で、商品を大量に購入したルギウス(アルミスカ)とアルデは、まだその場所から離れていなかった。


 近所にある小さな宿屋で、10日ほどが経過する。




◇◇◇

 彼がアルミスカのだった時に関わった者の記憶は、闇に紛れ漆黒の羽をひらめかせた彼が、次々に消去してきた。地道に。


 ただいつもの冷やかし目的だったから、数名にしか接触はしていなかった。


 そのまま記憶を残しておくことも可能だが、次のターゲットを観察する際の支障になることを恐れ、まっさらにしておく主義なのだ。


 そもそも長寿。

 野放図に放置すれば身分こそ違えども、多くの知人ができてしまうことになる。

 大混乱である。


 

 けれどルギウス(アルミスカ)は、サフランの記憶を消していない。もし消すことになれば、何となくの存在だけを残すだけで、顔も声も名前も脳裏には残らなくなる。


 自分の存在を知る相手から、忘れられることになるのだ。


 アルミスカであった時の存在が、サフランにとって悪いものなら、いっそ始めからやり直した方が良いはずなのに、彼女からその記憶が失くなるのを彼は嫌った。



 彼は彼女から、恋慕向けられた記憶を消したくなかったから。



 まあそんなだから、彼女に正体を明かすこともなく、時々パン屋で買い物をする客と言う立場の彼。使い魔のアルデが幼女である為、父親だとでさえ思われていただろう。


 資金はと言えば、アルミスカの時に寄生していた公爵家から結構な額を頂いてきた。

 もともと汚職で儲けていた家らしく、少し調査されれば没落した家だ。

 サフランの前の彼のターゲットであり、彼が引導を渡す書状を送って顛末を見る予定だった。


 けれどその彼らよりサフランに興味が移り、放置していた。

 金を持ち出す時の代償として、彼は公爵達に忠告をメッセージカードに認めてきた。報酬の代わりである。


『ハロー公爵。

 あなたの行動は、国に目を付けられている

 今すぐ証拠を隠滅して、手を退くことだ

 今なら、ギリギリ間に合うと思うよ


 貴方は縛り首、息子は奴隷、娘は娼婦になるなんて未来嫌だろう?


 財産の半分を失うことになっても、今すぐ始末に走るんだ

 これはあなたに、お世話になったからの忠告だ

 あ、あと、少し現金も頂いたから


 じゃあお父様、頑張ってよね』



「な、なんだこの馬鹿げたカードは! でもこの字の書き方、口調、見覚えがある。まさか、俺の隠し子か? 俺を救う為に…………」



 受け取った公爵は忠告を放置することなく、税金の誤魔化し(上乗せ)や他国からの関税を避ける抜け荷、違法動物の密輸などから手を退いた。


 税金の誤魔化し(上乗せ)については、書式の間違いで多くを受け取ったとして、謝罪して民衆に返還し、抜け荷や動物の買い取りは即座に中止した。


 抜け荷と違法動物の密輸は、バレると重罪になる為、何とか揉み消した。

 公爵の焦りように、取り引き業者達も危機感を持ち、即座に撤退していった。


 それらに関する書類も全部焼いた。

 かなりの増額が見込まれる文書だった。


 そしてたぶん公爵に忠告してくれたのは、昔に捨てた愛人の子供だと思った彼は、行方を捜索した。


 結局誰かは分からなかったが、十分な支援もしてこなかったことを振り返り、養育費として多くの資金を渡してまわったのだ。


 その中にメッセージカードを書いた者は、勿論いないのだが。



 ……それでも捕まることがあれば、自分一人で償えるように、子供と妻には今までの悪事のことを話し、いつでも逃げられるように伝えたのだった。


「良いのよ、あなた。私も何となく気付いていたのに止めないで、贅沢を楽しんだのだから。罰は受けるわ」


「僕もです、父上。家業のことですから、以前より知っておりました。連座なら僕もお連れ下さい」


「私も逃げたりしません。……でももし身を売るようなことがあれば、その時は自害をお許し下さい。公爵家の維持の為に、先代より前から継いだことなのでしょう。

 父上を恨んだりはしておりませんよ」



 それを聞いて、公爵は泣き出していた。

 自分以外の者の方が、よっぽど覚悟ができているではないかと。

 

「ああ、お前達の気持ちは分かった。私は流れるままに、事業を受け取り行ってしまった。浅はかだったよ。

 でも諦めずに、何とか善行により償ってみよう。みんなよろしく頼むよ」


「「「はい。地獄までもお供します」」」

「うむ。頼んだぞ」


 そう言って孤児院を建てたり、生活困窮者の援助や職業支援を行っていった公爵家。

 領地は活気を取り戻し、人々の笑顔も増えたと言う。


 少し前から国の隠密が入り、まさに摘発寸前だった。

 公爵がこのような行動を取るなど、予想もしていなかったのだ。


 隠密の彼は、突然現れた公爵家の次男だと言うアルミスカのことも不信に思っていた。

 貴族名鑑や戸籍に名前もなく、養子でもない(アルミスカ)

 けれど公爵家全員が、実子、兄や姉として彼と接していたからだ。

(もし愛人の子なら、公爵夫人も黙っていなかっただろうし。普通に仲も良かったな)



 公爵家の査察員の彼は、アルミスカの行動には注目していなかった。

 もし誰かが尾行していれば、サフランとギルモアの入れ替えを目撃することになったはずだ。

 


 そんな感じで、公爵家は経過観察となった。


「すまないね、お前達。使用人の給金や邸の維持だけで予算がいっぱいで。公爵家なのに娘のドレスも買ってやれない」

「良いのよ、父上。宝石はあるし、ドレスは借りて、ショールでアレンジできるもの」


「僕は領地の改革が楽しいので、不満なんかないですよ。怯えて生きるより、全然良いです」

「私だって、そうよ。ご馳走なんて贅肉に変わるだけよ。あなたが捕まって苦しむくらいなら、贅沢なんてしない方が良い。

 最近お庭で、私手ずからハーブを育てているのよ。

 今日のお茶の時間は、新鮮なハーブティーをご馳走するから」


「ああ、ありがとう、お前達。俺はこんな家族がいて幸せ者だ」


「まあ、父上ったら」

「おだてても、何もでないですよ」

「私も幸せですよ、あなた」


「うんうん、ありがとう」と、最近特に涙腺が緩い公爵は、肩の荷が軽くなったのだろう。


 彼らが出費を控えても使用人達の給金は変わらず、微笑みが増えた主人達に邸内も明るくなっていた。


「何があったか分からないが、家族仲が良くなったみたいだな」

「まさか、ご懐妊?」

「えー、まさか」

「でも……可能性はあるわよね。まだ奥様も30代だし」

「まあ、乳母の用意も必要かしら?」

「「「きゃー、どうなのかしら!?」」」


 なんて的はずれな噂まで出ていた。



 多くの資産を領地の改善に使い、不足分は公爵家秘蔵の宝石や美術品も多く手放して、家の維持を行っていた。買い取った商人は公爵達の暮らしぶりを見て、首を傾げ、それを知った領民にも多くの噂が聞こえてきた。


 周囲の貴族達も商売が失敗でもしたのかと思い、噂話を面白おかしく囁いていた。

 中には筆頭を競う者達で、貶めたり嘲笑う姿も見られたと言う。

 その後。以前の公爵のように、違法な商売をしていた貴族達が捕まり、社交界から消えていったようだ。



「公爵様は、ずいぶんとお変わりになったな」

「本当にそうだ。何でそこまで」

「公爵様は、心を入れ換えたのかな?」

「確かにね。以前は悪いこともしてたんだろうけど……」

「これから頑張ってくれるなら、俺はもう良いよ」

「うん、これからは分からない。けど、今の公爵様でいてくれるなら……」


「ああ、そうだな」

「協力していくよ」

「「「俺達もだ!」」」


 今まで反発していた領民達も、一年を過ぎても変わらない公爵達に心を寄せ始めた。



 その後生活が安定した公爵領は、やる気の漲った者達により少しずつ栄えていった。これからが楽しみな領地だ。



「もう、観察は不要ですね。私達も罰することが目的ではないので」


 そう言うと、国王と連携する隠密達は去っていったのだ。





◇◇◇

 逞しい筋肉を持つアズラインは、今日もどこからかの視線にキョロキョロしていた。


「最近パン屋に来ると、見られているような気がする。

 もしかして、俺に告白したい女の子でもいるのかな?    

 はははっ」


「え、そうなんですか?」


 思わず声をあげたサフランに、アズラインが笑う。


「冗談だよ。俺がモテるように見えるの? 全然だよ」

「嘘っ。だって、すごく格好良い……です」

「…………そぉ、ありがとう、な」

「サフランだって、可愛い、よ」

「えっ」


 顔を赤らめる男女は、とても初々しい。

 異性に慣れていない二人の、恋が始まりそうな予感。


 パン屋の女将さんと旦那さんは、「若いって良いね」とか言って微笑んでいる。




 それを横目にパンを選ぶ、ルギウス(アルミスカ)とアルデ。

 未だに正体を明かして告白するか、記憶をリセットして知り合うのか決断できていない。


(うぬぬ、僕のサフランに。サフランもサフランだ。あんなのに靡いて!)


 アルデだけは「しょうがない人だな。ご主人様は」と、少し呆れていた。


 たぶんサフランの嫌がることはしなそうだから、このまま様子を見ようと思っているアルデ。



 けれどルギウス(アルミスカ)がサフランに焦がれるのには、過去に関わる理由があった。

 それは彼女の先祖まで、遡っていく記憶だった。




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